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    <title>アレグロ・コン・ブリオ～第2章</title>
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    <subtitle>音楽を聴きながら日々感じたこと、思ったことを綴る「音楽日記」</subtitle>
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    <title>ジャニスの祈り</title>
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    <published>2010-09-03T13:09:17Z</published>
    <updated>2010-09-03T13:13:36Z</updated>

    <summary> 才能を発掘し、その才能を活かす仕事ができるかどうかは結局自分自身の問題だ。得て...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="Janis_joplin_pearl.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/Janis_joplin_pearl.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="159" height="159" /></span> <div>才能を発掘し、その才能を活かす仕事ができるかどうかは結局自分自身の問題だ。得てして人は都合よく考えるもの。クリエイティビティ溢れる人は枠に収まらず、アウトロー的な生き方を好むが、アウトローさ加減が中途半端だとそのうち不安になり、行き詰ってしまう。これまでの洗脳かどうか、「隣の芝生は青く見える」如くどうしても他人と比較して劣等感を覚えてしまう。<br /><br />灯台下暗し、「答」は自分のうちにあるにもかかわらず、外を探し続ける。答などやっぱり出ようはずがない。「自律的に生き、かつ共生する」というのが僕の理想とする生き方だが、アーティスト肌の人ほどそういうものを求める。自信があるかないかというより勇気があるかないかだけ。いつ始めるのか？何年か準備してから、という答が返ってくる場合が多い。しかし、「今」だと僕は思う。チャレンジすること。それには、素直さがどうしても必要になる。中途半端に道草を食っている人間に多いパターン、それは「頑固」ということ。人の言葉に素直に耳を傾け、ともかく即座に行動を起こす、それが「うまくゆく」秘訣だ。<br /><br />もう何度も書いていることだが、<a target="_blank" href="http://seminar.opus-3.net/">ワークショップZERO</a>では、「ありのまま」、「自然体であること」をテーマにする。確かにそうありたいと誰もが願う。やりたいようにやればいいではないか。何ができるかを見つめ直し、社会に提示できることを真剣にやっていけば良い、ただそれだけだと僕は思う。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00000K2VZ?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B00000K2VZ">Janis Joplin：Pearl</a><br /><br />ジャニス・ジョプリン死して40年。このラスト・アルバムは1970年の9月に録音がスタートしているが、10月4日に彼女が急死したことにより中断を余儀なくされた。もちろん、歌声を録音している時点では本人自身死ぬ予定ではなかったから、1曲1曲が鮮烈で、エネルギーに満ちており、繰り返し何度聴いても「やる気」を与えてくれる傑作。1曲目の<b>「ジャニスの祈り（Move Over）」</b>を初めて聴いたのは大学1年生の時。振り絞るようなハスキーな声と人とは思えない気迫に一瞬戸惑いながらもすぐ夢中になった。<br /><br />5曲目の<b>「生きながらブルースに葬られ」</b>は、歌なしのままインストゥルメンタルで収録されているが、本人不在の楽曲が遺書のように聴こえ、涙なくしては聴けない。<br /><br />ジャニスはいつも自信がもてなかった。どこにいっても疎外感を感じ、常に孤独と闘っていた。それこそ"Message in a Bottle"を送ってあげたい、そんな想いを起こさせる。彼女ができたことはただ「歌をうたうこと」。その夢を叶え、一夜にしてスターになったが、結局は孤独のまま世を去ることになる。<br />でも、それはそれで本望だろう。<br />やりたいことをやり、できることを一生懸命やり、人に喜びを与えられたのだから。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><p><a href="http://blog.with2.net/link.php?466440">ブログ・ランキング</a>に参加しています。一読後、ポチっとクリックお願いします！！m(_ _)m</p>
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    <title>自分宛覚書</title>
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    <published>2010-09-02T12:54:39Z</published>
    <updated>2010-09-03T13:15:22Z</updated>

    <summary> 暑い、とにかく暑い。新宿御苑までの往復40分で身体はくたくた。この暑さいつまで...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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        <category term="ニューウェーブ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="ポピュラー＆ロック" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="ポリス" label="ポリス" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="police_reggatta_de_blanc.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/police_reggatta_de_blanc.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="159" height="159" /></span> <div>暑い、とにかく暑い。新宿御苑までの往復40分で身体はくたくた。この暑さいつまで続くのだろうか・・・。<br /><br />いつもお世話になっている先生から今年のはじめに、2010年のテーマが『本格的な新・チェンジ・軽やかに・そして霊性と物質性の統合』であること、『今まで着々と準備してきたものがやっと見えるように本番がやってくる』から『さらに純粋、素直、正直に、神聖、そして軽やかに』に動けというメールをいただいていたことを思い出した。「なるほど」と思う反面、特に「霊性と物質性の統合」という点についてはわかったような、いまひとつわからないような、何とも曖昧な感じで、気持ちが悪かった。<br /><br />その意味がやっと少しずつわかってきた（ような気がする）。<br />周囲ではいろいろな新しいことが起き始めている。意図せず始めたエルーデ＊サロンは思わぬ方向に動き出しているし、一方近場ではスピリチュアル的な新しい動きもある。自分がどのようなスタンスで何を軸に動けばいいのか、正直長い間よくわからないでいた。「架け橋にならなければいけない」、そういう意識だけが強く残っていた。<br /></div>]]>
        <![CDATA[結局、何か、あるいは誰かに頼るのではなく、自分自身が自分の居場所を作ることが必要だという当たり前のことに行き着いた。スピリチュアルに走ってもダメ、そして頑なな物質主義的でもダメ。「霊性と物質性の統合」、現実的な観点で人をサポートする仕組みを作り、結果的に霊性をも救うという仕事。これこそまさに陰陽のバランスに通じ、ゼロ磁場に通じる生き方ではないのか。<br /><br />相変わらずトリオが恋しい。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00008BRDX?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B00008BRDX">The Police：Reggatta De Blanc<br /></a><br />スティング率いるザ・ポリスの音楽を初めて聴いたのは1983年。最期のアルバム<a target="_blank" href="http://opus-3.net/blog/archives/2007/10/post-151/">「シンクロニシティ」</a>がバカ売れし始めていた頃。よってそれ以前のアルバムはすべてオン・タイムで聴いたのではない。同時期にのめり込んで聴いていた人たちが正直羨ましい。1980年の伝説の日本公演を聴けた人たちが羨ましい。<br /><br />あっという間にポリスは空中分解し、以降はそれぞれがソロ活動に専念し、2年ほど前に<a target="_blank" href="http://opus-3.net/blog/archives/2008/02/happy-valentines-day/">再結成ツアー</a>を敢行するもアルバムどころか1曲の新曲もリリースせず、完全引退を宣言した。潔し。当然彼ら3人の力量は同等だ。わずか6年ほどしかもたなかったことも頷ける。<br />「ピアノ三重奏曲は、演奏者にとって『求心力より遠心力が働く』」というのは<a target="_blank" href="http://classic.opus-3.net/blog/cat29/post-244/#comments">雅之さんの言葉</a>だが、ピアノ三重奏に限らず、トリオという編成ならどんなものでもそうなのかもしれない。The Policeのセカンド・.アルバムを聴きながらそんなことを考えた。<br /><br />「孤独なメッセージ」<br />無人島に流れついて、ひとりきり<br />いつまで待っても、自分しかいない<br />耐えることのできないくらいの寂しさ<br />絶望してしまう前に、誰か助けてほしい<br />ぼくはSOSを世界に流そう<br />誰か拾ってくれないか<br />１本の瓶に入ったメッセージを<br /><br />その手紙を書いてから１年が経った<br />でも、最初からわかっているべきだった<br />希望だけがぼくを癒してくれること<br />愛だけが君の人生を立て直すこと<br />ただし、愛は君の心を傷つけることもあるけれど<br /><br />今朝、海岸に出ると、信じられないものが目に入った<br />1,000億本もの瓶が海岸に流れ着いている<br />どうやらぼくは孤独でありながら孤独ではないらしい<br />1,000億人のひとりぼっちが居場所をさがしている<br />ぼくはSOSを世界に流そう<br />誰か拾ってくれないか<br />１本の瓶に入ったメッセージを]]>
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    <title>命懸けのピアニスト</title>
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    <published>2010-09-01T14:59:18Z</published>
    <updated>2010-09-02T13:00:47Z</updated>

