レーゼルのブラームス シューマン変奏曲(1972-73録音)ほかを聴いて思ふ

私生活の面では、74年の秋に、妻パティと別居したことが明らかにされた。理由はジョージの親友であるエリック・クラプトンとパティが恋仲になったためで、この一件は本作に暗く影を落としている。
(渡辺亨「ジョージ・ハリスン オリジナル・アルバム・ガイド」)
~レコード・コレクターズ増刊「ザ・ビートルズ・ソロ・ワークス」(ミュージック・マガジン)P183

自身のレーベルから初リリースされた「ダーク・ホース」が地味で暗い印象を与えるのは、指摘を受けるまでもなく明らかに、何よりプライベートでの、どうにもならない泥沼の三角関係の影響によるものだと思われる。

人間関係の安定こそが幸せの鍵。おそらく目には見えない様々な漠とした不安が、ジョージ・ハリスンを追い込み、宗教に走らせたのだろうと思う。しかしながら、ラダー・クリシュナ・テンプルの創設者であるスリラ・プラブーバダが亡くなるとほぼ同時に、インド哲学(宗教)に急速に興味を失っていったというのだから、ジョージは、教理や概念よりも、人そのものに対して魅力を感じ、人そのものへの信仰を志向する人だったのだろう。

確かに”Dark Horse”は極めて抹香臭い。しかしここには、40余年を経た今だからこそ、枯れない、永遠の、人間の感情というものに対峙した「悲しみ」を冷静に見ることが可能なのだ。エヴァリー・ブラザーズの名作”Bye Bye, Love”の歌詞を改変した、その時の心境を赤裸々に歌うジョージの悲しみと諦めは、聴いていると本当に切なくなる。

Bye bye love
Bye bye happiness
Hello loneliness
I think I’m gonna cry

・George Harrison:Dark Horse (1974)

Personnel
George Harrison (vocals, electric and acoustic guitars, Moog synthesizer, clavinet, organ ,bass, percussion, gubgubbi, drums, backing vocals)
Tom Scott (saxophones, flute, horn arrangements, organ)
Billy Preston (electric piano, organ, piano)
Jim Keltner (drums)
Jim Horn (flute)
Ringo Starr (drums)
Klaus Voormann (bass)
Nicky Hopkins(piano)
Ron Wood (electric guitar)
Mick Jones (acoustic guitar), etc.

一方、エリック・クラプトンは、親友ジョージ・ハリスンの妻だったパティに熱烈な恋心を抱き、名作”Layla”を生み出す。

Layla, you’ve got me on my knees.
Layla, I’m begging, darling please.
Layla, darling won’t you ease my worried mind.

熱狂的に咆える愛の言葉と、後半の崇高で旋律的なインストゥルメンタル・パートの対比が本当に素晴らしい。

・Derek and the Dominos:Layla and other assorted love songs (1971)

Personnel
Eric Clapton (lead, rhythm, slide & acoustic guitars, lead vocals)
Duane Allman (slide and acoustic guitars)
Jim Gordon (drums, percussion, piano)
Carl Radle (bass guitar, percussion)
Bobby Whitlock (organ, piano, vocals, acoustic guitar)

世界は対立であり、それゆえにバランスなのだということがわかる。悲しい三角関係が生んだ傑作たちを耳にするたびに、人間の抱く理性では抑えることのできない恋心の理不尽さを思う。

ところで、ロベルト・シューマンはその晩年にライン川への投身自殺を図ったが、そのきっかけとなったのが、妻クララと若き天才ヨハネス・ブラームスとのただならぬ関係に対する疑心暗鬼、あるいは妄想であったという説がある。

20歳のブラームスがデュッセルドルフのシューマン家を初めて訪れたのが1853年9月30日のこと。ロベルトは即座にヨハネスの才能に惚れ込み、ヨハネスは師ロベルトの献身に尊崇の念をすぐさま持ったと言われるが、当時多忙で、ヨーロッパ中に名を轟かせていたクララの美しさにこそ目を瞠らされたのではなかったのだろうか。

1853年、クララはロベルトの誕生日を祝し、ロベルトが1841年に書き上げた「色とりどりの小品」作品99の中の「アルブム・ブレッター」の第1曲を主題にし、変奏曲を創造した。和声が多彩に変化する、装飾的な変奏はいずれもが本当に美しくも儚い。

クララ・シューマン:
・3つの前奏曲とフーガ作品16(1845)
・ロベルト・シューマンの主題による変奏曲作品20(1853)
・3つのロマンス作品11(1839)
・ロマンス変奏曲作品3(1833)
・9つのワルツ形式狂詩曲作品2(1831-32)
・即興曲「ウィーンの思い出」作品9(1838)
・ロマンティック・ワルツ作品4(1835)
ヨーゼフ・デ・ベーンホーヴァー(ピアノ)(1990-91録音)

そもそも彼女が主題に選択したシューマンの「アルブム・ブレッター」の、秘められた慟哭の、悲しげな旋律が胸を打つ。結婚間もない頃に、未来の不幸を予言しつつ、直観的に筆を走らせたようなシューマンの天才が刻印される傑作。

ロベルト・シューマン ピアノ作品全集
・色とりどりの小品作品99(1836/49)
・4つのフーガ作品72(1845)
・4つの行進曲作品76(1849)
・スケルツォヘ短調遺作
・アレグロロ短調作品8(1831)
イェルク・デームス(ピアノ)

淡々と弾かれるデームスの、それでいてロベルト・シューマンへのただならぬ愛情が注ぎ込まれる、温もりの感じられる名品たち。どちらかというとシューマンの、分裂的側面は背後に追いやられ、クララとの幸せな心情が歌われる。

ちなみに、ロベルトが投身自殺を図ったのが、1854年2月27日のこと。
その時以来、ヨハネスが一家を精神的に支えるべくしばらくの間滞在することになる。そして、1854年8月、シューマン家への様々な思いを込め、ヨハネスはクララが引用したのと同じシューマンの主題を用い、一つの変奏曲を作曲したのである。なるほど、ヨハネス・ブラームスの天才が飛翔する傑作。

ブラームス:ピアノ独奏曲全集2
・ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調作品5(1853)
・シューマンの主題による変奏曲作品9(1854)
・バラード集作品10(1854)
ペーター・レーゼル(ピアノ)(1972-73録音)

若きレーゼルの、いぶし銀のブラームス。
切々と語られる音楽は、師ロベルトへの尊敬の念に溢れ、また愛するクララへの切ない思いが込められるよう。

艶聞絶えない天才たちの魔法とでも言おうか。いつの時代も、ロマンスこそが原動力だということ。

 

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