グレン・グールド・シルヴァー・ジュビリー・アルバムを聴いて思ふ

つぎつぎと上がって行く(テナー、アルト、ソプラノ)反復進行で、ほかの声部がこの節回しに「応答」するかそれを繰り返すにつれて、この特殊な冒険が要求する特別な性格について一つの議論が展開される。バス歌手はある程度の勇気が要ることを示唆することからはじめる。「きみはフーガを書く勇気を得た、だから前進せよ。」テナーは完成した場合の用途にこだわる。「だから前進せよ、そしてわれわれの歌えるフーガを書くんだ。」コントラルトが、自分自身の対位法作法は申し分のなく正しいものであるにもかかわらず、大胆に反伝統的方法を擁護する。
《それほどフーガを書きたいか》
ティム・ペイジ編/野水瑞穂訳「グレン・グールド著作集1―バッハからブーレーズへ」P149

グレン・グールドの実験精神。
彼の演奏は、あるいは彼の音楽は一見理屈っぽいが、本質は実に感覚的だ。グールド自身の注釈は、読み解くのに苦心する代物。4人の独唱者によって繰り広げられるドラマはこの際無視しても良いのでは。バッハを引用したその音楽、すなわちフーガそのものをどれほど感じるかが大切だ。

贈り物のように(同時に覚醒をうながすように)、弦楽四重奏はバッハの比較的よく知られた主題4つのうちクォドリベットを鳴らす。(このなかには「ブランデンブルク協奏曲」第2番があるのに気づかれるだろう。)
~同上書P149

フーガという形式は実に神秘的。
音楽史上の天才たちがこぞって仕上げたフーガ作品には、いずれも永遠不朽の力が宿る。グールドは、フーガをして「音楽の形式に関する考え方の歴史のなかで、もっとも長もちする創作上の工夫の一つであり、音楽家にとってもっとも神聖な実践方法の一つである」と断言するが、彼自身も人生において常にラウンド(輪唱)を繰り返そうとしていたのではなかろうか。

デビュー25周年を記念してのアルバム。
選ばれた作品は多彩だ。と同時に、グレン・グールドの神髄が見事に込められ、どの瞬間も実に刺激的。素晴らしいのは、ドメニコ・スカルラッティの3つのソナタ!!!
バッハの時以上に音楽は躍動する。ニ長調ソナタの、右手と左手が純粋に同期し、恐るべき交響的世界を繰り広げる様。短い時間の中にあるまさに永遠。また、囁くように優しく歌われるニ短調ソナタの哀感。そして、ト長調ソナタの、他のどのピアニストにもない喜びと感傷の移ろい。グールドらしく一粒一粒の音を明確に弾き切る様が、スカルラッティの音楽を一層引きたてる。願わくば彼にもっと多くのスカルラッティ録音を残しておいてもらいたかった。

シルヴァー・ジュビリー・アルバム
・ドメニコ・スカルラッティ:
—ソナタニ長調K430(L463)(1968.1.30録音)
—ソナタニ短調K9(L413)(1968.2.5&6録音)
—ソナタト長調K13(L486) (1968.1.30録音)
・C.P.E.バッハ:ソナタイ短調「ヴュルテンベルク・ソナタ」第1番Wq.49/1(H.30) (1968.1.30録音)
グレン・グールド(ピアノ)
・グレン・グールド:4人の独唱と弦楽四重奏のための「それほどフーガを書きたいか」(1963.12.14録音)
エリザベス・ベンソン=ギイ(ソプラノ)
アニタ・ダリアン(メゾソプラノ)
チャールズ・ブレッスラー(テノール)
ドナルド・グラム(バス)
ウラディミール・ゴルシュマン指揮ジュリアード弦楽四重奏団
・スクリャービン:2つの小品作品57(1972.12.13録音)
グレン・グールド(ピアノ)
・リヒャルト・シュトラウス:「オフィーリアの歌」作品67(1966.1.14&15録音)
エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
グレン・グールド(ピアノ)
・ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」第1楽章(リスト編曲)(1968.7.30-8.1録音)
・グレン・グールド・ファンタジー(1980.7.1, 7&8録音)
グレン・グールド(ピアノ)

グールドが弾くとこれほどに色気を醸すのか、スクリャービンの神秘的小品。確かにいつもの彼とはどこか何かが違う(どうやらグールドの提唱する「アコースティック・オーケストレーション」という方法で録音されているようだ)。そして、シュヴァルツコップとのリヒャルト・シュトラウスでの、表情豊かなピアノ伴奏が素晴らしい。中でも、第2曲「おはよう、今日はバレンタインデーよ」での快速の劇的伴奏はグールドならではで、際どい歌詞の内容を見事に映す。
そして、フランツ・リスト編曲によるベートーヴェンの「田園」交響曲!!残念ながら第1楽章「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」のみの録音だが、ここでのグールドは(伸縮はあるものの)正統なテンポ設定で、ベートーヴェンの崇高な歌を生き生きと、また祈りを込めて歌い上げる。何より、終結の、抑制されたピアノの脱力感こそグールドの真骨頂。

グールドが亡くなって早36年が経過する。
願わくばゴールデン・ジュビリーまで生きて、活動してほしかった。

 

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