    <summary> 男と女、大人と子ども、与える人ともらう人。世の中、2つに分けようとするといろい...</summary>
    <author>
        <name>岡本 浩和</name>
        
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        <category term="ジャズ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="モダン・ジャズ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="bill_evans_at_the_montreux.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/bill_evans_at_the_montreux.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="159" height="159" /></span> <div>男と女、大人と子ども、与える人ともらう人。世の中、2つに分けようとするといろいろな分け方ができる。面倒見が良い人、そうでない人。見返りを期待する人、そうでない人。どちらが良い悪いではないが、人間模様様々だ。<br /><br />他人思いの人は「おせっかい」な一面も当然持っている。何かとやってあげたいという思いが強い分、必要以上に注力するものだから少しばかり重くなる。特に見返りを期待するわけでもないのだから素晴らしい素養であるのだが、仕事をする上ではそのあたりが玉に瑕になることも時にある。人間関係のバランスというのはなかなか難しい。<br /><br />タイマンだと何かと問題が生じることでも、第三者に客観的な眼で仲介してもらえれば状況が一変する。当事者であることがこれまた問題を難儀にする。一歩引いて冷静に・・・。<br /></div>]]>
        <![CDATA[ここのところいろいろとピアノ三重奏曲を聴いていて、音楽をするときも果敢に作品に挑む二人の間にひとり冷静に架け橋になるような存在があるトリオの紡ぎ出す音楽が最高だと感じることが多い。<a target="_self" href="http://classic.opus-3.net/blog/cat29/post-499/index.php">ルービンシュタイン、ハイフェッツ＆ピアティゴルスキー</a>のようなヴィルトゥオーゾ3人が寄っての超絶的名演奏ももちろんあるにはあるが、太く長く継続するにはそうでない方がいいのかも、とも思う。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00008KJUC?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B00008KJUC">Bill Evans at the Montreux Jazz Festival（1968.6.15Live）</a><br /><br />Personnel<br />Bill Evans（p）<br />Eddie Gomez（b）<br />Jack DeJohnette（ds）<br /><br />エヴァンス、モチアン＆ラファロの黄金トリオはラファロの悲劇的な死により解散の憂き目に会いはしたが、ああいう「火花散り」系の音楽集団はいずれにせよ長くはない。エヴァンスの場合、以降も面子を入れ替えながら1980年まで活動するのだが、1968年のモントルー・ジャズ・フェスティバルの様子を記録したこの実況録音盤は、当時まだまだ無名だった二人のジャズメンの「若さ」に引っ張られる形で生み出された、ある意味エヴァンスらしくない刺激的でギリギリの音楽が繰り広げられる。それでも、ビル・エヴァンス自身がぶっ飛んだ感覚の持ち主ゆえ、トリオを組む場合他の2人は随分苦労したのではないか、そんなことも想像させられる。<br /><br />この録音を聴いていて感じるのは、エヴァンスといえどもやっぱり他のプレイヤーの力があってこそのエヴァンスだということ。彼の途轍もない才能を引き出すのもドラマーやベーシストの力量なのだと。サイドメンとしてのゴメスやディジョネットの能力が抜群であることはその後の彼らの活躍が見事に物語っているが、そういう協力者をいとも軽く見つけ出すところにビル・エヴァンスというピアニストの凄さがある。何せ命がけのピアニストだから・・・。<br /><br />やっぱり命を懸けて仕事をしている人の姿はかっこいい。]]>
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    <title>女というもの</title>
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    <published>2010-08-31T14:46:55Z</published>
    <updated>2010-09-01T15:34:41Z</updated>

