1975.12.7ショスタコーヴィチ追悼演奏会

僕が相当の音楽好きで、日々こういうブログを書いていることをご存じの方々がお薦めの音盤や珍しい音源を貸してくださることが多く、ここのところそういった映像を観て度肝を抜かれ、古いアナログ録音を聴いては感涙し、充実した音盤(音源?)生活が続いている。といっても限られた時間の中でのことなので、今この時を実演に接しているかの如く一生懸命に聴くというスタイルを貫かざるを得ない状況は相変わらず。ゆえに一期一会のつもりで日々新たな感動を求めて音楽に対峙しているという感じ。

先日、いつもお世話になっているO氏から極めつけの音源をお借りした。古いカセットテープなのだが、何とショスタコーヴィチの第13番シンフォニー、通称「バビ・ヤール」の本邦初演の記録というものである(厳密にはこの2日前、12月5日の渋谷公会堂での同出演者によるものが初らしいのだが)。独唱は岡村喬生氏、合唱が早稲田大学グリー・クラブ&稲門グリー・クラブ、そしてオーケストラが早稲田大学交響楽団という、1975年12月7日、新宿厚生年金会館での知る人ぞ知る伝説の舞台の実況録音である。1975年と言うと、その年の8月にショスタコーヴィチが亡くなっており、期せずして追悼演奏会という形になったということで、この時のコンサートは燃えに燃えた、素晴らしいものだったという噂は聞いたことがあった。機会があれば聴いてみたいと思ってはいたが、こんな形で出逢い、聴くことができるとは思ってもみなかったので音源をご持参いただいたときには少々吃驚した(というより面食らった・・・笑)。O氏は早稲田のグリー・クラブのご出身で、稲門グリー・クラブシニア会にも名を連ねていらっしゃり、昨年の今頃催された浜離宮朝日ホールでの公演にも足を運び、プログラムの粋も含めその素晴らしさに感激したことが昨日のことのように思い出される。1975年の厚生年金会館の舞台にももちろん立たれていたそうで、この録音の合唱の声にはご自身の声も入っているということなので、特に合唱に注目して(笑)聴かせていただいた(この年、僕は小学5年生で、ちょうどこの公演の10日ほど前に実弟が生まれた時だったので、時代の空気を含めてよく憶えている。もちろんショスタコーヴィチについては知る由もなかったが)。

エピソードはこのあたりにして実際の音はというと。テープゆえの歪や音の揺れはあるけれど、演奏は、いやもう、言葉にできないほどすごい。先日の日比谷での井上道義氏の「死者の歌」は愚か、僕は聴けなかったが2007年のショスタコーヴィチ・ツィクルスの衝撃以上のものがここには記録されているのではないのか!ダスビの感動を髣髴とするような電光石火!(ショスタコーヴィチという作曲家はアマチュア・オーケストラの可能性をレッド・ゾーンにまで放り込むような不思議な力をもっている)

ショスタコーヴィチ追悼演奏会
ショスタコーヴィチ:交響曲第13番変ロ短調作品113「バビ・ヤール」
岡村喬生(バス)
早稲田大学グリー・クラブ、稲門グリー・クラブ
山岡重信指揮早稲田大学交響楽団
※1975年12月7日、新宿厚生年金会館での実況録音(プライベート盤からのテープ録音)

この日の演奏は、何と伊東一郎氏の日本語訳詞によって歌われている!!
当時のソビエトの反体制派の詩人であったエフゲニー・エフトゥシェンコの詩から拝借した歌詞は初演の直後フルシチョフの命令により変更されたそうだが、本邦初演のこのコンサートでは実に初演時の歌詞を使用したということ。この会場には日本語のわからないソ連大使館の重鎮たちも列席していたということだから、さぞかし面白い不思議な光景だったに違いない。
それにしてもやはりアマチュアとは思えないエネルギーを放出していることが、このカセットテープの音からも容易に想像できる。こういう演奏に触れると第13番シンフォニーというのはことによるとショスタコーヴィチの最高傑作なのではなかろうかと思ってしまうほど。思わず繰り返して聴いてしまった。

これまでの愛聴盤だったハイティンク&アムステルダム・コンセルトヘボウ盤が一気に吹っ飛んでしまったよう。確かに上手い、そして名盤には違いない。でも、洗練され過ぎている。この曲には壊れそうな荒々しさが欲しい。それは心からの叫びだ。そして、壮絶な叫びがこのワセオケ盤にはある。

※O氏はプライヴェート盤を2枚お持ちだったそうだが、どうやら3年前の引っ越しの際に処分してしまわれたのだと。残念無念。僕も似たような後悔はあるが、仕方なし。この空前絶後の演奏を聴けただけでも幸せなり。


