クラウス指揮ウィーン・フィルのR.シュトラウス「英雄の生涯」(1952.9録音)ほかを聴いて思ふ

思念が隅から隅まで投影される音。何だか煽動されるようだ。
ただし、そこにあるのは音楽への愛。クレメンス・クラウスはリヒャルト・シュトラウスと芯からつながっている。

われは、飽満と恍惚より遠ざかり、新たなるなかに美をえんとし、個々に傷つきつつ美を求めてさまよう。今日婦人の息吹きに春の香りあれど、明日にはおそらく牢獄のごときものをわれは感ぜん。
作曲家別名曲解説ライブラリー9「R.シュトラウス」(音楽之友社)P31

「ドン・ファン」にある音の革新。既存の形式を破壊する冒険。
一方、総譜の冒頭に掲げられたニコラウス・レーナウの詩の無力さ。残念ながら、その言葉の力はかえって感性を圧し潰してしまう。物語を横に置き、ただひたすら音楽に身を寄せれば、たとえそれが「交響詩」という名称であろうと、余計な思考を、余計な壁を乗り越えることのできる力に転じることができるのだ。すべては音の力なり。

ウィーンでの成功、その喜びをみんなで分ちあったようです。マーラー(ハンブルク)は、彼の19歳の弟の、ウィーンから出した手紙を、昨日ぼくに送ってきたのですが、彼の弟はとても感激して、この作品(「ドン・ファン」)について大いに理解を示し、こと細かに書いています。若者たちは、もう仲間になっています。
(1892年1月31日付、シュトラウスの父宛て手紙)
ヘルタ・ブラウコップ編著/塚越敏訳「マーラーとシュトラウス―ある世紀末の対話・往復書簡集1888~1911」(音楽之友社)P14

感覚(センス)の勝利なのだと思う。思考を超えろとシュトラウスは言うようだ。

リヒャルト・シュトラウス:
・交響詩「ドン・ファン」作品20(1950.6.16録音)
・交響詩「英雄の生涯」作品40(1952.9録音)
ウィリー・ボスコフスキー(ヴァイオリン)
クレメンス・クラウス指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

傑作「英雄の生涯」(1898年12月27日完成)。古き良きウィーン・フィルハーモニーの懐かしい響きが、英雄シュトラウスの過剰な自尊の心を中和するようでとても愛おしい。
内燃する激情。冒頭「英雄」からクラウスの指揮は思い入れたっぷり。あるいは、「英雄の伴侶」での、ボスコフスキーの独奏ヴァイオリンの柔らかで包み込むような温かさ(シュトラウスが女性性に求める音がここにある。背景に木霊する金管の勇猛な響きは、同じくシュトラウスの目指す男性性の権化。ここには必要なすべてが含まれる)。
ちなみに、クラウスのこの演奏で最も愛すべきは、「英雄の業績」。過去のあらゆる主題が錯綜し、展開される8分半は夢心地の時間ともいえる。

ベートーヴェンの「英雄交響曲」が我々指揮者の間で評判が悪く、今ではあまり演奏されないからこそ、私は切実な欲求を満たすために大規模な交響詩を作曲し、「英雄の生涯」と名付けました(葬送行進曲こそありませんが、同じく変ホ長調で、ヒロイズムには打って付けのホルンもたっぷり使ってあります)。
(1898年7月9日付、シュピッツヴェーグ宛)
田代櫂著「リヒャルト・シュトラウス—鳴り響く落日」(春秋社)P134-135

シュトラウスが求めたものは死への葬送ではなく、生の安寧ななのである。
おそらくクラウスもそのことがわかっていたのだろう、音楽は決してヒロイックではなく、女性的な響きに溢れる。

 

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