    <summary> 一昨日の記事に雅之さんからコメントを頂き、早速「現代ギター」8月号を探しに歩い...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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        <category term="クラシック音楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="clara_schumann_dartington_piano_trio.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/clara_schumann_dartington_piano_trio.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="159" height="160" /></span> <div>一昨日の記事に雅之さんから<a target="_blank" href="http://classic.opus-3.net/blog/cat29/post-510/#comments">コメント</a>を頂き、早速「現代ギター」8月号を探しに歩いた。というより、たまたま表参道、銀座方面に所用があったので、河合楽器、山野楽器に寄っただけなのだが、既に9月号が店頭に並んでおり、残念ながら手に入れることができなかった。<br />その旨雅之さんにメールでお伝えしたところ、当該ページをご丁寧にファックスでいただいた。お忙しい中、勝手なお願いにもかかわらず素早い対処に感激している。毎々ありがとうございます。<br /><br />この記事、<b>「シューマン夫妻とブラームスの『闇』について考える」</b>ということだが、さすがに『闇』がテーマであるだけに実に物々しく、重い。確かにこの三者の間には一般的に知られた歴史的事実と、どんなに学者が研究をしようとも最終的には推測の域を出ない想像があり、これまでも様々な考えが発表されていると思われるが、いずれにせよ後世の我々にどれが正しいのかを計る術はまったくなく、どんな意見、考察が出てきても興味深く読める。<br /></div>]]>
        <![CDATA[<i>完全に完成した（シューマンの）作品を、「故人のためにならない」と決断したり（ヴァイオリン協奏曲の場合）、楽譜の後半を未公開にして主題だけを発表するに留めたり（〈最後の楽想/天使の主題による変奏曲〉）、初演まで終えていた小品集のすべての楽譜を完全破棄（！）してしまったり（〈チェロとピ
アノのための5つのロマンス〉1853年11月初頭完成、13日？初演）、というクララとブラームスの行為の正当性は、やはり問わねばならない。</i><br /><br />これを暴挙というのか正当な判断というのか、うーむ、難しい問題だ。確かに後世の我々からみたら「暴挙」と映るだろうし、一方、当事者からしてみると相応の理由が存在しただろうゆえその意味では「正当」だし、やっぱり一概に正否は判断できない。例えば、クララとブラームスが個人的な書簡の大半を処分したとい
うことについても、（僕の場合ブラームス党だから）シューマン命の方には申し訳ないが、そういう証拠隠滅的な行為そのものも何だかわかる気がするし、許せる。それよりクララ・シューマンという女性の計算高さというかあざとさが僕には気になって仕方がない。結局ロベルトもヨハネスもクララという一人の女性に振り回された、そういうことなのではないかとも考えられる（クララのファンの皆様ごめんなさい）。まぁ、いつの時代も男は弱いものです・・・。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005NUPK?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B00005NUPK">クララ・シューマン：ピアノ三重奏曲ト短調作品17<br />ファニー・メンデルスゾーン：ピアノ三重奏曲ニ長調作品11<br />ダーティントン・ピアノ・トリオ<br /></a><br />クララの三重奏曲は夫のロベルト、愛弟子のヨハネスのそれとはまた違った印象を与える。どちらかというとフェリックス・メンデルスゾーンの影響を受けているのではないかと思わせる内容だ。<br />それより何より、1847年、死の年にファニー・メンデルスゾーンが書き上げた三重奏曲の素晴らしさよ。ここには弟フェリックスの魂も木霊する。ほぼ同時期に亡くならざるを得なかった姉弟の絆がひとつに結ばれるが如くの心の叫びであり、狂おしさ。<br /><br />康郎君が急遽実家のある大阪転勤を命じられたということで、サシで呑んで語った。彼のいいところは素直なところ。志半ばで東京を離れるのは悔しいらしいが、一方で、お母さんはとても喜んでいるのだと。なぜか室生犀星の詩が頭を過ぎった。<br /><br />ふるさとは遠くにありて思ふもの<br />そして悲しくうたふもの<br />よしや<br />うらぶれて異土の乏食となるとても<br />帰るところにあるまじや<br />ひとり都のゆふぐれに<br />ふるさとおもひ泪ぐむ<br />そのこころもて<br />遠きみやこにかえらばや<br />遠きみやこにかえらばや<br />～「小景異情」]]>
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    <title>イッセルシュテットのブラームス</title>
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    <published>2010-08-29T12:19:02Z</published>
    <updated>2010-08-31T14:52:44Z</updated>

    <summary> 自分自身を内観し、深掘りしていくことは重要だが、誰かのサポートの下で行うことが...</summary>
    <author>
        <name>岡本 浩和</name>
        
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        <category term="クラシック音楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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    <category term="シュミット＝イッセルシュテット" label="シュミット＝イッセルシュテット" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ブラームス" label="ブラームス" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="北ドイツ放送響" label="北ドイツ放送響" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://classic.opus-3.net/blog/">
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="brahms_schmidt_isserstedt_ndr.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/brahms_schmidt_isserstedt_ndr.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="159" height="159" /></span> <div>自分自身を内観し、深掘りしていくことは重要だが、誰かのサポートの下で行うことが一層大切。<br /><br />なぜ早く成果をあげる必要があるのか。利己的な観点でなく、利他的な観点で考えると、1分1秒でも早く他者のサポートをした方がより高いシナジーを生むから。<br /><br />素直で伸びる人は「直感力」にも長けている。<br /><br />「問題」に直面すると人は誰しも自分に意識が向き、しかも解決できないとますます悩み、悪循環のスパイラルに入り込んでしまう。「問題」にぶち当たったときこそ、他者のことを考え、思うようにすれば意外に簡単に解決の道が拓けるものだ。<br /><br />あくまで個人的なメモ・・・、本日得た気づきのいくつかである。<br /></div>]]>
        <![CDATA[先日、タワーレコードの店頭でシュミット＝イッセルシュテット＆北ドイツ放送交響楽団のブラームス全集を見つけ、思わず手にとった。なにせ4枚組ボック
ス・セットがたったの990円也。こういう価格破壊は大歓迎（それにしても安過ぎるが・・・）。少しずつ時間を見つけて聴いているのだが、本日第4交響曲を聴きながら気づいた。何と指揮者死去の1週間前のライブ録音なのである。死期が目の前に迫っているとは思えない火を噴くような迫力、いや、というよりだからこその最期の輝きのような飛び切りの壮絶な音楽がかき鳴らされる。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.hmv.co.jp/product/detail/3862195">ブラームス：交響曲第4番ホ短調作品98<br />ハンス・シュミット＝イッセルシュテット指揮北ドイツ放送交響楽団（1973.5.21Live）</a><br /><br />かつて（1876年43歳）ブラームスは次のように嘆いたことがあるらしい。<br />「結婚すればよかったと思うこともあるんだよ。もう10歳くらいの男の子がいてもおかしくないんだから。そりゃ楽しいだろうよ。でもなぁ、適齢期の頃には地位がなくてね。今じゃもう遅すぎるし」（<a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4276201772?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=4276201772">ブラームス回想録集①「ヨハネス・ブラームスの思い出」</a>P116）<br />まだまだ可能性のあるうちから諦めの境地に入っているような文句だが、シュミット＝イッセルシュテットの紡ぎ出す第4交響曲を聴いていて、ブラームスの男性
としての強靭な精神力と精力を感じさせてくれるものだから、もう少し自信を持って粘ることができたら彼の人生と作品の質も随分変わったんだろうなと少し残念な気がした。<br /><br />とはいえ、もしもブラームスが結婚していたら明らかに現存のような作品は書いていないだろうからまぁ、それはそれで良かったんだろう（あくまで他人事だが）。<br /><br /><a target="_blank" href="http://seminar.opus-3.net/">「ワークショップZERO」</a>第1日目を終えた。<br />気づきの多いとても意義深い会。<br />ここには、人の人生を変えるだけの力がある。]]>
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    <title>ブルックナーのピアノ作品集</title>
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    <published>2010-08-28T13:44:22Z</published>
    <updated>2010-08-29T12:26:04Z</updated>

    <summary> 大学講座の研修会で、「どうすれば学生の内定率が上がるか？」という議題で話し合っ...</summary>
    <author>
        <name>岡本 浩和</name>
        
