テューレックのバッハ ゴルトベルク変奏曲(1998.3録音)ほかを聴いて思ふ

キング・クリムゾンの、2015年の来日公演の観客席で、懐かしさと感動を覚えながらも一方で、いまひとつ納得できない感情が僕の内側にひしめいていたことは、その夜の記事にも書いた。あれは一体何だったのか、今さらながらわかった。
それは、予定調和に対する抗いだった。もちろん緻密なリハーサルを重ねてステージにかけるというのが彼らの常套手段であることは自明。しかしながら、あくまでライブにおいては相応の、というより驚くような「事故」、つまり、即興的振舞いが彼らの本来のトレードマークであるのに、そういうギリギリの危ない橋を渡るシーンがほぼなかったことが、僕の不満の原因だったのである。

1984年のツアーの、最後の夜の実況録音を聴いて、気がついた。
当時はわからなかった、あの第4期クリムゾンの神髄が、これらライブの中に間違いなく存在する。「なくもがな」というレッテルを貼っていた”Larks’ Tongues In Aspic, Part III”に始まり(エネルギーとパッションが半端ない)、”Thela Hun Ginjeet”、”Red”、”Matte Kudasai”、”Industry”と進むにつれ、白熱する音響と、何よりその律動、すなわちパルスに思わずのけ反った。やっぱり、1984年の来日公演は聴いておくべきだったのだ。

・King Crimson:Absent Lovers – Live in Montreal 1984 (1984.7.11Live)

Personnel
Adrian Belew (guitar, drums and lead vocal)
Robert Fripp (guitar)
Tony Levin (bass, stick, synth and vocal)
Bill Bruford (acoustic and electronic drums and percussion)

ちょうど20年前、1998年2月時点のロバート・フリップのいわば現代への預言。

ブック・オブ・クラフト(2017)
音楽へ至る道は、ミュージシャンの数だけ存在する。したがってそれぞれのミュージシャンは自分だけの道を見つける必要がある。

主観的にはこの道は独自のものである。客観的にはそれぞれ道は同じものである。結果として、個々のミュージシャンがこのことを発見する。

しかしそこには、道標があり、地図があり、導きがある。
(ロバート・フリップ 1998年2月20日)

それは、ミュージシャンに限ったことでない。道は人の数だけ存在し、結局はそれらが同じ道であることをひとりひとりが発見しなければならないということだ。
ロバート・フリップ、恐るべし。

芸術には、否、すべてのものには「律動」が不可欠だ。
なるほど、グレン・グールドが音楽において律動(パルス)を最重要視した意味が、あらためて理解できる。

何年もかかって得た結論なんだけど、1個の音楽作品というものは、それがいかに長いものであっても、基本的には、ひとつのテンポ、と言うか、これはあまりいい言葉じゃないな、ひとつのパルスというか、リズムの一定の基準を持っていないといけないんだ。だけど、いいかい、ひとつのビートがいつまでも際限なく続いていくものほど退屈なものはない。そういう意味では・・・、ロックは頭にくるね。それに、もっとも深入りしている支持者で熱狂的なプロパガンディストの前で言うけど、ミニマリズムもそうだ。
「グレン・グールド、《ゴルトベルク変奏曲》新録音についてティム・ペイジと語る(1982年8月トロント)」

確かにグールドにはロック音楽に対する誤解はある(彼はクリムゾンを知らなかったのだ)。
それでも律動(パルス)に目を向けているところはさすが。しかも、彼が最も影響を受けたのは、ロザリン・テューレックだというのだから驚きだ。

テューレックは大好きです。そう、テューレックに影響を受けました。
私と彼女とでは、音楽に対する考え方はかなり違っているかもしれませんね。今おっしゃった階層の作り方、つまり、段丘上に強弱をはっきりとつける彼女の弾き方についてのご意見は、ある面では当たっています。1940年代、私が10代の頃、彼女は繊細なバッハを弾いていると思える唯一の人でした。
グレン・グールド/ジョナサン・コット/宮澤淳一訳「グレン・グールドは語る」(ちくま学芸文庫)P74

テューレックが、最晩年に録音した「ゴルトベルク変奏曲」は、すべての反復が律儀に行使され、90分を超える大演奏でありながら、一切の弛緩なく(反復が煩わしく感じられないのだからとても不思議)、それこそパルスに富む見事なもの(第26変奏以降が絶美。第29変奏から第30変奏クオドリベットは別次元)。1950年代の「平均律クラヴィーア曲集」とあわせ、彼女のバッハにグールドが心酔し、多大な影響を受けただろうことは明らか。

J.S.バッハ:
・平均律クラヴィーア曲集第1巻BWV846-869(1952.12-1953.5録音)
・平均律クラヴィーア曲集第2巻BWV870-893(1952.12-1953.5録音)
・ゴルトベルク変奏曲BWV988(1998.3録音)
ロザリン・テューレック(ピアノ)

一粒一粒の音が丁寧に奏される第1巻ハ長調の前奏曲とフーガが何と悲しく、そして情感豊かに響くことか。白眉は第2巻!!言葉に表し難い神々しさよ。

 

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