ショルティ指揮ウィーン・フィルのワーグナー「ラインの黄金」(1958録音)ほかを聴いて思ふ

天才マルチ・プレイヤー。
その昔、日本武道館で聴いた彼の演奏は激しく、また生々しかった。何てナチュラルなんだろうと思った。電気を通した爆音でもとても繊細な響きだった。その印象は、スタジオで収録されたアルバムを聴いても変わらない。

“Believe”のトリップ感が素晴らしい。

I am you and you are me
Why’s that such a mystery?
If you want it you got to believe
Who are we?
We’re who we are
Riding on this great big star
We’ve got to stand up if we’re gonna be free yeah

・Lenny Kravitz:Are You Gonna Go My Way (1993)

Personnel
Lenny Kravitz (vocals, electric and acoustic guitars, Mellotron, bass, drums, chimes)
Craig Ross (acoustic and electric guitars)
Henry Hirsch (piano, Wurlitzer organ, synthesizer, bass)
Tony Breit (bass)
Dave Domanich (drums)
Michael Hunter (French horn, flugelho)rn
Robert Lawrence (violins)
Liuh-Wen Ting (viola)
Michael “Ibo” Cooper (keyboards)

楽曲ごとに異なる音楽性の網羅。いずれも色気は抜群。
いかにもジョン・レノン的な”Is There Any Love In Your Heart”の、祈りの歌に感涙。

一方、(意図してか意図せずか)ナチュラルを排除し、できるだけ大仰に制作された楽劇の歴史的名盤。多大な期待をもってリリースされたこの巨大な録音は、当時、企業に計り知れない成果をもたらしたという。

さまざまな事実がある。予期せぬ売り上げ。世界規模のステレオ市場に対して《ラインの黄金》の技術の高さが与えた影響(それはそれまでのものとは比較しようのない、測りようのない、新たな尺度となった)。レコード業界で名のあるすべての賞を取ったという事実。デッカという企業に計り知れぬ信用をもたらしたこと。これらすべてにもかかわらず、重役たちは一人として、プロジェクトの続行を奨励しようとは絶対にしなかった。
「なあ、あれは線香花火みたいなもんだったんだよ」
これが私たちの口癖になっていた。《ニーベルンクの指環》の一部分がとてもよく売れたという事実は、残りも同じように売れるということの証明とはならないのだった。他の楽劇も《ラインの黄金》に比べて、とても長いわけではないのだから、経費がそんなに高くなりはしないのだが。
ジョン・カルショウ著/山崎浩太郎訳「レコードはまっすぐに—あるプロデューサーの回想」(学研)P404-405

カルショウの証言は実に興味深い。この後、紆余曲折を経て、1965年、「神々の黄昏」をもってカルショウ&ショルティの《ニーベルンクの指環》は完成することになるが、今となっては指揮者の生み出す音楽のスケールのせせこましさ、小ささや、何よりカルショウのプロデュースの人工性がどうにも気になることは否めない。しかしそれでも、「ラインの黄金」で起用された、フラグスタートによるフリッカをはじめとして、アルべリヒのナイトリンガーやヴォータンのロンドンなど、当時の超一流のワーグナー歌手を揃えた録音は不滅であり、50余年を経た今も、そして今後将来も聴き継がれるであろう名盤であることは間違いない。

前奏曲から実存感は(少なくとも僕の耳には)薄い。おそらく先進の技術ばかりを先行させ、芸術性や音楽性が後回しにされた結果かもしれない。

・ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」
ジョージ・ロンドン(ヴォータン、バリトン)
キルステン・フラグスタート(フリッカ、ソプラノ)
クレア・ワトソン(フライア、ソプラノ)
ヴァルデマール・クメント(フロー、テノール)
エバーハルト・ヴェヒター(ドンナー、バリトン)
セット・スヴァンホルム(ローゲ、テノール)
パウル・クーエン(ミーメ、テノール)
ジーン・マデイラ(エルダ、アルト)
グスタフ・ナイトリンガー(アルベリヒ、バリトン)
ヴァルター・クレッペル(ファーゾルト、バス)
クルト・ベーメ(ファフナー、バス)
オーダ・バルスボーグ(ヴォークリンデ、ソプラノ)
ヘティ・プリマッハー(ヴェルグンデ、メゾソプラノ)
イラ・マラニウク(フロースヒルデ、アルト)
ゲオルク・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1958.9.24-10.8録音)

それでも第4場、クメントの扮するフローの指示にはじまる「ヴァルハラ城への神々の入場」の音楽は堂々たるもので、さすがにロンドンのヴォータンとフラグスタートのフリッカの無次回掛け合いの部分は素晴らしい。

ヴォータン:
かくして城に挨拶を送ろう。
いまでは憂いも怖れも取るに足らず—
妻よ、われに続け!
ヴァルハルにともに住まおう!
フリッカ:
その名の謂れはなにかしら、
初めて聞く名前ですけれど—
ヴォータン:
その名を考えついたのは
畏れを克服したわが勇気、
城が今後とも栄え続けていけば
その意味はおのずと明らかになろう。
日本ワーグナー協会監修/三光長治・高辻知義・三宅幸夫・山崎太郎編訳「ラインの黄金」(白水社)P115

ヴォータンは、築城ためにアルべリヒから指環や財宝を奪った業から解放されることなく、そして、彼の世界救済計画は結果として潰えた。火神ローゲが世界の終末をもたらす(「神々の黄昏」)。

ラインの娘たち
ラインの黄金!
きよらの黄金!
あんなに汚れなく
やさしく輝いていたのに!
無垢な黄金よ、あなたのことを思って
私たちは輝くばかり。
黄金を返して、
きよらの黄金を私たちに!
~同上書P115

乙女たちの歌声が、悲しく、嘲笑的に響くのもカルショウの演出のひとつだろうか。

 

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