    </author>
    
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="bruckner_piano_works.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/bruckner_piano_works.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="161" height="159" /></span> <div>大学講座の研修会で、「どうすれば学生の内定率が上がるか？」という議題で話し合った。一朝一夕に解決する生易しい問題ではないが、今の世の中を変えるために、そして明日の日本を背負う若者を育てるために微力ながら貢献せねばという想いからほんの少しだけ僕なりの意見を言わせていただいた。定かではないが、内定率が低い大学、あるいは内定がなかなか出ない学生に限って、その親子関係に問題がありそうだ。親がそもそも現状をあまりに知らないという事実。または親離れ・子離れできていないという現実。子どもの頃から何にでも口出しして、子どもが自分で考えなくなっているということ。さらには、子どものことを決してほめないという環境。まずは親を教育せねば・・・、長い時間を要するが、成果をあげるためには根っこから、そんなことを考えさせられた時間だった。<br /><br />ほめられて伸びる人は多い。長所と短所は表裏一体。人間の性質なんてそうは簡単に変わらないのだから、短所は受け容れ（見ないようにするというのでは決してない）、長所を自覚して伸ばす、ひとりひとりがそんな考え方、生き方ができたら世の中もっと変わるだろう。<br /></div>]]>
        <![CDATA[夜、「才能開花勉強会」。今回は、<a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4532149479?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=4532149479">「さあ才能に目覚めよう」</a>を使用し、自身の「5つの強み」を持参していただいた。結果は見事。誰の結果を見ても納得させられる。自分の強みを知ることで自信が生まれる。そして次に他者との関係。少なくとも身近な人の「強み」を把握することはとても大事であることをお伝えした。「なぜこの人はこういう行動をするのか？」、その疑問が一気に氷解するだろう。<br /><br />自分を知り、他人を知ることで、関係の壁が見事に低くなる。「ストレングス・ファインダー」は人間関係を円滑にする偉大なツールになり得るかもしれない。<br /><br /><a target="_blank" href="https://affiliate.amazon.co.jp/gp/associates/network/build-links/individual/main.html?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&amp;selectedSearchIndex=books-jp&amp;fieldKeywords=%E3%81%95%E3%81%82%E6%89%8D%E8%83%BD%E3%81%AB%E7%9B%AE%E8%A6%9A%E3%82%81%E3%82%88%E3%81%86&amp;go.x=2&amp;go.y=8&amp;go=1&amp;submit=1">ブルックナー：ピアノ作品集<br />ヴォルフガング・ブリンナー、ミヒャエル・ショッパー（ピアノ）</a><br /><br />1850年～1868年にかけて、つまりブルックナーが26歳から44歳にかけて生み出した初期の作品集。大器晩成型の作曲家ゆえ、これらの作品はすべて初期作品ということになる。かれこれ10数年前にCDショップで見かけて手に入れた音盤だが、ブルックナーにこのような作品があったこと、しかもそれを律儀に録音したアーティストやレーベルが存在したことに驚愕した。<br /><br />もちろん後の交響曲や宗教音楽に比して、特に云々する特徴のない音楽が続くが、それでも1860年代の作品には、ブルックナーらしい野暮な響きながら音楽的拡がりのある楽曲があり、こういう時代があったからいくつもの偉大な交響曲が書けたのだということが如実にわかり、「天才」の萌芽が垣間見える作品が確認できることが大いに勉強になる。<br /><br />ちなみに、この作品集を聴いて僕が感じたこと。ブルックナーが最も影響を受けた作曲家はシューベルトであろうということ。実に美しい旋律。それがとりとめもなく延々と続く、そういう錯覚を覚えさせるところ、そんなところがかの歌曲王のよう。]]>
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    <title>ブルックナーという生き方</title>
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    <published>2010-08-27T11:53:10Z</published>
    <updated>2010-08-28T13:56:08Z</updated>

    <summary> お陰さまで昨日提案したコンテンツを採用いただくことになった。既存のワークを少し...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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    <category term="ウィーン・フィルハーモニー五重奏団" label="ウィーン・フィルハーモニー五重奏団" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="bruckner_quintet_vienna_philharmonia_quintet.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/bruckner_quintet_vienna_philharmonia_quintet.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="159" height="159" /></span> <div>お陰さまで<a target="_self" href="http://classic.opus-3.net/blog/cat29/post-507/index.php">昨日</a>提案したコンテンツを採用いただくことになった。既存のワークを少しばかりアレンジしただけなのでそもそも大した労力はかかっていないのだが、それはそれで嬉しいものだ。<br /><br />もう長いことブルックナーをきちんと聴いていない。きちんと聴いていないというのは、実演はもちろんのこと音盤ででも正座をして向き合っていないということ。ちなみに、10代の後半から30代前半までの10数年間は、僕のブルックナーの音楽に対する最も濃密な期間だった。録音はもちろんのこと、朝比奈先生の公演が東京である場合は、何がなんでも駆けつけた。それくらいブルックナーの音楽に恋していた、そんな時代だった。<br /><br />第7交響曲に触れ、即座にブルックナーの世界に開眼した僕は、その後、第8、第4、第9、と順番に聴き込んでいった。今でこそ、第5交響曲は彼の交響曲の中で最高峰だと評価しているが、当時は最もとっつきにくく、何度聴いてもピンと来ない、そんな作品だった。そのゴツゴツした雰囲気がどうも自分の肌に合わないと勝手に決めつけていた、そんな若気の至りの頃。しかし、ちょうど同じ頃、第5交響曲を上梓して間もない時期にブルックナーが生み出した珍しい室内楽曲を聴いて、その流麗な響きに、当時最も愛して止まなかった第7交響曲に通じる「匂い」を感じ、日夜アナログ盤に耳を傾けていた。<br /></div>]]>
        <![CDATA[<a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005FL99?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B00005FL99">ブルックナー：弦楽五重奏曲ヘ長調<br />ウィーン・フィルハーモニー五重奏団</a><br /><br />久しぶりに耳にした。久しぶり・・・だが、懐かしい。全曲の白眉はやっぱり第3楽章アダージョ・・・。ブルックナーの緩徐楽章をこよなく愛する僕にとって、
この作品のそれも例外ではない。ブルックナーは生涯交響曲に身を捧げたが、こういう音楽を聴くと他のジャンルにも力を注いでもらいたかったと思ってしまう。<br /><br />ところで、「カンブリア宮殿」で、孫正義氏が「理念とビジョン」を明確にすることの重要性を語っておられたのを聴いて「なるほど」と思ったことは<a target="_blank" href="http://ameblo.jp/opus3/entry-10622108079.html">以前も書いた</a>。<br />ところが、よくよく自分のことを振り返ってみると、ホームページのどこにも「理念」や「ビジョン」を具体的に書けていないことに気がついた。孫さんは番組中で「とにかく計画に主眼を置き、計画を練りこむことに時間と労力を費やす会社が日本の企業には多い」と言っておられたが、僕自身も目先のことでいっぱいになり、理念やビジョンというものをきちんとすることを忘れていたことを今更ながら痛感させられた。この際、岡本浩和が何を目指しているのかを誰にでも端的にわかるように、そしてどんなときもわかりやすく答えられるように整理してみることにする。<br /><br />そんなことを考えながら・・・、<br />アントン・ブルックナーという野人は、その改定癖からいかにも軸がぶれていそうな人のように思えるが、実は、これほど明確な「理念」と「ビジョン」に基づいて作品を書き続けた音楽家はなかなかいないのでは、とあらためて思った。いや、やっぱりすごい、この人は・・・。]]>
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    <title>フランクの交響曲</title>
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    <published>2010-08-26T13:23:31Z</published>
    <updated>2010-08-27T12:03:16Z</updated>

