シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送響のワーグナー作品集(1950-66録音)を聴いて思ふ

ほとんど不動のまま、両手を捧げるかのように前に伸ばし、シューリヒトは楽劇の最期の場面を、交響的、かつ素晴らしい展開によって締めくくったのである。それは大きなうねりとなって高まっていった。音楽は自然の一部となって、音が小さくなりやがて消えていった。天才ワーグナーの奇跡が、この指揮者の比類のない才能によって目の前に現れたのだった。
(1952年11月20日付、ラ・レピュブリック・ド・ボルドー掲載の、マーシャル・バルディネによる批評)
ミシェル・シェヴィ著/扇田慎平・塚本由理子・佐藤正樹訳「大指揮者カール・シューリヒト―生涯と芸術」(アルファベータ)P263-264

天才カール・シューリヒトの、1950年から66年までのワーグナーの記録。
彼の音楽の基本は決して変わることがない。一見あっさり、そっけない外観に、恐るべきエネルギーが点される内燃する魔法。実演に触れたら焼け焦げそうなほどの力に僕は思わず拝跪した。
滔々と流れる大河の如く、遅めのテンポで進む「パルジファル」前奏曲。旋律は歌い、音調はふくよかで、これから始まるであろう聖なる物語を心から祝うよう。ここには魂の浄化がある。また、その16年前の「トリスタンとイゾルデ」前奏曲は、粘り、慄き、絶頂に向けてうねる。筆舌に尽くし難い官能。

ワーグナー:
・舞台神聖祭典劇「パルジファル」から第1幕前奏曲(1966.3.18録音)
・楽劇「トリスタンとイゾルデ」から第1幕前奏曲(1950.4.29録音)
・楽劇「神々の黄昏」から第1幕「夜明けとジークフリートのラインへの旅」(1955.9.27録音)
・楽劇「神々の黄昏」から第3幕「ジークフリートの葬送行進曲」(1955.9.27録音)
・ジークフリート牧歌(1955.9.27録音)
・舞台神聖祭典劇「パルジファル」から第3幕「聖金曜日の奇蹟」(1954.9.24録音)
・舞台神聖祭典劇「パルジファル」から第3幕フィナーレ(1966.3.18録音)
カール・シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送交響楽団

不気味な(?)念のこもる「ジークフリートの葬送行進曲」。いや、ここにあるのは死の恐怖から完全解放されたジークフリートの慈悲の涙だ。正直者シューリヒトの内面が見事に反映される。

ナチの台頭が始まると、彼は「非アーリア人」の友人たちや共演していたユダヤ人芸術家たちへの人種差別に苦しみ悩んだ。彼は知性と直感によってナチ体制との妥協を避けたが、ゲシュタポの脅威からは逃げられなかった。第二次世界大戦直前のオランダで、彼は突然逮捕、拘束された体験があった。1940年から1944年までドイツに住んでいた彼は、戦争の恐怖と生命の不安を、同じドイツの人々と分かち合った。最初の爆撃が始まる30分前にヴィースバーデンを後にしたにせよ、フランクフルトを大規模な破壊の始まる数日前に後にしたにせよ、ドレスデンの町が空爆で壊滅する七カ月前にそこから離れたにせよ、侮辱的な家宅捜索や執拗な尋問からは逃れられなかった。
~同上書P367-368

中庸の「ジークフリート牧歌」が懐かしい。
しかし、白眉は、「聖金曜日の奇蹟」もさることながら、(第1幕前奏曲と同日に演奏された、対となる)微かな一条の光の射し込む様が美しく描写される「パルジファル」フィナーレ!!何という柔らかさ、何という優しさ。ワーグナーが宗教と芸術を一体にすべく試みた音楽は、シューリヒトの手によって最後のシーンに至りついに完成する。

初期のキリスト教徒が自分たちが生きている間に起こるであろうと期待し、その後、神秘的な教義として護持されてきた救世主の再臨は、黙示録に記されているのとある程度似たような経緯を辿って、今から予測される将来に一つの意味を持つだろうと私は思っている。それというのも私たちの文化が完全に野蛮状態に陥った暁には、現在見られるような歴史学や批評や認識の化学は同時に終息すると想定せざるを得ないからである。一方、神学もその暁には福音書の問題に最終的な決着をつけて、啓示にまつわる自由な認識はエホバをめぐる難題抜きで解明されるであろうが、救世主はまさしくそうした決着のために再臨を約束しているのである。
「公衆と人気」(宇野道義訳)(1878)
三光長治監修「ワーグナー著作集5 宗教と芸術」(第三文明社)~P50-51

ワーグナーは、宗教が芸術と合一したときにこそすべてが解明されると説くのだが、その一つの回答が「パルジファル」だった。「救済者に救済を!」という意味深な言葉で終わるこの舞台作品の次の作品にこそワーグナーは真の答を用意していたのではなかろうか。

 

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