ブーレーズ指揮アンテルコンタンポランのストラヴィンスキー歌曲集(1980録音)を聴いて思ふ

声は、その表現能力や、楽器の世界と対峙したときの持続性、テクストとの混合能力、基本原理が分類できないような音を作り出す能力—音楽文法のような言語文法—によって、ヒエラルキーに従属し、それに統合し、そこから全面的に解放される。
ヴェロニク・ピュシャラ著/神月朋子訳「ブーレーズ―ありのままの声で」(慶応義塾大学出版会)P137

おそらく音楽史の中で、声は、時間をかけゆっくりと進化し、20世紀も中頃近くになって音楽そのものから独立し、自律的な機能として音楽の一部に真の意味で貢献できるものになったのだろう。僕の見解では、嚆矢はクロード・ドビュッシーその人。そして、青年時代、血気盛んで革新の衣裳を着た野獣的センスのイーゴリ・ストラヴィンスキーもその影響を大いに受けることになったのだろうか。

私自身の経験が、選ぶために取り除き、統合するために区別する必要を私に示している以上、その原理を音楽全体に広げて適用し、私の芸術の歴史の見取り図、立体写真を作成し、一人の作曲家やひとつの楽派の的確な概観を構成しているのは何かを看て取ることができると思います。
イーゴリ・ストラヴィンスキー著/笠羽映子訳「音楽の詩学」(未來社)P65

ストラヴィンスキーの作風七変化は、それこそ破壊と創造活動の繰り返しの中で自ずと生まれ出た「結果」だったのだろうと思う。歌曲を聴いた。

ストラヴィンスキー:
・パストラール作品1(1907/23)
・ヴェルレーヌによる2つの詩作品9(1911/51)
・バリモントによる2つの詩(1912/54)
・3つの日本の抒情詩(1912-13)
・わが幼き頃の思い出(3つの小さな歌曲)(1906/29-30)
・プリバウトキ(戯歌)(1914)
・猫の子守歌(1915-16)
・4つの歌曲(1953-54)
・チーリン・ボン
・パラーシャの歌(歌劇「マヴラ」より)(1922-23)
・シェイクスピアの3つの歌曲(1953)
・ディラン・トマスの追悼のために(1954)
・J.F.K.のための悲歌(1964)
・ヴォルフ:「スペイン歌曲集」より2つの宗教歌曲(ストラヴィンスキー編曲)(1968)
フィリス・ブリン=ジュルソン(ソプラノ)
アン・マレイ(メゾソプラノ)
ロバート・ティアー(テノール)
ジョン・シャーリー=カーク(バリトン)
ピエール・ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン(1980録音)

後奏のコラールが意味深い「ディラン・トマスの追悼のために」。
詩人の、父の死に際して創作された「あの良き夜のなかへ」をテクストにした8分弱の音楽は、確かに内奥に壮絶な哀感を秘めるものの、どこかアイロニカルだ。たぶんストラヴィンスキーは、突如天に召された友の死をいまだ受け入れることができないでいたのだ。嘆くシャーリー=カークのバリトンは実に芯がある。

あの良き夜のなかへおとなしく入ってゆかないでください、
老年は日の暮れに燃え上がり荒れ狂うべきです。
怒ってください、光の死にゆくのを怒ってください。
松田幸雄訳「ディラン・トマス全詩集」(青土社)P317

慟哭!

「『ディラン・トーマスの思い出に』の譜面を読むと、音楽とは何かが、全てそこにあります。一つ一つの音符について、あなたとお話ししたい。ですが、あなたの方が真実をよく御存知なはずです。人は何かリアルなもの、なにか具体的なものをこの曲から得るのでしょう。けれど、私には表現するのに悪趣味だと思われる何かに、到達する人もいるのです。
(1954年11月7日付、ナディア・ブーランジェからイーゴリ・ストラヴィンスキー宛手紙)
ジェローム・スピケ著/大西穣訳「ナディア・ブーランジェ」(彩流社)P172

ストラヴィンスキーに対しては、どうやらナディアは「女」になるようだ。
それほどに「性」を刺激する魔法が、確かにこの曲にはあるように思われる(愛と死の統合)。

そして、ストラヴィンスキー晩年の、W.H.オーデンの詩をテクストにした「J.F.K.のための悲歌」の何とも虚ろな響き、不思議な浮遊感は、身体を離れ、まさに魂だけになった大統領の「心」をとらえ、直視、表現したものだろうか。ブーレーズの指揮は実に想いのこもったもの。
さらに、最晩年の編曲、フーゴー・ヴォルフの「スペイン歌曲集」からの2曲は、ヴォルフの漆黒の世紀末的退廃を、見事にカラー化し、なお一層の悲しみと崇高さを獲得した傑作。

ちなみに、3分強の「3つの日本の抒情詩」(第1曲「山部赤人」、第2曲「源當純」、第3曲「紀貫之」)は、「春の祭典」と同時期に作曲されたものだが、各々にある攻撃的斬新な音調は、まさに「ハルサイ」と相似であり、極限にまで切り詰められたフレームの中で音楽が自由に飛翔し、暴れまくる印象。ブリン=ジュルソンの歌声が鬼気迫る。

終りに差しかかっていた「祭典」の管弦楽化と並行して、私は自分の心に引っかかっていた別の作曲を進めていた。夏に、私は古の作者たちによる数行からなる詩を集めた日本抒情詩の小選集を読んだ。それらが私に与えた印象は、日本の版画芸術が生み出す効果と酷似していた。版画に見出される遠近法の諸問題や立体感の図形的な解決は、音楽においてそれに類似した何かを発見するよう私を駆り立てていた。
イーゴリ・ストラヴィンスキー著/笠羽映子訳「私の人生の年代記―ストラヴィンスキー自伝」(未來社)P56

見事な凝縮美。
ピエール・ブーレーズの名盤の一つだと思う。

 

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