    <summary> 午前、旧知のとある企業から、組織において「共通の意識やルールをもつこと」の重要...</summary>
    <author>
        <name>岡本 浩和</name>
        
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    <category term="メンゲルベルク" label="メンゲルベルク" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="franck_bernstein.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/franck_bernstein.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="160" height="159" /></span> <div>午前、旧知のとある企業から、組織において<b>「共通の意識やルールをもつこと」</b>の重要性を学べるコンテンツ案が欲しいという依頼を受けた。要はチームビルディングに関わるポイントを簡単に短時間で気づけるプログラムはないかという問い合わせである。<br /><br />あるにはある。が、短時間でとなるとこれがまた難しい。頭を捻り、2案ほど引っ張り出したが、果たしてどうだろう・・・。<br /><br />夜、こちらもかつての教え子から進路の相談。業務のあまりの多忙さにプチ鬱状態なのだと。いろいろと聴いてみると、ひとつは「仕事を完璧にこなせない自分自身への否定感」が要因のひとつになっているよう。責任感をもって仕事に臨むことは大事だが、ひとつのもれなく完璧にできる人などいないわけだから、無理せず、たまには「まぁいっか」と思えるようになりなさいとアドバイス。それに、ここ1年近く彼氏いない状態のようなので、<b>恋愛のスイッチ</b>を入れることの重要性もあわせて説いておいた（笑）。<br /><br />仕事とプライベートのバランスをしっかりとること、そう<b>「恋すること」</b>こそが活力源だと僕は思うのです・・・。<br /></div>]]>
        <![CDATA[少々、聴き比べを。<br />80年代のバーンスタインに恋していたことは昨日も書いた。その流れで、今日はフランクを聴いた。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000M5B9IA?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B000M5B9IA">フランク：交響曲ニ短調<br />レナード・バーンスタイン指揮フランス国立管弦楽団</a><br /><br />こ
の暗鬱な重苦しい雰囲気の交響曲を初めて聴いたのは、高校生の頃、フルトヴェングラー盤で。いかにもドイツ風の表現で、僕に馴染みやすそうな曲調のはずが一向に好きになれなかった。その僕にこの音楽の素晴らしさを教えてくれたのがバーンスタイン。ヨーロッパの「しっとりさ」に、アメリカのからっとした空気が入り混じった不思議な感覚に襲われる演奏だった。指揮者とオーケストラの<b>「共感度」</b>の高い演奏の印象は、今聴いても変わらない。<br /><br /><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="franck_mengelberg.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/franck_mengelberg.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0pt 0pt 20px 20px;" width="161" height="159" /></span>いつだったか、オーパス蔵のいくつかの録音が￥1,050で売りに出されていた際、メンゲルベルクが棒を振ったフランクが収録されているものを購入した。1940年の録音とは思えない生々しさ。まさにメンゲルベルクという弦のしっとりとしたとろけるようなポルタメント奏法が脳みそをくすぐる。思わず<b>「恋愛のスイッチ」</b>が入りそうな演奏・・・。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000ICMD6O?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B000ICMD6O">フランク：交響曲ニ短調<br />ウィレム・メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団</a><br /><br />全く違う音楽に聴こえる、それくらいに解釈は違うが、いずれも忘れ難い。<br /><br />それにしても「旋律の魅力」といい「各楽章の有機的なつながり」といい、フランクのシンフォニーというのは一度はまったら病みつきになるような要素でいっぱい。久しぶりにじっくり聴いてみてあらためてそう思った。]]>
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    <title>ありのままに生きよう</title>
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    <published>2010-08-25T14:59:38Z</published>
    <updated>2010-08-26T13:28:41Z</updated>

    <summary> 迷っているとき、人は誰か（何か）に後押ししてもらえる瞬間を待っている。4年前仕...</summary>
    <author>
        <name>岡本 浩和</name>
        
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    <category term="ウィーン・フィル" label="ウィーン・フィル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="ベートーヴェン" label="ベートーヴェン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<p>
</p><p><img style="margin: 0px 20px 20px 0px; float: left;" class="mt-image-left" alt="beethoven_16_bernstein.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/beethoven_16_bernstein.jpg" width="161" height="159" />迷っているとき、人は誰か（何か）に後押ししてもらえる瞬間を待っている。4年前仕事を辞めるとき、僕自身もたくさんの友人から「きっかけ」をもらった。そして、内なる声が「これでいいのです」と自分に語りかけてきたとき、ようやく決心がついた。後先考えず、その決断でいいのか迷いながらも恐る恐る足を踏み出した。</p>
<p>美しく明るい月。満月の夜に聴くベートーヴェンの音楽は格別だ。特に、深い内容を湛えた最晩年のカルテットの世界は、満ちても欠けても美しさを決して失わない神秘的な月を想起させる。最後の弦楽四重奏曲作品135は、そのフィナーレに意味深な言葉が掲げられている。「ようやくついた決心」という標題、そして「そうあらねばならないか？」、「そうあらねばならない」という言葉。後年の研究者を悩ませることになるこれらのフレーズは何を意味するのか？</p>
<p>当時、ベートーヴェンは、自分自身の命があとわずかで尽きるとは思ってもみなかったはずだ。一般的には、死を悟った作曲者の諦観の極地の世界が表出されているようなことがいわれるが、そんな話は後付に過ぎない。作曲家はまだまだ精力的に活動しようと思っていたのではないか・・・。つまり、それまで「あくまで自分自身を演じてきた」ベートーヴェンがようやくその年にして「ありのまま、自然体」を表現できる余裕が生まれてきたことを悟ったということだ。そう、"Es muss sein."は「ありのままに生きよう」という決心なのである。</p>]]>
        <![CDATA[<p><a href="http://www.hmv.co.jp/product/detail/82407" target="_blank">ベートーヴェン：弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135（弦楽合奏版）<br />レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団</a></p>
<p>バーンスタインが晩年にドイツ・グラモフォンに録音した一連のライブ録音を僕は好む。もちろん出来不出来はある。それでも80年代当時、僕は毎月のようにリリースされるレコード（CD）を心待ちにしていた。そのねちっこい、一度聴いたら忘れられない人間っぽい解釈に心を奪われた。</p>
<p>ベートーヴェンのありのままの生き様、本心の声を表現しようとするレニーの意思が手に取るようにわかるこの演奏は、他の何物にも代え難い魅力を持つ。しかも、弦楽合奏だからこそ表現し得た「深さ」がこの中にはある。</p>
以前も書いたが、死の数ヶ月前の来日公演をドタキャンで聴けなかった悔しさは今でも忘れない。]]>
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    <title>チームワーク</title>
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    <published>2010-08-24T11:57:48Z</published>
    <updated>2010-08-25T15:45:32Z</updated>

