器楽曲の最近のブログ記事

45回目の誕生日

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45回目の誕生日。久しぶりに大勢の仲間たちが集まって宴を開いた。入れ代わり立ち代り20人くらいが狭い部屋にひしめいたことになる。18:00にスタートし、終わったのは23:30過ぎ。明日は皆さん仕事だというのに最後までいらしていただいて本当に感謝である。

E夫妻がプロジェクターを使って、僕のみんなへの「想い」をスライドショーで表現してくれた。せっかくなのでその想いを今日のブログにて表明する。

『今日、僕は45歳を迎えました。
先日、滋賀県での講演会のため帰郷した際、僕と同じだけ歳を重ねた両親がいつもどおりに尽くしてくれる姿を見て、父母をはじめとてもたくさんの方々の助けがあって今の自分があるんだということをあらためて実感しました。

20年という長い年月の中ででセミナーを通じて出逢った多くの人たち。
毎年誕生日には大勢の人たちに祝ってもらった記憶がまざまざと蘇ります。

パンドラの箱?!

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いつぞやブログに、グールドが演奏するモーツァルトのソナタ集を初めて聴いたとき、テンポが異常に速かったり、逆に遅かったり、あるいはまるでおもちゃの鍵盤で遊ぶかのようなスタッカートの効き過ぎた弾き方に抵抗を覚え、亡くなった直後の追悼盤として発売されたLPのボックスセットであったにもかかわらず、以降二度と聴くことなく棚の奥にしまってしまっていたことは書いた。聴かないのなら中古レコード屋に売り飛ばすか、好事家に差し上げたりするなどすればいいのに、なぜか手放す気にもなれず、ずーっとラックの最下段に鎮座させたまま放置してあった。もう20年以上も・・・。

しばらくアナログ・レコードを聴く装置を持っていなかったので(プレーヤーはあったが、Phonoイコライザーがなく聴くことができなかった)何年もLPは聴いていなかったが、つい先日譲っていただいたオーディオ装置ではアナログを最高の音質で聴くことができ、その音の良さに惚れ惚れするあまり、ついに前述のグールドのモーツァルトを聴いてみようと中から1枚を取り出し、そのA面だけを聴いてみた。何だか「パンドラの箱」を開けるかのような心境(笑)。

罪を憎んで人を憎まず

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それにしても「金」にまつわる事件が後を絶たない。もちろんお金はあったほうが良い。生きていく上で必要最小限のお金と、やりたいことを達成するための必要なお金さえあれば良いだろうに、人間は一度もってしまうとどんどん欲深くなるんだろう。それでも近しい人は「良い人」だという。そりゃそうだ。良い人に決まっている。人間は誰一人悪い人などいない。罪を憎んで人を憎まず、なり。

今日一日思考停止。風邪やインフルエンザではないと思うのだが、どうも頭がぼーっとして力が入らない。特に黄昏時から時間の経過と共に、ますます頭が働かなくなる。植物の光合成じゃないが、人ってやっぱり太陽のエネルギーを身体中に浴びて「生きている」んだということを実感する。

そんなときはあえて無音で過ごしてみるのもよいのだろうが、棚を漁り、何となく取り出したのがブルックナーの音盤。それも彼の壮大な交響曲をオルガン独奏用にアレンジした世界初録音という代物。もう長いこと聴いていない(というより購入した直後に一度聴いたきりかもしれない)。本来大オーケストラで演奏されるべく創られたブルックナーの交響曲をオルガンひとつで表現しようというのだからさすがに無理はある。ただし、敬虔なプロテスタントであったブルックナーの思考の原点がオルガンであったことから、ブルックナーの頭の中に最初に鳴った音、あるいは彼の頭の中だけで鳴っていた音と捉えればそれはそれで面白いのかもしれない。
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なぜぶれるのか・・・?
信念(自分がこうだと決めたこと)を徹底的に追求していないから。
なぜ徹底的に追求できないのか・・・?
決めたことに確信をもっていないから。
なぜ確信をもてないのか・・・?
自分を信じていないから。
自分の状態がぶれたことを、多くの人は誰か(あるいは教育や環境)のせいにする。他人のせいにしたところで、何かが変るわけでもないのにだ。特に、親や他人が引いたレールを歩いてきた優等生ほどそうなる傾向が強い。今の政治家も似たようなものか・・・。茶番なり。

