Herbie Hancock “Gershwin’s World” (1998)を聴いて思ふ

38歳で逝ったジョージ・ガーシュウィンは、12年間で600曲近い作品を作曲したという。単純計算で毎週1曲というハイペースな創作は、J.S.バッハ並み。しかも作曲だけでなく、合間には演奏会などもあったというのだから、その仕事量は半端でなく、バッハと同じくらい精力的だったようだ。おそらくその多忙さが、彼の寿命を縮めたようにも思われる。
9月26日は、ジョージ・ガーシュウィンの120回目の生誕日。

背景には、おそらくあらゆるジャンルの音楽への関心があるだろう。
何より共演者の顔ぶれが半端ない。
冒頭、アフリカン・パーカッションに彩られた”Overture (Fascinating Rhythm)”の、短い官能。ハービー・ハンコックによるガーシュウィン・ワールドの扉が刺激的に開く。

・Herbie Hancock:Gershwin’s World (1998)

1998年3月から4月にかけてのニューヨーク、及び同年6月、ロサンゼルスでの録音。

“Overture (Fascinating Rhythm)”
Personnel
Herbie Hancock (piano)
Madou Dembelle (djembe)
Massamba Diop (talking drum)
Cyro Baptista, Bireyma Guiye, Cheik Mbaye (percussion)

続く、8人編成によるバラード”It Ain’t Necessarily So”での、いかにもハンコックの、というべき美しいソロ!あるいは、ミュートの効いたトランペットの妖しい音色。

”It Ain’t Necessarily So”
Personnel
Eddie Henderson (trumpet)
Kenny Garrett (alto saxophone)
James Carter (tenor saxophone)
Herbie Hancock (piano)
Ira Coleman (bass)
Terri Lyne Carrington (drums)
Massamba Diop (talking drum)
Madou Dembelle (djembe)

そして、何とジョニ・ミッチェルがヴォーカルをとる”The Man I Love”の深み。ウェイン・ショーターがテナーを奏し、ハンコックのピアノが囁く布陣は奇蹟的。

“The Man I Love”
Personnel
Joni Mitchell (vocal)
Wayne Shorter (tenor saxophone)
Herbie Hancock (piano)
Ira Coleman (bass)
Terri Lyne Carrington (drums)

あらゆる編成を駆使し、ガーシュウィンの音楽が時にメロウに、時にハードに響く。どの曲においてもハンコックの思い入れはたっぷりだ。“Here Come De Honey Man”での、トランペット、アルト、そしてテナーが絡む、空ろな音調が心に沁みる。

“Here Come De Honey Man”
Personnel
Eddie Henderson (trumpet)
James Carter (tenor saxophone)
Kenny Garrett (alto saxophone)
Herbie Hancock (piano)
Marlon Graves (guitar)
Ira Coleman (bass)
Cyro Baptista(percussion)
Robert Sadin (percussion programming)

あるいは、W.C.ハンディの名曲“St. Louis Blues”では、スティーヴィー・ワンダーがハーモニカを奏し、歌う。この相変わらずの明朗なファンキーさこそスティーヴィ―起用の訳。最高だ。

“St. Louis Blues” (W.C.Handy)
Personnel
Stevie Wonder (vocal, harmonica)
Herbie Hancock (piano, organ)
Alex Al (bass)
Terri Lyne Carrington (drums)

また、オルフェウス管弦楽団との(ジャジーかつクラシカルな)ナンバー”Lullaby”は、後に登場するラヴェルの協奏曲にも勝るとも劣らぬ静けさと美しさ。この色気は、ハンコックのクラシック音楽への適性を見事に示すものだろう。

“Lullaby”
Personnel
Herbie Hancock (piano)
Orpheus Chamber Orchestra

時間の経過とともに、音楽の幅はますます広がり、またますます熱くなる。一つの頂点を極めるのが盟友チック・コリアとのデュオ。

“Blueberry Rhyme”
Personnel
Chick Corea (piano)
Herbie Hancock (piano)

音楽は弾け、また沈潜する。「ジャズ」の真骨頂。

”It Ain’t Necessarily So (Interlude)”
Personnel
Eddie Henderson (trumpet)
Kenny Garrett (alto saxophone)
Herbie Hancock (piano)
Ira Coleman (bass)
Cyro Baptista(percussion)

