サマーフェスティバル2018野平一郎がひらく「フランス音楽回顧展Ⅱ」

鮮烈、衝撃、そして感激。
ピエール・ブーレーズの「プリ・スロン・プリ」を聴いた。
これはもう実演でないと絶対にわからない作品。混沌のフェイドアウト、調和のフェイドイン、あるいはその逆。森羅万象大宇宙の鳴動と、魑魅魍魎小宇宙の鼓動が、いわば金線でつながる音楽表現。まさに彌勒の時代に相応しい、彌勒の降臨の顕現。

ステファヌ・マラルメは、言葉の意味より言葉の音感を重視した。
それゆえ彼の詩作は難解とされた。意味を求めると何事もせせこましくなる。音にも言葉にも本来意味などないのである。いや、多種多様、捉え方は人の数だけあると言った方が良いか。

時が経ち また 吹く風の 揺り動かす 故ではないが
古びた情景の ことごとく ほとんど 香の灰の色
己が姿を 見せまいと しても見える それをわたしは
独り身の石が 衣裳を脱ぐ 襞にそって襞を その姿と観る故に
「ベルギーの友たちの想い出」
渡辺守章訳「マラルメ詩集」(岩波文庫)P112

ブーレーズは、マラルメに触発され、ほぼ30年の歳月をかけ、宇宙を顕す傑作を創造した。
ジョン・ケージの「偶然性の音楽」に対し、ブーレーズは最終形において、「管理された偶然性」を提示した。事象は偶然に見えて、常に決められており、偶然と必然はイコールだと想定したときに、ブーレーズの示した「管理された」方にこそ真実があるように思った。創造主による意思が行き渡る世界と、まるで相似形の「プリ・スロン・プリ」。素晴らしかった。

第1曲「贈りもの」冒頭と、第5曲「墓」最後のトゥッティによる大音響に震えた。
音楽は終始一貫して静謐で、そしてどの瞬間も細密に描かれた。何より浜田理恵のソプラノの巧みさ!!感動した。

20分の休憩中、ステージ上では、楽器の配置転換でスタッフが忙しく動いていた。見たこともない楽器が所狭しと、見たこともない配置で並ぶ様。下手には弦楽器群が置かれ、上手前方にギターおよびマンドリン、そしてチェレスタ、後方が管楽器群。中央前方に、つまり指揮者の真ん前にハープが5台、やや下手寄りにピアノ、そして正面後方はありとあらゆる打楽器群。壮観だった。

それが音楽であることを忘れるほどのあっという間の70分。降参だ。

ザ・プロデューサー・シリーズ
野平一郎がひらく
《フランス音楽回顧展Ⅱ》
現代フランス音楽の出発点~音響の悦楽と孤高の論理~
2018年9月1日(土)18時開演
サントリーホール
・モーリス・ラヴェル:「口絵」(ピエール・ブーレーズ編曲)(1918/87/2007)(日本初演)
・フィリップ・ユレル:オーケストラのための「トゥール・ア・トゥールⅢ」~レ・レマナンス(2012)(日本初演)
休憩
・ピエール・ブーレーズ:ソプラノとオーケストラのための「プリ・スロン・プリ」~マラルメの肖像~(1957-62/82/89)
浜田理恵(ソプラノ)
ピエール=アンドレ・ヴァラド指揮東京交響楽団

「プリ・スロン・プリ」に先立ち奏された、ブーレーズ編曲によるラヴェルの「口絵」は、もはやラヴェルの片鱗残さず、ほとんどブーレーズの新作と言って良いほどの印象深い音響。わずか数分でありながら、未来的色彩の、重みのある音楽に、開始早々僕は度肝を抜かれた。

ところで、「プリ・スロン・プリ」の衝撃ゆえか、ユレルの「トゥール・ア・トゥールⅢ」の記憶が完全に吹っ飛んでしまっている。

私が、ある詩をそのまわりにアラベスクを織りなす装飾の出発点とは別のものにするために選ぶとしても、あるいはある詩を自分の音楽の灌漑の源泉としそこで詩が音響体の「中心かつ不在」となるような一種アマルガムを作り出すために選ぶとしても、私は詩と音楽という二つの本質が保持している感情的関係にだけ自分の関心を制限することはできない。つまりある接合組織が必要不可欠なのであり、その組織には、たしかに感情的関係も含まれているが、その上に、純粋な音響性から知的な配置にいたるまでの詩のあらゆるメカニズムが含まれているのである。
ヴェロニク・ピュシャラ著/神月朋子訳「ブーレーズ―ありのままの声で」(慶応義塾大学出版会)P133

ブーレーズは言葉を破壊する。破壊した上で再構築、再創造するのではなく、あくまで飛翔させるのだ。今宵、浜田理恵が最後に発した言葉、マラルメがヴェルレーヌの1周忌に編み出した詩の最後の一節の最後の単語”la mort”(死)は、何だか人間技を超えていた。

 

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