Bryan Ferry “Taxi” (1993)ほかを聴いて思ふ

この人は、英国的ダンディズムの象徴だそうだが、果たして本当にそうか。

カヴァーというのは盗作ではないのだけれど、この人は他人の楽曲をものの見事に自分の作品のようにしてしまう。狡い。洗練されたアレンジを施し、いつの間にかそれはこの人のオリジナルであるかのように僕たちに認知させてしまう才能がある。恐るべし。

19世紀英国の伊達好みの気風は、その後フランスに広がったという。

いま、花々は香に匂う、焼香炉もさながらに。
ヴィオロンは、悲しめる心の如くわななきて、
ああ、なやましの円舞曲かな、ああ、ものうさの目眩!
かの空は、さびし美し、大いなる祭壇に似て。
(47 夕べの調べ)
ボードレール/堀口大學訳「悪の華」(新潮文庫)P116

憂鬱の内側にある官能。
ブライアン・フェリーの方法は、確かにボードレールの方法の相似形だ。
フェリーは、シュレルズの”Will You Love Me Tomorrow?”(1961)にある喜びと優しさを、そしてその裏に潜む不安と寂しさを、水も滴る湿度で極めて美しく音化する。こんな歌唱は、他の誰が真似できようか。

今夜あなたはすっかりわたしのもの
あなたの愛はなんと心地よいものか
今夜愛の光があなたの瞳に宿ってる
でもあなた、あしたも私を愛してくれますか?
(肥田慶子訳)

キャロル・キングのセルフ・カヴァーの素朴さは何とも直接的。飾り気のない女性の赤裸々な心情吐露。コーラスでは何とジェームス・テイラーとジョニ・ミッチェルが加わるという奇蹟。

・Carole King:Tapestry (1971)

Personnel
Carole King (piano, keyboards, vocals, background vocals)
James Taylor (acoustic guitar, backing vocals)
Danny Kootch (acoustic guitar, conga, electric guitar, vocals)
Curtis Amy (flute, sax, string quartet)
Charles Larkey (electric bass, string bass, string quartet)
Joel O’Brien (drums)
Russ Kunkel (drums)
Ralph Schuckett (electric piano)
Merry Clayton (background vocals)
Joni Mitchell (background vocals)

タイトル・ソング”Tapestry”の、時代と空間を超え心に迫る音楽と歌詞と。

私の人生は深遠で上品な色あいのつづれ織りだった
それはめまぐるしく変化する景色の永遠のありさま
それは少量のブルーとゴールドで織られた見事なマジック
感じるそして見るためのつづれ織り、手にすることはできない
(肥田慶子訳)

この世はすべて幻だ。手にとることなんて不可能。それゆえに、瞬間、瞬間をただ謳歌せねば。
キャロル・キングの歌には無防備な真実がある。一方、ブライアン・フェリーのそれは鎧を着せられた幻影だ。実態と虚体はふたつでひとつ。意味があるのだと僕は思う。

そして、フェリーが歌う”All Tomorrow’s Parties”には、原作にあるデモーニッシュな側面がスポイルされる代わりにそこかしこに愛の官能がひしめく。

ひっきりなしに僕の身近で「悪魔」奴が騒ぎ立て、
つかまえ難い空気のように、僕の周囲を暴れまわる。
嚥み込むと、僕の肺を焼き、罪深い永遠の欲望と化って
胸一ぱいに満ち溢れる気持だ。

「芸術」に対する僕の深い傾倒を知る彼奴、
時々、絶世の美女に化けたりして、
偽君子の巧言まことしやかに、
僕の唇を破廉恥な媚薬に慣れさせる。
(109 破壊)
ボードレール/堀口大學訳「悪の華」(新潮文庫)P258-259

なるほど、フェリーの歌はいわば媚薬のようなもの。
ちなみに、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコによるオリジナルは、ヘヴィかつドライな響きを持つ。音楽は極めて斬新だ。

・The Velvet Underground & Nico (1967)

Personnel
Lou Reed (lead vocals, backing vocals, lead guitar, ostrich guitar, sound effects)
John Cale (electric viola, piano, bass guitar, backing vocals, celesta, hissing, sound effects)
Sterling Morrison (rhythm guitar, lead guitar, bass guitar, backing vocals)
Maureen Tucker (percussion, drums, snare drum, tambourine, bass drum)
Nico (vocals, backing vocals)

“Sunday Morning”のキラキラ輝く簡潔な美しさ。そして、”Heroin”の脅迫的洗脳。50年以上前にリリースされたヴェルヴェッツのデビュー・アルバムは永遠不滅だ。

フェリーはすべてを書き換える。
負の一切を蹴散らし、自分色に染める。

・Bryan Ferry:Taxi (1993)

Personnel
Bryan Ferry (lead vocals, piano, organ, witch, synthesizer, strings)
Robin Trower (pin guitar, theme guitar, wah wah, pocket guitar, space guitar)
Neil Hubbard (guitar, probe guitar, trace guitar, lead guitar, licks guitar, rhythm guitar)
David E. Williams (rhythm guitar, hook, cat)
Michael Brook (atmos guitar, lead guitar, infinite guitar)
Andy Newmark (drums)
Steve Ferrone (drums)
Michael Giles (drums)
Nathan East (bass guitar)

トラディショナル曲”Amazing Grace”は、フェリーらしいひねりの利いたアレンジで、この人が並みのソング・ライター&アレンジャーでないことが証明される。また、アルバム・タイトルにもなっているブラックフットの1984年スマッシュ・ヒット”Taxi”では、フェリーが実にソウルフルな声を聴かせてくれるのだが、ドラムスの一角は何とマイケル・ジャイルズ!
フェリーは確かにダンディだけれど、ダンディズムの象徴では決してないと僕は思う。

 

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