トルトゥリエ指揮BBCフィルのリリ・ブーランジェ「ファウストとエレーヌ」ほか(1999.5)を聴いて思ふ

天才とは、この世での活動期間が限られるものなのだろうか。
残されたわずかな作品群を聴きながら、類稀なる、唯一無二の才能に、心から感動を覚える。いずれの音楽にも挑戦があり、斬新で、しかも艶やかな色気もあり、それでありながら崇高な宗教性すら秘めるのだから、果たしてこの人はモーツァルトの再来なのか。夭折が心底惜しまれる。

1900年、父エルネストが病の前触れもなく、突然世を去った。そして、この一番近しい肉親の死に寄せて書いた歌が、リリの作曲事始めとなる。2年前には生まれて間もない妹ジュリエット・マリーを、さらに6年後に大好きな母方の叔母を喪った。次々に身内の死を経験した少女は、早くもカトリック信仰のうちに、これら失われた魂との合一を期待したのであろう。
小林緑編著「女性作曲家列伝」(平凡社選書)P264

2歳の頃から免疫疾患に苦しんでいた早熟の天才少女は、早々と死というものを知るべき運命にあったのだろう。自身の苦悩とあわせて、であるがゆえの類を見ない創造能力が天から与えられた、そうとしか思えない。

晩年、といっても22歳の時の作品、栄光の王ヤハウェへの賛美「詩篇第24番」の堂々たる威容に思わずひれ伏す。男声合唱でありながら女性的な包容力を示す名作。そして、ローマ賞大賞を受賞した名作カンタータ「ファウストとエレーヌ」は、前奏の管弦学から涙が出るほど美しくも儚い(フォーレ、サン=サーンス、シャルパンティエなど音楽専門の審査員から「数年来最高の出来栄え」と絶賛された)。

ちなみに、ドビュッシーはこの作品を評して次のように語ったという。

さまざまな作曲技法の経験が、19歳とは思えぬほどの貫録を彼女に与えている。
~同上書P271-272

ウジェーヌ・アドニスによるテキストは、もちろんゲーテの「ファウスト」に想を得ているが、内容はむしろ「ソラリス」の如く、夢の中でみたエレーヌに恋をしたファウストが、メフィストーフェレの力を借りて彼女を蘇らせるというもの。しかし、二人は束の間の愛を育むも、エレーヌのために命を落とした兵士たちの亡霊が、この世で再び彼女が愛を成就することを許さない。カルマの清算なくして真の愛に到達はできないのだろう。リリは自らの不幸を投影しながら筆をとったのだろうか。全編を通じて激しくも官能の音響が僕たちを刺激する。

嗚呼、リリ・ブーランジェがもっと長生きできていたら、音楽史はどのように変わったのだろう。

リリ・ブーランジェ:
・詩篇第24番(1916)(1999.5.15録音)
・カンタータ「ファウストとエレーヌ」(1913)(1999.5.14録音)
・交響詩「哀しみの夜に」(1917-18)(1999.5.15録音)
・交響詩「春の朝に」(1917-18)(1999.5.15録音)
・詩篇第130番「深き淵より」(1910-17)(1999.5.15録音)
リン・ドーソン(ソプラノ)
アン・マレイ(メゾソプラノ)
ボナヴェントゥーラ・ボットーネ(テノール)
ニール・マッケンジー(テノール)
ジェイソン・ハワード(バス)
バーミンガム市交響合唱団
ヤン・パスカル・トルトゥリエ指揮BBCフィルハーモニー管弦楽団

同じく最晩年の交響詩「哀しみの夜に」での、筆舌に尽くし難い情景描写と音楽の力。この作品の作曲時、リリは既にベッドから起き上がることはできず、辛うじてペンを握れたのだという。続く、対を成す交響詩「春の朝に」の生命力はいかばかりか!ここにはまだまだ希望が感じ取れるのだ。

そして、発熱の苦しみと闘いながら生み出した詩篇第130番「深き淵より」は、生と死の狭間を行き来しながら魂の普遍を歌う傑作。

主ヤハウェよ、深い淵から、私はあなたを呼び求めます。

人生観が変わる。
1918年3月15日、リリ・ブーランジェ死す。24年と7ヶ月の人生だった。

彼女のケースは特別です。若くして亡くなった作曲家を語る際、26歳にして死んだペルゴレージを例外として、30歳を迎えられなかった者に対して、格別の才能があると断言することは難しい。シューベルトは31歳で、モーツァルトは36歳で、パーセルは37歳で死んだ。誰も24歳の時点で3つの「詩篇」のような作品を書けてはいないのだ。
(ジャック・シャイエ)
ジェローム・スピケ著/大西穣訳「ナディア・ブーランジェ」(彩流社)P64

 

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