ブリテン指揮オールドバラ祝祭管のハイドン「告別」(1956.6Live)ほかを聴いて思ふ

ブリテンの解釈は冒頭から激しい。
まるでベートーヴェンを演奏するときのような、異常なほどの感情移入がみられる「告別」第1楽章アレグロ・アッサイの慟哭。音楽は前のめりにうねり、ハイドンの枠をはみ出すよう。一方、続く第2楽章アダージョは、夢見るモーツァルトの如く優しく切ない。ここには、古を懐かしみ、思いに耽るハイドンがいる。いや、そこにあるのはブリテン自身の魂だろうか。また、第3楽章メヌエットは、軽快かつ典雅というより重い空気を秘めたもの。そして、終楽章は勢いあるプレストにはじまり、アダージョでの愛らしい歌が暗黒に一条の光を照らすようで美しい(聴衆の感心の拍手がすべて)。

クライスラーのヴァイオリン協奏曲の録音を聴いて、日記に「おお、ベートーヴェンよ!汝の芸術は不滅だ。第1楽章と第2楽章のごとき哀感、そして終楽章のごとき歓喜がかつて書かれたことがあろうか?」と書き、両親から《フィデリオ》のスコアを贈られた16歳の誕生日を、生涯の記念日とするような少年なのだ。
デイヴィッド・マシューズ著/中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」(春秋社)P14-15

不思議なことに、それほど敬愛するベートーヴェンなのに、ブリテンの録音にベートーヴェンがない。きっと素晴らしい解釈だったであろうに。

もうひとつ、「校長先生」という標題の第55番は、優雅な第1楽章アレグロ・ディ・モルトに始まり、弱音器をつけるヴァイオリンの愛らしい第2楽章アダージョ・マ・センプリチェメンテが美しい。いずれもオールドバラ音楽祭での実況録音。

ハイドン:
・交響曲第45番嬰ヘ短調Hob.I:45「告別」(1956.6.19Live)
・交響曲第55番変ホ長調Hob.I:55「校長先生」(1956.6.19Live)
ベンジャミン・ブリテン指揮オールドバラ祝祭管弦楽団
・チェロ協奏曲第1番ハ長調Hob.VIIb:1(1964.7.16-18録音)
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団

一層神がかっているのが、ロストロポーヴィチを独奏に迎えた初期の協奏曲。第1楽章モデラート、オーケストラの提示部の後、チェロの独奏がこれでもかというくらい饒舌に歌うが、楽器の音を超えた音楽以上の音楽がここにある。何より独奏チェロと同等のエネルギーを示す室内オーケストラのエネルギーがすごい。また、第2楽章アダージョは、静けさと安らぎを表出する音楽で、オーケストラは控えめに、その上で、チェロな入念に想いを込めて旋律を奏でる。ここは真にロストロポーヴィチの独壇場。
アタッカで奏される終楽章アレグロ・モルトは、動的でありながら抜け切った清澄な音楽。

神があるとさへ思つて居ればいい
それだけでいい
どれもこれも二人でやつたことと思へばいい
自分が悪ければ神も悪いのだ
自分が良ければ神も良いのだ
自分を悪くするのも神を悪くするのも
みんなみんな一人でやつたことだ
「詩の一つ」~「愛の詩集」
室生犀星「抒情小曲集・愛の詩集」(講談社文芸文庫)P180

音楽には神が宿る。そもそも自分と神とは一つなり。

 

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