ヨッフム指揮バイエルン放送響のブルックナー ミサ曲第1番(1972.1録音)を聴いて思ふ

リストに続いて取り上げるのはブルックナー氏のニ短調ミサ曲である。この曲は教会音楽の領域における最近の最も傑出した作品であり、ブルックナー氏はこれによって未来のための決定的な一歩を踏み出したのである。・・・ブルックナー氏は音楽芸術の最高の諸課題をすぐれた専門技量によって解決したのみならず、彼はまた、とりわけ、より高度な様式である、交響曲に対する彼の才能を証明してみせたのである。
(1864年12月20日、29日付リンツァー・ツァイトゥング紙)
根岸一美著「作曲家◎人と作品シリーズ ブルックナー」(音楽之友社)P36

ここには、彼の交響曲作家としての才能がすでに芽吹く。荘厳な音調の中に、突如として優しくも美しい旋律が顔を出す様。後の交響曲を髣髴とさせる流麗さ。ニ短調ミサ曲が、ベートーヴェン以来の傑作であることは間違いない。

ところで、C.G.ユングの、「リヒアルト・ヴィルヘルムを記念して」と題する講演記録を読んでいて、ブルックナーの音楽の革新性は、彼の思考が「因果律」に基づいたものでなく、東洋的な(ユングの名付けるところの)「共時律」によって支配されているところにあったのではないかと思い至った。

数年前のことですが、当時の英国人類学会の会長が、私に向って、中国人のように高い精神性をもった民族が科学をつくり出さなかったということは一体どう説明したらいいのか、とたずねたことがありました。私は次のように答えました。そう見えるのは、あなたの錯覚にちがいありません。中国人は「科学」を所有しています。その科学の“基準”となる「古典」がまさに『易経』なのです。しかしその科学の原理は、中国における多くの事柄と同じように、われわれの科学的原理とは全くちがったものです、と。
『易経』の科学は、実は因果律にもとづいたものではなくて、われわれがこれまでめぐり合ったことがないために命名されることのなかった一つの原理にもとづいています。私はそれを、かりに“共時律”synchronistisches Prinzipとよびました。私はそれまで長い間無意識過程の心理学を研究していたために、新しい説明原理を探す必要に迫られていました。無意識の心理学におけるある種の独特な現象を説明するには、因果律では不十分に思われたからです。私が発見したのは、因果的には互いに関連づけることができないにもかかわらず、別種の連関を見出すことができるような心理的対応現象が存在するということです。私には、この連関は主として、複数の事象が相対的な同時性において起こるという点にあるように思われましたので、「共時的」と表現したわけです。つまり時間というものは抽象的な概念ではなくて、むしろ、さまざまな場所で同時に現われる事象の性質、あるいは基本的条件をつつみこんだ具体的な媒体であるように思われるのです。
(1930年5月10日、ユングのR.ヴィルヘルム追悼講演「リヒアルト・ヴィルヘルムを記念して」)
C.G.ユング・R.ヴィルヘルム/湯浅泰雄・定方昭夫訳「黄金の華の秘密」(人文書院)P17-18

ユングの、「集合無意識」という概念創発に至るきっかけに「易経」があったことに膝を打った。そして、フレーズやブロックが「間」によって分断され、一見支離滅裂にしか見えないブルックナーの作品が、全体を通しては実に統一感のある音楽として成立し、機能するその秘密こそ「共時律」にあったのではないかと閃いた。やっぱりこの人は天才だ。

ブルックナー:
・ミサ曲第1番ニ短調
エディット・マティス(ソプラノ)
マルガ・シムル(アルト)
ヴィエスワフ・オフマン(テノール)
カール・リッダーブッシュ(バス)
エルマー・シュローター(オルガン)
オイゲン・ヨッフム指揮バイエルン放送交響楽団&合唱団(1972.1録音)
・モテット アレルヤ誦「イサイの杖は芽を出し」(4部合唱)
・モテット「アヴェ・マリア」(7部合唱)
ヴォルフガング・シューベルト指揮バイエルン放送合唱団(1966.6録音)

一連の交響曲の礎となる大作。音楽は地の底から唸り声をあげる。何より合唱の絶唱!
しかし、決して矮小にはならず、巨大な音の塊りが終始僕たちの骨の髄にまで響く。「グローリア」に登場する、交響曲第9番アダージョ楽章のフレーズに思わず涙。
それにしても素晴らしいのは、間違いなく天才ブルックナーの筆であることが如実に伝わる「クレド」!!金管の咆哮も打楽器の爆発も、ヨッフムならではの動的な解釈で、音楽には大いなる生命力が宿る。そして、短い「サンクトゥス」を経て、「ベネディクトゥス」と「アニュス・デイ」が続くが、これらはブルックナー的大自然賛歌であり、いかにも優しく温かい旋律に溢れるのである。

 

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