    <summary> どうも「チームワーク」ということがここのところのテーマになりそうだ。企業から受...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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    <category term="ガーディナー" label="ガーディナー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="パーセル" label="パーセル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="モンテヴェルディ合唱団" label="モンテヴェルディ合唱団" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://classic.opus-3.net/blog/">
        <![CDATA[<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img style="MARGIN: 0pt 20px 20px 0pt; FLOAT: left" class="mt-image-left" alt="purcell_queen_mary_gardiner.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/purcell_queen_mary_gardiner.jpg" width="159" height="159" /></span>
<div>どうも「チームワーク」ということがここのところのテーマになりそうだ。<br />企業から受ける要望も「チームワーク」、個人から受ける相談も要は「チームワーク」。この世の中で活動している以上、人とのコミュニケーション抜きでは何事も前に進まない。それでも、今の世の風潮なのか、個人主義的で、横のつながり、縦のつながりをきちんともてない人が多いよう。そういうことは、子どもの頃から慣らされていないと難しい。子ども同士でも夫婦でも、時に思いっきり感情をぶつけ合って喧嘩した方が良い。<br /><br />昨晩、京王線の新宿駅ホームの事故で亡くなった老人は、北海道の星槎大学学長で、作家・詩人の佐藤春夫の長男、佐藤方哉氏だと知り、驚いた。何とも不幸な死に方故、本人的にも納得ゆかない面もあるだろうが、そういうことも運命だから致し方なし。佐藤さんの母親の千代さんは、春夫が谷崎潤一郎から譲ってもらったという、例の「細君譲渡事件（1930年8月18日）」といわれる事件の当事者。しかも3人連名での挨拶状を発表したというのだから、何とも一般人の常識では考えられない不思議な関係だったことだろう。</div>]]>
        <![CDATA[夫婦の間に何があったのか、それは知る由もないが、世に名だたる文豪同士の合意の下の離婚であり、結婚のわけだから、そこには「感情的な大喧嘩」があったかもしれないし、あるいはあくまで「理性的な話し合い」があったのかもしれない。残念ながら、僕は佐藤春夫や谷崎潤一郎を深く研究したわけでもないので、そのあたりの事情についてはよく知らない。とはいえ、ひょっとすると「チームワーク」を考える上で、このあたりの事実を知っておくとためになるのではないかとも考えた。少し勉強してみようか・・・。<br /><br />佐藤方哉氏を悼んで・・・。<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000005ED4?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B000005ED4" target="_blank">パーセル：メアリー女王の葬送のための音楽<br />フェリシティ・ロット（ソプラノ）<br />チャールズ・ブレット、ジョン・ウィリアムス（カウンターテナー）<br />トーマス・アレン（バス）<br />ジョン・エリオット・ガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団＆管弦楽団</a><br /><br />実に美しい音楽。時の女王メアリー2世が天然痘のため1694年に亡くなり（32歳という若さ！）、その翌年に葬儀が挙行されているのだが、その式のためにヘンリー・パーセルが音楽を書いたものの、同年秋に後を追うように亡くなる。もちろん愛する女王のために生み出した音楽であろうが、自分自身への哀歌でもあるかのような静かで厳かな音楽。<br /><br />繰り返し聴くと、涙が出てくるほど・・・。]]>
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    <title>旧知の教え子との再会</title>
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    <published>2010-08-23T14:49:19Z</published>
    <updated>2010-08-24T12:02:00Z</updated>

    <summary> 気分良く、ほろ酔いの電車の中で今日は何を書こうかと思案することは、寝過して最寄...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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        <category term="クラシック音楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="室内楽曲" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="スーク・トリオ" label="スーク・トリオ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ベートーヴェン" label="ベートーヴェン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://classic.opus-3.net/blog/">
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="beethoven_3_suk_trio.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/beethoven_3_suk_trio.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="159" height="159" /></span> <div>気分良く、ほろ酔いの電車の中で今日は何を書こうかと思案することは、寝過して最寄り駅を通過してしまわないことに効果がある。少なくとも考えている瞬間、頭は起きているから。<br /><br />酔っている分、頭の血の巡りが良いのだろう、いつになく詩的な文章が生まれる。実は、この文章は結構な量を飲んだあとに車中で書いているのだが、果たして「詩的」かどうか・・・（笑）。そのあたりはいい加減なものだから突っ込みなしということで・・・。<br /><br />それでも素面の時よりは沸々と文章が湧いて出てくるところをみると、大袈裟な言い方だが、「感性」のおもむくままに書いているのだということが理解できる。<br /><br />旧知と教え子と<br />10年近くぶりに<br />再会し、<br />酒を酌み交わすと<br />タイム・スリップしたかのように<br />あの頃のことが<br />不思議にリアルに思い出される。<br /></div>]]>
        <![CDATA[昔話と<br />今何をしているのかという話に花が咲く。<br /><br />そこに未来の話はほとんど出ない。<br />そのことがどうのこうのというわけではない。<br />命が未来につながっている以上、未来の話は必然であり、そこにこそ「楽しさ」があるのではないか。<br /><br />かつての若者は皆結婚し、<br />子育ての真っ最中。<br /><br />子どもに「未来」を託し、<br />奔走する父親の姿を見るだけで<br />こいつも成長したなと<br />心底感動する。<br /><br />さて、気持よく音楽を聴こう。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000XQ9IZE?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B000XQ9IZE">ベートーヴェン：<br />・ピアノ三重奏曲第3番ハ短調作品1-3<br />・ピアノ三重奏曲第4番変ロ長調作品11「街の歌」<br />・ピアノ三重奏曲変ホ長調WoO.38<br />スーク・トリオ</a><br /><br />ベートーヴェンは「詩的」だ。スーク・トリオの演奏は、まるで今音楽が生まれたばかりであるかのような「新鮮さ」。嗚呼、幸せなり。]]>
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    <title>音、妄想、空想・・・</title>
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    <published>2010-08-22T12:39:19Z</published>
    <updated>2010-08-23T14:53:14Z</updated>

