バーンスタイン指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン作品135(1989.9Live)ほかを聴いて思ふ

あちこち揺れても最後はベートーヴェンに還る。
あくまで私見だが、過去も未来もとどのつまりはベートーヴェンに行き着くのだと思う。
彼の辞書に「勇気」という文字はなかった。
もちろん「囚われ」もない。
それゆえに、本人の意図しないところで常に革新が起こった。それはとんでもないことだ。
たぶん、彼はある時期に脱皮し、世界と直接に関わっていたのだと思う。数多の恋愛を繰り返しながら結婚に至らなかったのは当然だ。そういう人は得てして変人扱いされるゆえ。

心理学とは妙なものである。19世紀半ばをすぎるまで、そんなものはなかった。ヘルダーやヴントの民族心理学が話題になって、人間文化にひそむ心理的傾向が分析の対象に浮上してくると、やがて個人の「性格」や「心」にタイプを見いだすことに熱心になりだしたのである。だからフロイトやアドラーの登場は20世紀の人知を揺さぶるに、やたらに影響力をもつことになった。
松岡正剛「擬MODOKI—『世』あるいは別様の可能性」(春秋社)P212

「心理学」とはよく言ったものだ。今でこそ、正面切って語られる「精神世界」のことを、おそらく学問的にそう名付けたのだと僕は思う。特に、ユングの「赤の書」を読めば、そのことは明らかだ。第8章「神の受胎」には次のようにある。

こう私が語ると、そこに突然、深みの精神が現れ、私を恍惚とも朦朧ともつかぬ境地にさせ、強い調子の声でこのような言葉をかけたきた。
「私はあなたの芽を宿した。来るべき者よ。
私はそれを極めて深刻な苦境と卑劣さのうちに宿した。
私はそれをくしゃくしゃのボロ切れでくるみ、貧しい言葉の寝床にそっと寝かせた。
そして、嘲りがそれを祭りあげたのだ。あなたの子ども、あなたの不思議な子ども、父を予告することになっている来たるべき者の子どもを。実った果樹よりも古い果実を。
C.G.ユング著/ソヌ・シャムダサーニ編/河合俊雄監訳/河合俊雄・田中康裕・高月玲子・猪股剛訳「赤の書」(創元社)P193

一体当時の誰がこの言葉を即座に理解できたのだろう。ユング自身が封印したことは当然。
ちなみに、松岡正剛さんは同じエッセイの中でかくも語る。

世阿弥が能舞台の橋懸かりの向こうから登場させたシテは、ほとんどがこの世の者ではない。神や仙人や老人でない場合は、亡霊か死者か狂者か行方不明者たちである。あの世の者とはかぎらない。どちらかといえば世に忘れられた者たちだ。かつ、この者たちはすべからく「残念」と「不安」の持ち主だ。慚愧にたえないと感じている。すなわち「思い」を遂げられなかったか、もしくは「思い」の実現を阻まれた者たちである。
松岡正剛「擬MODOKI—『世』あるいは別様の可能性」(春秋社)P214

やはり「不安」こそが精神を犯す最大の要因であり、また固執し、念を残すことが大きな問題なのである。僕には能舞台とベートーヴェンの、特に後期の世界観とには必然の共通性があるように思えてならない。

最も敬愛するフォン・スメタナ氏よ、
大災難が起きました。カルルが思いがけず自ら引き起こした災難です。まだ助かる見込があると思います。あなたが頼みの綱です。すぐ来て頂ければ、です。カルルが頭に弾丸を打ち込んだのです。どうしてこうなったかは診て下されば判ります。―とにかく早く、どうか早く。
(1826年7月30日付カルル・フォン・スメタナ博士宛)
小松雄一郎編訳「新編ベートーヴェンの手紙(下)」(岩波文庫)P196

ベートーヴェンが亡くなる8ヶ月ほど前のことである。
こういった心労が彼の寿命を縮めたともいえるが、現実の世界から逃避すべく彼は筆を執ったのか、弟カールの自殺未遂事件と前後し、彼は最後の四重奏曲を書いた。この作品の重みは、弦楽合奏版、それもバーンスタインが晩年に録音した荘重な演奏でこそわかるというものだが、まさに不安や固執から超越した世界が広がっていると思う。

ベートーヴェン:
・弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135(弦楽合奏版)(1989.9Live)
・弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131(弦楽合奏版)(1977.9Live)
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

作品135は、聴きようによっては鈍重ともいえる。しかし、耳を澄ませば、(コンサートにせよ音盤にせよ聴衆との直接的な接触を重視した)バーンスタインが込めた祈りのメッセージを確実にとらえることができる。第1楽章アレグレットから、筆舌に尽くし難い抜けた崇高感!何より第3楽章レント・アッサイ、カンタンテ・エ・トランクイロのあまりの哲学的深みに驚嘆(ここだけでもぜひ多くの人たちに聴いていただきたい)。
ちなみに、70年代に収録された作品131はまた違った印象。7つの楽章を持つ型破りの四重奏曲は相変わらず粘り、うねるが、ここからは諦念とは違う、明らかに希望を秘めた音楽が聞こえるのである。例えば、第1楽章アダージョ、マ・ノン・トロッポ・エ・モルト・エスプレッシーヴォからアタッカで奏される第2楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェの、突如開けたような明朗快活な響きの転換!!美しさの極み。そのことは、バーンスタインもたぶん、わかっていたと思う。

ベートーヴェンは孤独と闘った。否、というより、孤独と同化し、自然と一体となった。

あたえられた指示。田舎にとどまること。どんな片隅でもあればこれを実行することはたやすい。ここではわたしのみじめな聾もわたしを悩ますことはない。いなかではどの樹木も、「聖なるかな、聖なるかな」とわたしに話かけているようだ。森の中の恍惚!だれがこうしたことをすべていい表わすことができようか。
(1815年)
小松雄一郎編訳「ベートーヴェン 音楽ノート」(岩波文庫)P43

ユングの言う「深みの精神」からの指示なのか。10年も前にベートーヴェンは悟りを得ていたようだ。だからこそ生み出された傑作たち。

 

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