チョン・キョンファ&ツィマーマンのレスピーギ ソナタほか(1988.7録音)を聴いて思ふ

初夏の匂いとでもいうのか。
寒風肌刺す今頃には似合わない音調だけれど、緑薫る旋律は、どの瞬間も美しく、聴いていて自然と笑みがこぼれる。シュトラウスがこの路線を継続していれば、それはそれでまた興味深い作品が生み出されたことだろう。しかし彼は、間もなくギアチェンジし、以降、交響詩や歌劇というジャンルで新たな境地を獲得していくのである。

通底するのは浪漫だ。全盛期のチョン・キョンファの、決して先鋭的ではない、優雅な感情のこもった、揺るぎない自信。第1楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポは、シュトラウスの内側に眠るヒロイックな想念を抉り出す。また、第2楽章アンダンテ・カンタービレでの、ツィマーマンのピアノとの見事な融け合い。あるいは、きらきらと煌くピアノとむせび泣くヴァイオリンの掛け合い。そして、終楽章アンダンテ—アレグロは、堂々たるピアノの前奏に導かれ、ヴァイオリンがうなりを上げる。音楽は煌々と灯を照らすように、前向きに進む。キョンファのヴァイオリンは流麗、ツィマーマンのピアノは激烈。若きシュトラウスの才能満ちる傑作。

・リヒャルト・シュトラウス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ変ホ長調作品18(1887-88)
・レスピーギ:ヴァイオリンとピアノのためのソナタロ短調(1916-17)
チョン・キョンファ(ヴァイオリン)
クリスティアン・ツィマーマン(ピアノ)(1988.7録音)

第一次大戦中に作曲された、オットリーノ・レスピーギの暗い情熱迸るソナタ第1楽章モデラートの翳。内向的な精神を見事に映し出すキョンファのヴァイオリンと、そこに乗じて一層沈潜するツィマーマンのピアノが弾ける様に、僕は戦慄を覚える。これはやはり不要な戦争に対する作曲者の抑圧された怒りの表れなのかどうなのか。また、繊細なピアノに始まる第2楽章アンダンテ・エスプレッシーヴォの静かな祈りの旋律の美しさ。そして何より、終楽章パッサカリアの憂愁。どこまでも暗澹たる調子の抜けない音楽は、しかし、古典の形式を得て、一層深淵な世界に身を沈めてゆく。恍惚のヴァイオリン、あるいは、現実的なピアノ。

ひとりの人間が避けられない運命と、それが引き起こすあらゆる苦しみを甘受する流儀には、きわめてきびしい状況でも、また人生最期の瞬間においても、生を意味深いものにする可能性が豊かに開かれている。勇敢で、プライドを保ち、無私の精神をもちつづけたか、あるいは熾烈をきわめた保身のための戦いのなかに人間性を忘れ、あの被収容所の心理を地で行く群れの一匹となりはてたか、苦渋にみちた状況ときびしい運命がもたらした、おのれの真価を発揮する機会を生かしたか、あるいは生かさなかったか。そして「苦悩に値」したか、しなかったか。
このような問いかけを、人生の実相からはほど遠いとか、浮世離れしているとか考えないでほしい。
ヴィクトール・E・フランクル/池田香代子訳「夜と霧—新版」(みすず書房)P113-114

嗚呼、光と翳。

 

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