イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル

リラックスした雰囲気の中で、いつものように無心に指慣らしをするイーヴォ・ポゴレリッチの姿がそこにあった。ロ短調ソナタの断片が繰り返される様に、俄然期待が高まった。例によって開演10分前にスタッフが徐に近づき、その旨を伝える。そのときのポゴレリッチの表情はとても柔らかで、とても人間味溢れるものだった。その音楽とうって変わって、この人はとてもシャイで、とても優しい人なんだと僕は直感した。

ポゴレリッチ劇場の開幕だ。
ひとたび演奏が始まると、デュナーミクといい、アゴーギクといい、想像を超えた表情が多発する。しかし、そこには決して無理のない、自然の流れの中で、そして大宇宙のパルスに則った音楽が創造される。ほとんど1台のピアノで奏でられているのだとは信じ難い音。恐るべき大轟音でありながらそこには愛があった。また、涙なくして聴けぬほどの静謐な音でありながら、そこには芯があった。

モーツァルトのアダージョロ短調。13分余り。晩年の、困窮の中で生み出されたこの哲学的作品が、一層の哀感を秘めながら深遠な世界を見事に描き出していた。果たしてこれはモーツァルトの音楽か。あの世からモーツァルトが遠隔により新たに信号を送って奏させたのではないかと思うほどの透明感。即興的であり、しかし地に足の着いた、美しい演奏に早くも僕は心を奪われた。最後の音が終わるや、一呼吸おいてリストのソナタロ短調は、45分の大交響曲。音楽は上昇と下降を繰り返し、想像を絶する遠心力をもって世界の彼方に拡がり行く。フランツ・リストのマクロ世界の再現。また、強烈な集中力で、聴衆を徐々に音楽の内側に誘い込む求心力。イーヴォ・ポゴレリッチのミクロ世界の体現。いつ果てるとも知らない音の波に飲み込まれそうになりながら僕は懸命に音を追っていた。中間の、アンダンテ・ソステヌートのパートでは、金縛りに遭うほどの感動を覚えたのだ。

イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル
2018年12月8日(土)19時開演
サントリーホール
・モーツァルト:アダージョロ短調K.540
・リスト:ピアノ・ソナタロ短調
休憩
・シューマン:交響的練習曲作品13(遺作変奏付き)
イーヴォ・ポゴレリッチ(ピアノ)

15分の休憩を挟み、後半はシューマン渾身の傑作。何と遺作付き全曲で55分超という大交響的練習曲!
前奏のように冒頭に奏された5曲の遺作変奏は、それだけで20分ほど。何より第5変奏モデラートの憂愁!素晴らしかった。

35分を要した交響的練習曲は、ポゴレリッチならではの怒涛の調べ。音楽は極限にまで凝縮され、ピアニストはただひたすら音に沈み込み、聴衆は息を飲んだ。コンサートとは思えぬ別世界への旅の如くのシーンが繰り広げられる。ロベルト・シューマンのこの名作が、一瞬の危なっかしさなく、正統に再現されるのである。いや、正統という言い方は違う。あくまでポゴレリッチ流だからだ。しかし、ここには一作曲家の音楽という枠を超えた(フロレスタンもオイゼビウスも超越した)、精神的世界があった。第11練習曲(第9変奏)アンダンテ・エスプレッシーヴォの安寧。そこから飛翔する第12練習曲(終曲)アレグロ・ブリランテの解放と喜び!
最後の音が終わった直後の喚起の拍手喝采に、今宵の聴衆は大満足だったことを思った。手に一杯の汗をかいていた僕も、ようやくほっとした。魂が抜かれたように茫然と耳にしていたシューマンは他の誰もがなし得ない名演奏だった。

ポゴレリッチは還暦を迎えたという。月日の流れは実に早い。
時間を大切にしようとあらためて僕は思った。

 

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2 COMMENTS

ヒロコ ナカタ

岡本 浩和 様
 素晴らしい時を体験されたのですね!
リサイタルリポートを追って、私も、以前のポゴレリッチの同じ曲のCDを聴きながら、昨夜の演奏を出来る限り想像してみたいと思います!

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岡本 浩和

>ヒロコ ナカタ 様

ポゴレリッチは年を追うごとに進化しているように思います。
リストもシューマンも若き日の録音とは外面は明らかに異なります。しかし、内側に流れる個性は基本変わりません。
それにしても1台のピアノとは思えないあの音響はポゴレリッチならではですね(残念ながら音盤にはそこまでは記録されておりませんが)。
素晴らしい演奏会でした。

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