    <summary> エルーデ＊サロンをさらに使いやすくするためにテレビ等のAV機器を撤去した。そも...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="beethoven_5_furtwangler_1947.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/beethoven_5_furtwangler_1947.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="160" height="159" /></span> <div><a target="_blank" href="http://elude.jp/elude-s/index.html">エルーデ＊サロン</a>をさらに使いやすくするためにテレビ等のAV機器を撤去した。<br />そもそも日々の生活の中でテレビを観る習慣がないのでさして問題はないのだが、これまで食事の時はニュースを観たりしていた関係で、さてどうしたものかと思案した。<br />そうか、じっくり音楽でも聴く機会にすればいいんだと当たり前のことを思いつき、BGM的にエルガーの交響曲第1番を流してみた。いやはやこれがまったくBGMにならない。こういう音楽はやっぱり正座をして真摯に向かい合い、そこそこの音量で聴くべきものなのだろう。エルガーが意図したわけではないにせよ、彼の音楽は王室の行事などの実用音楽として重用されていたわけだから、高尚な、我々庶民には及びもつかない高貴な波動が刷り込まれているのかもしれない（笑）。<br /><br />かつて、テレビ草成期の頃、大宅壮一氏が唱えた<b>「一億総白痴化」</b>という言葉。そう、「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう（ウィキペディア）」という意味合いの言葉であるが、「白痴」という表現は言い過ぎにせよ、確かに人間の想像力は昔より随分落ちてしまったのではないか。先日、パーティーの幹事連中との懇親会でも、そこにたまたまTBSラジオのプロデューサーが居たものだから、話がラジオのことに及び、人間の想像力を掻き立てる面白い番組を今こそラジオが制作すべきだと議論になった。ラジオでしかできない興味深い番組。音だけで表現し、聴く者の想像力を彼方まで飛翔させるプログラム、そんなものがあれば必ず聴くのになぁ。いや、しかし「白痴化」した大衆は音だけの番組なんて受け付けないのかなぁ。聴衆の支持がなければ番組も成り立たないわけだからそれも難しかろう。まぁ、そういうリスクを背負ってでも人間の可能性、想像力を取り戻し、より飛躍させようという奇特なスポンサーでも見つかれば叶うことなのだろうけど・・・。<br /></div>]]>
        <![CDATA[僕は音楽を「聴く」ことが好きだ。昔の、僕がまだ生まれる前の厳しくも衝撃的な演奏などは特に僕の感性を刺激する。もちろん映像が付随していればそれに越したことはないが、音だけを聴いて想像する、そういう「妄想」、「空想」が極めて面白いのだ。<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005FIHH?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B00005FIHH">ベートーヴェン：<br />・交響曲第5番ハ短調作品67「運命」<br />・劇音楽「エグモント」序曲作品84<br />1947.5.27Live、ベルリン、ティタニア・パラスト<br />・大フーガ変ロ長調作品133<br />1952.2.10Live、ベルリン、ティタニア・パラスト<br />ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団</a><br /><br />僕の原点に在るといっても言い過ぎでない録音。高校生の頃ドイツ・グラモフォンのLP盤で初めて聴いて、「運命」交響曲の怖さを知らしめさせてくれた名盤。
もちろん「怖さ」だけでなく「凄さ」も「優しさ」も、そして「喜び」や「怒り」、「悲しみ」の感情をも教えてくれた録音なのである。この古い録音は、今聴いても決して古びない。それどころか、聴き始めるといまだについつい引き込まれて時間を忘れてしまう「魔法の力」をもつ。指揮者とオーケストラと聴衆がまさに喜びに溢れ、一体になったという歴史的記録。久しぶりに聴いても・・・、やっぱり素晴らしい・・・。<br /><br />さて、準備は整ったようだ。<br />戦後、聴衆が待ち焦がれたヨーロッパ楽壇に復帰したフルトヴェングラーのように、これから皆様に楽しんでいただけるよう我々も一生懸命がんばろう。]]>
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    <title>探しモノ</title>
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    <published>2010-08-21T14:59:45Z</published>
    <updated>2010-08-22T12:45:00Z</updated>

    <summary> エルガーについていろいろと調べていくうちに、ピエール・モントゥーが確かロンドン...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="dvorak_13_alban_berg_q.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/dvorak_13_alban_berg_q.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="161" height="159" /></span> <div>エルガーについていろいろと調べていくうちに、ピエール・モントゥーが確かロンドン響と録音した「エニグマ変奏曲」（カップリングはシベリウスの第2交響曲）があったなと、数日前から棚を漁っているのだけれど、どこにもない。見落としているのか、それとも誰かに貸したまま、忘れてしまっているのか・・・。大事な音盤を貸してそのままにしておくというのは僕の性格上考えにくいので、おそらく前者なのだろうが、それにしても隈なく探しても見つからない。この音盤を所有していたつもりで、実は持っていなかったのかもしれないと曖昧な記憶をたどりながら悶々とする。探しモノが見つからないというのは一大事で、一旦そうなったら気になって仕方がない。<br /><br />ところで、エルガーは9歳のとき、初めてオーケストラの演奏を聴き、非常な感銘を受けた。27歳の時にはオケのメンバーとして作曲者の指揮によりドヴォルザークの交響曲第6番とスターバト・マーテルを演奏した。その経験が後の作曲活動に影響を与えたようだが、そういえばチェロ協奏曲やヴァイオリン協奏曲を聴いているとドヴォルザークの影がチラホラと見える。<br /></div>]]>
        <![CDATA[<a target="_blank" href="http://classic.opus-3.net/">「早わかりクラシック音楽講座」</a>終了後、歌舞伎町のアジアン・フード・コートで打ち上げをした。他愛もない話で盛り上がる。たまにはこういう時間もよかろう。周囲の人々が酒を飲みながらワイワイガヤガヤと騒いでいるのを横目に、あくまで冷静に・・・。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005HI8X?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B00005HI8X">ドヴォルザーク：弦楽四重奏曲第13番ト長調作品106<br />アルバン・ベルク四重奏団</a><br /><br />アメリカ帰国直後の1895年12月に完成されたドヴォルザークらしい、大人な雰囲気の美しい音楽。帰国直前はいろいろな意味で心労が重なり、大変な状況だったはずだが、音楽を聴く限りではそういう様子をまったく感じさせない。やっぱり故郷の空気というものが人間を安定させるのか、極めて個人的であれ、「幸福感」に満ちた音楽が紡がれる。<br /><br />人の原点は故郷にあり。そして、その故郷は「自然」の中にある。<br />エルガーは<b>「木々が私の曲を歌っている。それとも私が木々の歌を歌うのか」</b>と語った。<br />自然には「歌」がある。<br /><br />さて、<a target="_blank" href="http://www.youtube.com/watch?v=NA6rOPW-ArU">探しモノ</a>はどうなったのか？<br />残念ながら未だ見つからず。]]>
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    <title>自己開示</title>
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    <published>2010-08-20T14:49:04Z</published>
    <updated>2010-08-21T15:22:20Z</updated>

