ヤノフスキ指揮SKDのワーグナー「ジークフリート」(1982.2録音)を聴いて思ふ

今更ながらだが、音のドラマとしての「指環」の出来には恐れ入る。
特別な細工を施さなくとも、ワーグナーが書き下ろした譜面に沿って、そして彼が認めたト書きに沿って忠実に音楽を、また舞台を再現することができたなら、人々の想像力を喚起し、頗る感動を与えるのだから、それは人類の驚くべき至宝。

1876年の夏の真盛りに、ようやく上演に漕ぎつけた舞台祝祭劇の興行は外面的にはまことに華々しい経過を辿り、各方面に非常なセンセーションを巻き起こすにいたった。正直なところ、一人の芸術家がこれほどの栄誉を受けたことはいまだかつてなかったように思われた。それというのも、芸術家が皇帝や王侯のもとに呼ばれた例なら過去にいくらでもあるわけだが、皇帝や王侯の方が芸術家のところへ来たという話はいまだかつて聞いたことがないからである。
「1876年の舞台祝祭劇を振り返って」(1878)
三光長治監修「ワーグナー著作集5 宗教と芸術」(第三文明社)P91

何事においてもリヒャルト・ワーグナーは、前代未聞の革命家だ。
当時、世間の誰もが、もちろん皇帝すらも、彼のこの事業の成功を夢にも思っていなかったのだという。そういう状況の中ですら、やり遂げる意志の強固さがワーグナーその人のそもそもの在り方なのである。つまり、彼の作品は、ショーペンハウアーではないが、何人にも感動を与えるであろう、いわば「意志の表象」なのである(それには協力する歌手陣の力ももちろんあった)。

ところが有難い魔力のお陰で、祝祭劇に参加した歌手たちはみんな立派だった。
こうした経験に基づく固い信念こそ、私たちがあの日々に得たもっともすばらしい収穫だった。私としては、この収穫を末永く見失わないようにすることを、今後の私たちの課題にしたいと思っているような次第である。
~同上書P112

実に作曲家冥利に尽きる周囲の協力と、結果の賞賛。
誰が何と言おうと、ワーグナーは稀代の天才であるとあらためて思う。

・ワーグナー:楽劇「ジークフリート」
ルネ・コロ(ジークフリート、テノール)
ジャニーヌ・アルトマイヤー(ブリュンヒルデ、ソプラノ)
テオ・アダム(さすらい人、バリトン)
ペーター・シュライヤー(ミーメ、テノール)
ジークムント・ニムスゲルン(アルベリヒ、バリトン)
マッティ・サルミネン(ファフナー、バス)
オルトルン・ヴェンケル(エルダ、アルト)
ノーマ・シャープ(森の小鳥、ソプラノ)
マレク・ヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1982.2録音)

大御所を揃えての歌手陣は完璧。
リリース当時、ヤノフスキの指揮についてはあまり良い評判は聞かなかったが、40年近くを経た今、偏見なしに耳を傾けてみると、指揮者がワーグナーの音楽に心から感応していることが手に取るようにわかる。特に歌手の力量が問われる「ジークフリート」の室内楽的な響きは指揮者の能力も直接に反映されるが、まったく遜色ない。

録音のせいか、第1幕前奏曲から、音は渋い。早めの小気味良いテンポで、音楽もスムーズに流れる。先入観を持ってしまうと、あまりにあっけないと思われそうだが、この自然体こそがヤノフスキのワーグナーの神髄なのだと思う。

夜はルービンシュタイン氏と《ジークフリート》の第3幕に取り組む。奇妙なことにワーグナー愛好家の間でさえ、ジークフリートはまったく未知の理解しがたい存在であるらしい。あのイメージはすっかり知れわたっているものと思っていたのだが。
(1872年7月15日月曜日)
三光長治・池上純一・池上弘子訳「コジマの日記3」(東海大学出版会)P295

音楽的効果が薄い分、「ジークフリート」は「指環」の中で最もとっつきにくいものだと僕も思う。しかし、ひとたび名演に出逢い、繰り返し享受することができたなら、一生に宝になる傑作だ。

 

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