文字通り間奏であるが、音楽は短いながら激しく震える。

君はそういうけれど(ハンコックが幅広い関心の持ち主であること)、マイルス・デイヴィスと出会うまではジャズを中心に考えていた。だから彼の影響が大きい。マイルスはクラシックからカントリーまで聴いていた。あるときなんか「ジョニー・キャッシュのリズムが面白いから聴いてみろ」といわれたことがある。ソウル・ミュージックはさんざん聴かされた。ジェームス・ブラウンやスライ&ファミリ・ストーンなんかはレコードまで渡されたほどだ。そうした音楽を聴いて、わたしも興味を広げていった。
(1998年9月5日、キャピタル東急でのインタビュー)
小川隆夫「ジャズジャイアンツ・インタヴューズ」(小学館)P221

ハンコックもやはりマイルスの影響を大きく受けているようだ。
クインテットのインターリュードを挟み、後半は、エリントンのナンバー”Cotton Tail”から始まる。アグレッシブで激しいプレイの応酬たるこの演奏は、何と奔放かつ強烈なのだろう。ハンコックのピアノ・プレイが自由闊達なのが嬉しい。

“Cotton Tail” (Duke Ellington)
Personnel
Wayne Shorter (tenor saxophone)
Herbie Hancock (piano)
Ira Coleman (bass)
Terri Lyne Carrington (drums)

続く、ジョニの歌う”Summertime”に、そしてStevieの哀愁満ちるハーモニカに思わず涙する。

“Summertime”
Personnel
Joni Mitchell (vocal)
Stevie Wonder (harmonica)
Wayne Shorter (tenor saxophone)
Herbie Hancock (piano)
Ira Coleman (bass)

ウェイン・ショーターのテナーが悲しい。

“My Man’s Gone Now”
Personnel
Herbie Hancock (piano)
Bakithi Kumalo (bass)
Cyro Baptista, Marlon Graves (percussion)
Robert Sadin (percussion programming)

変幻自在のハンコックのピアノ。彼があらゆる音楽の形態を参考にしながらも、結局は「ジャズ」の方法を捨てられないことが手に取るようにわかる逸品。

“Prelude in C# Minor”
Personnel
Kathleen Battle (soprano)
Herbie Hancock (piano)
Charles Curtis (cello)
Ira Coleman (bass)
Bakithi Kumalo (guitar)
Cyro Baptista(percussion)

何とキャスリーン・バトルが(ヴォカリーズで)歌う“Prelude in C# Minor”。巧い、あのバトルの天使の如くの歌声がコールマンのベースを軸に響くのだから堪らない。これだけでこのアルバムの価値が倍増するというもの。

“Concerto for Piano and Orchestra in G, 2nd Movement” (Maurice Ravel)
Personnel
Herbie Hancock (piano)
Orpheus Chamber Orchestra

白眉は、ハンコックのアレンジを伴うラヴェル!
「トニー・ウィリアムスの思い出に捧ぐ」と銘打たれた協奏曲からアダージョ楽章は、ハンコックの絶妙なジャズ的アレンジが加えられたもので、ある意味原曲以上に聴く者の心を打つ。ハービー・ハンコックの故郷はあくまでジャズなのである。

アコースティックなジャズも捨てられなかった。マイルスのように一途じゃないんだ(笑)。「ジャズが自分の原点」という思いが強い。それとアコースティックなジャズを演奏しているときに次のヒントが浮かぶこともある。意識していないとエレクトリック・サウンドではテクノロジーが優先されてヒューマンな要素が希薄になってしまう。油断大敵だ(笑)。それをぎりぎりのところでこちら側(ヒューマンなもの)に保っているのがアコースティック・ジャズ的な感性だ。ただし、アコースティック・ジャズとエレクトリック・ミュージックを融合させる気持ちはない。それぞれが別のものと考えている。でも、だからこそどちらの場合も吹っ切れて音楽を作ることができる。
~同上書P222-223

その後のソロ・パフォーマンスに言葉を失う。

“Embraceable You”
Personnel
Herbie Hancock (piano)

何と甘い、いかにも洗練された抒情を醸すハンコックの、実にヒューマニスティックな一面が垣間見られるソロナンバー。嗚呼。

“Someone To Watch Over Me”
Personnel
Herbie Hancock (piano)
Ron Carter (bass)

おまけは、ロン・カーターとの“Someone To Watch Over Me”。
静寂の中に聳える恐るべき音圧、というかエネルギーは、心のつながる二人の巨匠の生み出したシナジーなのだと思う。何と言う説得力!ハービー・ハンコックは偉大なり。
乾杯!

 

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