山口ちなみ ピアノ・リサイタル

この人は、とにかく物事に動じない人なのだろうと思った。
どの曲も、一貫してフレーズの移ろいが美しい。音のパレットが何とも優雅なパステル調。基本的に力づくでない、脱力の音楽。それゆえに、どの瞬間も芯のしっかりした、余裕のある音楽が生み出されていた。

モーツァルトがヨハン・クリスティアン・バッハのソナタを編曲した、1772年作のピアノ協奏曲は、新春らしい明朗で典雅な響き。読響弦楽メンバーとの丁々発止のアンサンブルは、J.C.バッハの陽気な調べに、いかにもモーツァルトらしい哀愁を付加した喜怒哀楽の妙。ピアノが歌い、弦が泣く。
続く、ムソルグスキー原典版による「展覧会の絵」は実に素晴らしかった。冒頭「プロムナード」から控えめでありながら音の明瞭な、そして適正なテンポ。不気味な「グノムス」は、軋まぬ豊かな低音で表現され、「古城」は感情豊かな憂いを帯びた旋律がとても美しかった。何より「ビドロ」の繊細さは、ロシア的土俗を超える実に粋なもの。しかし、「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ」直後の「プロムナード」から、その演奏は見事に堂に入り、「カタコンブ」から「バーバ・ヤーガ」の絶妙な呼吸とパルスを伴う音楽に僕は思わず目頭が熱くなったくらい。遠慮がちだけれど、それでも壮大さを失わない終曲「キエフの大門」の圧倒的エネルギーと、主題が回帰するときのカタルシスに心底感動した。今夜の白眉は、間違いなく「展覧会の絵」だ。

山口ちなみ ピアノ・リサイタル
2018年1月10日(水)19時開演
東京文化会館小ホール
山口ちなみ(ピアノ)
読売日本交響楽団メンバー
對馬哲男(第1ヴァイオリン)
山本繁市(第2ヴァイオリン)
三浦克之(ヴィオラ)
高木慶太(チェロ)
・モーツァルト:ピアノ協奏曲ニ長調K.107-1(室内楽版)
・ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」(原典版)
休憩
・ショパン:ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11(室内楽版)

休憩後は、ショパンの協奏曲。何より優れた造形。どの楽章も、頂点に至るプロセスの完璧さ。なるほど、くすんだ色調を帯びた伴奏によって、おそらく本来ショパンが目論んだピアノ独奏が一層映える様に僕は膝を打った。長大な第1楽章アレグロ・マエストーソの、中でも、ピアノが第2主題を奏でる際のヴィオラ独奏の応答の筆舌に尽くし難い官能。あるいは、第2楽章ロマンスの、文字通り愛に溢れる音楽に僕は思わずため息をついた。ここでの山口ちなみのピアノは自信たっぷり確信的なもので、重厚な低音部が揺るぎない音楽の核心を支えていたように思う。そして、終楽章ロンドの喜び!
夢見る2時間があっという間に過ぎた感覚。とても良いひと時。

 

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