8 COMMENTS

雅之

おはようございます。

ワセオケ&稲門グリー・クラブ他による「バビ・ヤール」の録音は聴いたことがありませんが、超弩級名演だったと聞いても、別に全然驚きません。ワセオケの過去だったら、まあそのくらい当然でしょうね。

アマオケがプロオケよりも凄い演奏をするのが茶飯事というのは、知ってる人は知っています。

アマオケのほうがプロオケより練習時間を多く取っているというのもアマ側に有利な条件です。ヴァントやカルロス・クライバーがオケに強く要求した異例・特例の練習時間どころではないですから。ですから、ひとつの曲に、徹底的にマニアックにこだわれるのです。

(例 オーケストラ・ダスビダーニャ 第19回定期演奏会練習計画表 これよりもっと練習量が多いアマ・オケはいくらでも有る)
http://www.dasubi.org/schedule/schedule2011-12.html

音楽や曲に対する愛情、一回の演奏会にかける心意気も、だいたいにおいてプロを上回っている、これも当り前です。

それと、自分の生活が懸かるプロは、ある部分において不純な要素が混じるのではないでしょうか?(悪く言えば、国会議員などプロの政治家と同様。つまり、お仕事、お仕事!)だから、迫力よりも、表面的な美しさなどの「配慮」に重きを置いたりすることも有るのかも知れません。

>伊東一郎氏の日本語訳詞
>本邦初演のこのコンサートでは実に初演時の歌詞を使用したということ。

これは興味深いです。2007年11月11日の井上道義&サンクトペテルブルク響(バス:セルゲイ・アレクサーシキン 東京オペラシンガーズ〈男声〉)では、初演時歌詞 原語+字幕でした。私は原語の実演だからこそ大いに心を揺さぶられたと感じておりましたので・・・。この日は傑作である10番と組み合わせたプログラムでしたが、この年の交響曲全曲チクルス中で、最も度肝を抜かれ、鳥肌が立ち、圧倒されたのも、7番と13番でした。

返信する
雅之

注) ダスビの練習日程表ですが、数多くのセクション別練習(弦練,管・打楽器等)日程が加わり、それが練習のベースになります。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
アマオケに関する見解、まったく同感です。

>音楽や曲に対する愛情、一回の演奏会にかける心意気も、だいたいにおいてプロを上回っている
>生活が懸かるプロは、ある部分において不純な要素が混じる

ですよね。食べるための仕事と純粋に好きでやるのとではとても大きな差があります。
ここ1,2ヶ月でアマチュアの力量を十分感じさせてもらえたので一層そのように思います。
2007年のツィクルスに関しては全曲聴かれた雅之さんにいろいろとまた聞いてみたいなと思っていたところですので機会あればよろしくお願いします。

>原語の実演だからこそ大いに心を揺さぶられたと感じておりました

この点については意見が分かれるところかもしれません。70年代当時まではオペラでも何でも日本語上演というのはまだまだ多かったんでしょうね。特に聴き慣れた音楽については原語上演でないとそれだけで違和感を覚えて興醒めになってしまうのですが、今回「バビ・ヤール」のこういう音源を聴いてみて、なるほど直接言葉が心に響くというのも重要なポイントかもと思いました。現代は原典主義が当たり前の時代ですからもはや再演されることはないでしょうが。

>この年の交響曲全曲チクルス中で、最も度肝を抜かれ、鳥肌が立ち、圧倒されたのも、7番と13番でした。

やっぱりそうですか!僕はこれまで13番については少々侮っておりました。今回のこの録音でようやく開眼したといってもいいかもしれません(苦笑)。
原語でなく日本語上演であるというのも一役買っているように思います。

今回の本邦初演録音、mp3に落としておりますので、CD-R化して雅之さんにお送りいたします。
聴いて、感想をいただければ幸いです。

返信する
雅之

こんばんは。

>今回の本邦初演録音、mp3に落としておりますので、CD-R化して雅之さんにお送りいたします。

それは、感謝・感激です! ありがとうございます!!

