1822年のメンデルスゾーン

現時点まで私はフェリックスから全幅の信頼を受けてきた。私はフェリックスの才能が一歩一歩進歩するのを見てきたし、自らいわばフェリックスの教育に寄与してきた。フェリックスには私以外に音楽の助言者はおらず、事実またフェリックスは自分の考えをあらかじめ私の吟味に供しないないで、紙に書きつけることなど決してない。それで私は、一個の音符が書き留められる前に、たとえばフェリックスのオペラをすべて暗記して知っていたほどだ。(1822年のファニーの日記)
「もう一人のメンデルスゾーン」(山下剛著)

フェリックス少年が、姉ファニーの力なくして大音楽家にはなり得なかっただろうことを十分に理解させるだけの説得力のある記述である。たとえ、大作曲家への階段を一段ずつ上がってゆくフェリックスに対するファニーの無意識の嫉妬心がそこに混じっていたとしても、ファニーの存在なくして今我々が堪能できるメンデルスゾーンの作品のほとんどは成立しなかったのではと僕には思えてならない。

13歳のフェリックス・メンデルスゾーンはもはや少年とは思えない作品を世に送り出す。当時、主に姉弟の音楽を披露するためにメンデルスゾーン家で催されていた日曜音楽会。まさにその舞台にかけるために多くの作品が生み出された。モーツァルトの再来としてゲーテが大いなる関心を寄せたといわれる彼の、これらの若々しい素敵な作品たちは、おそらく奏者を選ぶ(特にピアノ・パートは大抵が天才ピアニストだったファニーが演奏することを想定したものであろうからなおさら)。

メンデルスゾーン:
・ヴァイオリン、ピアノと弦楽オーケストラのための協奏曲ニ短調
・ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための協奏曲ニ短調
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
オルフェウス室内管弦楽団

20年以上前、リリースされるや購入したものの例によって棚の奥に埋もれた状態だった音盤。当時はメンデルスゾーンにはほとんど興味を持っていなかった。にもかかわらず、演奏者が(録音上でも)圧倒的な名演を繰り広げていたクレーメルとアルゲリッチのコンビだったから迷わず買った。しかし、この音盤の「良さ」をあの頃の僕は完全にスルーしていた。

やはりここ数年のメンデルスゾーン研究(笑)のお陰か、一聴、心躍る旋律に身震いを覚える。ほかの奏者で聴いたことがないのでいい加減なことは書けないが、これは明らかにクレーメルとアルゲリッチであるがゆえの「電光石火」の如くのパフォーマンスであり、2人の見事な呼吸と間(魔)が作り出した超絶名演奏なのだと確信する。うーん、やっぱりこれは絶対にファニーとフェリックスの共同作業の賜物ではないのか・・・。アダージョの慈愛と調和に満ちた調べ、そして続くフィナーレの昂揚感など卒倒もの・・・気絶しそう(笑)。何と神々しい音楽よ。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。

ご紹介のCD、懐かしいですね。私も久しく聴いておりませんでした。メンデルスゾーンについては廉価の全集やボックス・セットCDを何種類も購入しておきながら、まだ全然聴き込んでおりませんので、これからどんどん聴いていこうと思います。

>うーん、やっぱりこれは絶対にファニーとフェリックスの共同作業の賜物ではないのか・・・。

先日岡本さんからいただいた、アルゲリッチとクレーメルによる、ベルリン・リサイタル(シューマン、バルトーク、クライスラー)での超名演CD(国内盤)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3544124
の背表紙(帯、キャップ)に、こんな文章がありました。

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伝説的ピアニストであるマルタ・アルゲリッチと、現代の最も独創的で魅力的なヴァイオリニストの一人、ギドン・クレーメルのジョイント・リサイタル。このジョイント・リサイタルの映画版「メモリー・オブ・コンサート」の中で、ギドン・クレーメルは、マルタ・アルゲリッチとの何十年にもわたる共演について、感慨深く語っている。

「私たちは恋人同士ではないのにもかかわらず、普通は恋人たちのあいだでだけ交わされているような親密な言葉を、音楽を通じて交わしているということなのです。音楽の中で私たちは、恋人同士よりもっと親密にからみ合うことができるのです。」(ギドン・クレーメル)

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このクレーメルの言葉、そのままファニーとフェリックスの関係にも当て嵌まるのではないでしょうか。恋人同士よりもっと親密にからみ合う姉弟メンデルスゾーンの曲は、にもかかわらず、たとえ短調の曲であっても暑苦しくなく、口当たりと消化によく、基本的に爽やかですよね。酷暑に聴くのに相応しいです。

実際の人生がどうであったにせよ、モーツァルトと根本的に異なり、やっぱり、どうしても、「裕福で育ちのよい人たちの音楽」だと感じさせます、メンデルスゾーン姉弟は・・・。そのあたり、岡本さんの性格と、特に相性がよいのかも(微笑)。

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岡本 浩和

>雅之様
こんにちは。

>メンデルスゾーンについては廉価の全集やボックス・セットCDを何種類も購入しておきながら、まだ全然聴き込んでおりません

それはもったいないです。ぜひ聴き込んでいただいてまた興味深い情報をいただければと期待しております(笑)。

実は僕はまだアルゲリッチ&クレーメルのベルリン・リサイタルを聴いておりません。聴かなきゃと思いながらなぜか後回しになっている状態でして(もらった音盤というのは得てしてそういうものですかね)・・・。

>恋人同士よりもっと親密にからみ合う姉弟メンデルスゾーンの曲は、にもかかわらず、たとえ短調の曲であっても暑苦しくなく、口当たりと消化によく、基本的に爽やかですよね。

同感です。

>そのあたり、岡本さんの性格と、特に相性がよいのかも

いやはや、そういうことなんですかねー(笑)

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