    <summary> 先日のパーティーで何より良かったのは、両親や家族が喜んでくれたこと。そして、当...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="elgar_delius_cello_concerto_du_pre_barbirolli.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/elgar_delius_cello_concerto_du_pre_barbirolli.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="159" height="159" /></span> <div><a target="_self" href="http://classic.opus-3.net/blog/cat29/post-493/index.php">先日のパーティー</a>で何より良かったのは、両親や家族が喜んでくれたこと。そして、当日参加いただいた皆様はもちろんのこと、参加いただけなかった方たちからお祝いの言葉をたくさんいただけているという事実。それもランチやディナーにと、特別なお誘いがあるところが正直嬉しい。<br /><br />長い間独り身でいたことから多くの方に心配をお掛けしたんだなという思いもあるし、結婚後2年近くもお披露目しないまま放っておいたという後ろめたさもあり、あらためて「人の想い」に感謝し、多くのそういった友人を得ることができたことを心底実感させられた。<br /><br />パーティーの幹事を務めていただいた3人をご招待して、大いに盛り上がった。19：00前からスタートして終わったのは23：00過ぎ。あっという間の時間は本当に楽しい。途中、音楽の話になったり、プライベートの他愛もない話に脱線したり、あるいは真面目な話に転回したり・・・。<br /></div>]]>
        <![CDATA[ところで、本日午後のカウンセリングで思ったこと。<br />「素直に<b>自己開示</b>できること」こそが人間関係の最大の武器であるということ。腹を出している犬猫を攻撃できないのと同じで、包み隠さず見せる人を攻めることは至難の技。でも、なかなかその「<b>勇気</b>」
が出ない。ちょっとしたことなのだが、一歩行動が起きないのだ。でも、たったそれだけの違いで、何年後かには恐ろしいまでの差がつくわけだから、今という
瞬間を思う存分生きた方が良い。所詮人間はひとりでは生きていけないのだから、人間関係の中で物事を見据えたほうが正しい。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005GIOH?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B00005GIOH">エルガー：チェロ協奏曲ホ短調作品85<br />ディーリアス：チェロ協奏曲<br />ジャクリーヌ・デュ・プレ（チェロ）<br />サー・ジョン・バルビローリ指揮ロンドン交響楽団<br />サー・マルコム・サージェント指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団<br /></a><br /><a target="_blank" href="http://classic.opus-3.net/schedule/40/">明日の講座</a>に備えて久しぶりにデュ・プレのEMIスタジオ録音盤を聴いた。やっぱりエルガーのコンチェルトの最右翼に位置する決定的名演奏だ。<br /><br />ジャッキーは、多発性硬化症という難病を発症し、演奏活動も志半ばで諦めざるを得ず、結果42歳という若さで他界した不遇な人生を送っているが、若い頃の一日一日を、瞬間瞬間を思い切り生きたという点では、これほど自由に振る舞えた人はいないのではないだろうかと思えるほどだ。以前、「本当のジャクリーヌ・
デュ・プレ」という映画を観たときにも思ったが、とにかく奔放。いわゆるアダルト・チルドレン症候群であることは間違いないが、それであるがゆえにこのエルガーやディーリアスのような不動の名演が生まれたわけで、やっぱり芸術家なるものは「常識的」ではいけないとあらためて感じさせられた。<br /><br />エルガーを聴くつもりで、実はディーリアスに大いに惹かれた。少し真面目に聴きこんでみよう。]]>
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    <title>夫婦の関係がもめるという話をよく耳にする</title>
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    <published>2010-08-19T14:12:46Z</published>
    <updated>2010-08-20T15:54:34Z</updated>

    <summary> 夫婦の関係がもめるという話をよく耳にする。以前から何度も書いていることだから、...</summary>
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        <name>岡本 浩和</name>
        
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    <category term="ブラームス" label="ブラームス" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="ローザンド" label="ローザンド" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://classic.opus-3.net/blog/">
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="brahms_joachim_hungarian_dance.jpg" src="http://classic.opus-3.net/blog/img/brahms_joachim_hungarian_dance.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="160" height="159" /></span> <div>夫婦の関係がもめるという話をよく耳にする。<br />以前から何度も書いていることだから、しつこく書くのは止しておくが、そういう時は一方の話を聴くだけでは不完全で、もう一方の話をじっくり聴いてみたいとつくづく思う。得てして「全く違った話」が聴こえてくるのだが、誰もが「自分は正しい」と思っているわけだからそれは致し方ないことだろう。何も夫婦の関係に限ったことでもない。上司と部下の関係でもそういうことは多い。<br /><br />そういう時、相手の立場になって物事を捉える、考えられるということが当たり前だが大事になってくる。<a target="_self" href="http://classic.opus-3.net/blog/cat29/post-499/index.php">昨日</a>の「大局観」ではないが、「大人になる」ということは「相手の視点から物事が考えられる余裕をもてる」ということなのだろう。<br /><br />理論派の人は、喧嘩も理路整然としており、いわゆる喧嘩にならないらしい。そう、相手を余計に感情的にさせてしまうのだとか。目には目をでないが、時には感情でぶつかり合うということも、夫婦という「人間関係」においては大切なことかも。<br /></div>]]>
        <![CDATA[逃げちゃだめ、誤魔化すのもだめ。理論武装などもってのほか。ただ感情のままに・・・。<br /><br />英国の作曲家エドワード・エルガーは1889年5月8日、音楽教室の生徒だったキャロライン・アリス・ロバーツと結婚する。時にエルガー32歳、アリス40歳。何と8つも姉さん女房だということだ。<br /><br />少なくとも僕のこれまでの経験上、年上女房の場合、夫婦の関係がもめることは少ないように思う（勝手な統計なので詮索なきよう）。男は誰しも母性を求めている。やりたいようにやり、好きなように振舞わせてもらえる、そんな母のような女性を伴侶にすると、才能が開花されるのか、物事が不思議なほど順調に進むこ
とが多い。面白いものだ・・・。<br /><br />そういえば、ブラームスの母親も父親に比べて随分年長だったと思う。仲は決して良くなかったのだろう、そのお陰でヨハネスは女性恐怖症にでも陥ったのか、生涯結婚することはなかった。<br /><br /><a target="_blank" href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000009JMW?ie=UTF8&amp;tag=opus3net-22&amp;linkCode=xm2&amp;camp=247&amp;creativeASIN=B000009JMW">ブラームス：ハンガリアン舞曲集（全21曲）（ヨーゼフ・ヨアヒム編曲）<br />ヨアヒム：ロマンス変ロ長調<br />アーロン・ローザンド（ヴァイオリン）<br />ヒュー・サング（ピアノ）<br /></a><br />ポルタメントが多用されたこのロマンティックな演奏を初めて聴いたとき度肝を抜かれた。いかにもジプシー風の、これこそ「ハンガリアン舞曲」だといわしめる最高のパフォーマンスのひとつだと僕はその時思った。そして、その思いは今でも変わらない。<br /><br />こういう音楽を聴いていると、ヨハネス・ブラームスという男は、実は女性好きで、本当は心から結婚したかった、そんな願望をもっていたんじゃないのかと思えてくる。父親同様、根っから甘えさせてくれるそんな年上女房に憧れていたのではないか・・・、やっぱりクララ・シューマンとは・・・。そんなことを妄想させてくれる1枚だ。]]>
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