ショスタコの交響曲第13番についてですが、ご承知のように、

エフトゥシェンコが、ユダヤ人問題を扱った詩「バビ・ヤール」を発表したのが1961年9月19日付けの「文学新聞」紙上、ショスタコーヴィチがその詩を読んで感銘し「バビ・ヤール」(現交響曲の第1楽章)のフル・スコアが完成したのは翌1962年4月21日、エフトゥシェンコの他の詩を入れて全曲したのは、1962年7月20日、初演は1962年12月18日、

と、この曲は私(1962年生まれ)や妻(1961年生まれ)と大いに因縁があるのです!!(笑)

因みに、この記念すべきワセオケ他による名演が行われた今は無き会場、新宿厚生年金会館がオープンしたのは1961年4月15日!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%8E%9A%E7%94%9F%E5%B9%B4%E9%87%91%E4%BC%9A%E9%A4%A8
東京文化会館開館とほぼ同時期。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%96%87%E5%8C%96%E4%BC%9A%E9%A4%A8

ところで、ベートーヴェン以降のショスタコは交響曲の大作曲家としては、初めて皆が不吉だと忌み嫌う「第9のジンクス」を飄々とあっさり乗り越え、「13」の縁起も全く気にせず逃げずに通過した生き方がカッコいいと、個人的に思っています。

皆は不吉だと忌み嫌う「13」の運命に、人間の努力と勇気と団結により勝利した「アポロ13」(1970年4月11日、米中部時間13時13分打ち上げ、事故発生1970年4月13日)の実話が大好きな理由も同じなのです。

Heaven(God) helps those who help themselves.  天(神)は自ら助くる者を助く。

返信する
雅之

「エフトゥシェンコの他の詩を入れて全曲完成したのは1962年7月20日」です。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
なるほど、本邦初演の録音は雅之さんにとって縁のあるものですね。これは是非とも聴いていただきたいと思います。なるべく早急にお送りします。お待ちください。

>初めて皆が不吉だと忌み嫌う「第9のジンクス」を飄々とあっさり乗り越え、「13」の縁起も全く気にせず逃げずに通過した生き方がカッコいい
>人間の努力と勇気と団結により勝利した「アポロ13」

いやぁ、まったく同感です。素敵です。
ますますショスタコーヴィチが好きになりました。

返信する
雅之

送っていただきましたCD-R、昨日聴き終えました。

いやあ、貴重な歴史のひとコマでもありますが、その本邦初演で曲の真価を伝えようとする熱気と気迫、充実に、心の底から痺れました。その役割は、当時120パーセント以上達成していたと確信できました。

まず、ワセオケが素晴らしいじゃないですか!! これは先日のダスビに匹敵するか肉薄していると思いました。

岡村喬生(バス)と稲門グリー・クラブも健闘していたと思います。
ただし、少しだけ不満もありました。

この曲の編成は、バス独唱、バス合唱、3管、大規模な打楽器群と弦楽器群で、注目は5弦のコントラバスを「必ず使用」としていることで、それだけでも、この作品にいかに低音が多いかがわかります。声楽パート、特に合唱は驚くほど付点のリズムが少なく、他の作品に比べてロシア語抑揚に忠実ではなく、むしろ16世紀の聖歌を連想させるといいます。「古いロシア聖歌は男声、しかもバスで歌われるのが通例だったので、この編成は偶然の一致ではあるまい」と、一柳富美子さんは、2007年ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会プロジェクト プログラムの曲目解説で指摘しておられます。

その点では、岡村喬生氏のソロはロシアの大地のようなバスではなく、むしろバリトンに聞こえますし、演奏全体としても低音域の魅力が不足していたように感じました(実演経験から言うと、低音の魅力はこの曲の肝といっても過言ではありません)。

あと、日本語訳での歌唱の限界を痛感しました。ロシア語の語感と音楽が呼応する面白さが、充分に伝えられないもどかしさも多々あり、一例を挙げれば、第3楽章「商店にて」でのロシア女性が市場で買い物をする情景などで顕著でした。やはり私は、原語での実演+字幕が理想だという信念が変わることはありませんでした。

いずれにしても、貴重な記録を堪能することができました。感謝の極みです。ありがとうございました。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
感想コメントありがとうございます。

>ワセオケが素晴らしいじゃないですか!! これは先日のダスビに匹敵するか肉薄していると思いました。

ですよね!まったく同感です。

>この作品にいかに低音が多いか
>「古いロシア聖歌は男声、しかもバスで歌われるのが通例だったので、この編成は偶然の一致ではあるまい」
>演奏全体としても低音域の魅力が不足していた

なるほど!「バビヤール」については僕自身勉強不足ですのでとても参考になります。ありがとうございます。

>ロシア語の語感と音楽が呼応する面白さが、充分に伝えられないもどかしさも多々あり

これは確かにそうなんでしょうね。作曲家が使った言語によって音楽も作られているわけですから当然といえば当然ですよね。おそらく今後ショスタコに限らず日本語訳での演奏というのにはまず出くわさないと思いますが、歴史の重要な証言と言えますよね。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む