ウラッハのモーツァルト「グラン・パルティータ」K.361(370a)(1953録音)を聴いて思ふ

人生は山あり谷あり。
絶頂期のモーツァルト。多忙にもかかわらず、泉のように湧き出る創造力。
何を聴いてもモーツァルトの音がする。そこにあるのは喜び。人々を喜ばせようとする本能が、音楽を支配する。生きることの苦悩は横に置き。

これが私の予約者全部(174名)のリストです。私一人で、リヒターとフィッシャーを合わせたよりも、30人分も多く予約を取りました。今月17日の最初の発表会は、うまく行きました。広間はぎっしり一杯でした。そして私が弾いた新しい協奏曲は非常に喜ばれ、どこへ行ってもこの演奏会を誉めているのが聞かれます。
(1784年3月20日付、ザルツブルクの父レオポルト宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P100

28歳のモーツァルトは世界を謳歌する。何の心配もいらないよと言わんばかりに。
木管楽器による「グラン・パルティータ」は、命(呼吸)の音楽だ。奏者は作品を文字通り「阿吽」で音化する。

「喜び」
泉のほとり、
色どりあやに飛ぶとんぼ。
私はもう長いこと見とれている。
濃くなったり淡くなったり、
カメレオンのよう、
あるいは赤く、あるいは青く、
あるいは青く、あるいは緑。
ああ、まぢかに寄って
あの色を見たいもの!
高橋健二訳「ゲーテ詩集」(新潮文庫)P22

世界はほのぼのと、そして明るい。第3楽章アダージョの、オーボエ、クラリネット、そしてバセットホルンが順に奏する主題の美しさ。恍惚だ。あるいは、第5楽章ロマンツェも、息の深いウラッハのクラリネットがものをいう。ウィーンの情緒満ちる鄙びた音響に涙する。
レオポルト・ウラッハが亡くなったのは54歳だったという。今の僕の年齢だ。驚くしかない。

モーツァルト:
・セレナード第10番変ロ長調K.361(370a)「グラン・パルティータ」(1953録音)
ウィーン・フィルハーモニー木管グループ
ハンス・カメシュ(オーボエ)
カール・スウォボダ(オーボエ)
レオポルト・ウラッハ(クラリネット)
フランツ・バルトシェック(クラリネット)
アルフレート・ボスコフスキー(バセットホルン)
ヴィリー・クラウス(バセットホルン)
ゴットフリート・フォン・フライベルク(ホルン)
レオポルト・カインツ(ホルン)
ヨーゼフ・ラックナー(ホルン)
オットー・ニッチュ(ホルン)
カール・エールベルガー(ファゴット)
ルドルフ・ハインツ(ファゴット)
カミロ・エールベルガー(コントラファゴット)
・セレナード第12番ハ短調K.388(384a)「ナハトムジーク」(1949録音)
ウィーン・フィルハーモニー木管グループ
ハンス・カメシュ(オーボエ)
カール・スウォボダ(オーボエ)
レオポルト・ウラッハ(クラリネット)
フランツ・バルトシェック(クラリネット)
ゴットフリート・フォン・フライベルク(ホルン)
レオポルト・カインツ(ホルン)
カール・エールベルガー(ファゴット)
ルドルフ・ハインツ(ファゴット)

セレナードの中では唯一の短調作品である「ナハトムジーク」。確かに第1楽章アレグロのもの憂い音調は、悪魔の宿るモーツァルトの別の顔。ちなみに、1782年以降、モーツァルトには短調の作品が急増するが、その理由は「ヴァン・ズヴィーテン家でのバロック音楽(バッハやヘンデル)体験」によるところが大きいと推測されている。

大好きなお父さん!
(ハフナー交響曲の)最初のアレグロしかお目にかけないので、びっくりなさるでしょう。でも、ほかに仕様がなかったのです。急いで夜曲(ナハトムジーク)を一つ、といってもただの吹奏楽用に(さもなければお父さんのためにも使えたでしょうが)、書かなければならなかったので。31日の水曜日に2つのメヌエットとアンダンテと終曲を—できれば行進曲も—お送りします。
(1782年7月27日付、ザルツブルクの父レオポルト宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P64

モーツァルトにとっては「たかが吹奏楽」だったのだろうが、それを享受できる僕たちにとっては至宝。ましてや、ウラッハをはじめとするウィーン・フィルの団員たちによって再生された典雅な響き。陶酔するしかない。

「旅人の夜の歌(空より来たりて)」
空より来たりて、
なべての悩みと苦しみをしずめ、
二倍にも哀れなるものを
二倍にもよみがえらしむる甘き和みよ、
ああ、世のいとなみに我は疲れたり!
なべての苦しみも喜びも何かはせん。
甘き和みよ、
来たれ、ああ、来たれ、わが胸に!
高橋健二訳「ゲーテ詩集」(新潮文庫)P84-85

おそらくゲーテの脳裡にはモーツァルトの音楽があったのではなかったか。
嗚呼、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト!

 

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