どうすれば自分を信じられるようになるのか・・・?
腹を据え、中途半端に終わらせず何でもやりきること。それに尽きる。
他人からは大変な努力に見えることでも、実は本人は何の苦もなく当然のように時間とエネルギーをかけ没頭しているということはよくあることだ。何でも一生懸命やれば成果は挙がる。そして、成果をみることが楽しくて人間はまたそれにのめり込む。結果、継続することになり、自ずとその道を極めることになる。実にシンプルな法則だ。

他人に聴く前に自分に問いかけてみるべし。答えは必ず自分の中にある。「本気か?」「やりきっているか?」、いつもいつの瞬間もそう自分自身に問いかけること・・・。

ヴィオラの音はチェロよりオクターヴ高い。J.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」をヴィオラの演奏で聴くと、すこーんとヌケて、目の前の空間にいっぽんの筋が通ったようになる。一切の混じりけのないシンプルで澄んだ音色。朝の光と調和して信じられないくらいに美しい。

今、ここ

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C君がJBLのHorizonを手に入れたということで、早速試聴会という名目でご自宅にお邪魔した。少しだけ聴かせていただいてお暇するつもりが、話がやけに盛り上がり(今日初めて会ったKさんともいろいろな話をさせていただいた)、気がついたら19:00。では、食事にでも行きましょうということに自然となり、笹塚の「炉端座八戸」でC君とサシ飲み。結局3時間ほどいろいろと語り、有意義な休日があっという間に過ぎていった。

それにしても、人はそれぞれに「悩み」をもっている。そもそも完全な人間というのは存在しないわけだから、腹を割って何でも話をぶつけられるということ自体気持ちよい。そこには年齢の差も性別の差も超えた人間対人間のおつきあいがある。
昨日の講座でもお話ししたのだが、ロベルト・シューマンの偉いところは、単に空想を空想で終わらせるのではなく、ともかく行動を起こしたところ。こうなったらいいなと願ったところで、自身が踏み出さなければ何事も始まらない。勇気をもって・・・。
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人間を知ることって面白い。2年前まで、ある意味(?)大変な重労働環境の中で10数年という長い間、人に深く関わり、ともに泣き、ともに笑い、ともに喜ぶという生活をしてきたのには相応の理由があった。そのときは自分の将来や自分自身の生活のことなどはっきり言ってまったく考えていなかった。ただひたすら「人と出逢い、触れ合う」という仕事に邁進するのみ・・・。それはまるで麻薬のようだったのかもしれない。ただ、いつまでも依存しているわけにはいかないという一種の焦りから、その場を飛び出したのがつい昨日のよう。もう丸2年だ。

世の中の今のような状況は、当時予想だにしなかったが、こういう不景気の時代になると、自律的に生きることの重要性が身に染みる。自律的に・・・、そして他者を想い・・・・(言い換えれば、自分軸をしっかりと・・・、そして外に意識を向け・・・)

恋愛と創作

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ロベルト・シューマンがエンデニヒの療養所生活を始めたのは1854年3月4日。その日から、亡くなる2日前、すなわち1856年7月27日までの2年半もの間、妻のクララはもはや廃人と化した夫に会うことは一度もなかった(この間、ブラームスやヨアヒムはロベルトを見舞っている)。
なぜクララは2年半もの間、愛するロベルトに会わなかったのか?
摂食障害に陥り、痩せ細っていた患者の姿を見せまいと精神科医リヒャルツ博士が気を利かせ、面会謝絶にしていたという見解。7人の子どもを養うという経済的な事情からコンサート活動に奔走せざるをえなかったという事情。あるいは年下の友人であるヨハネス・ブラームスとの束の間の恋に耽っていたのではないかという噂。
しかし、残された手紙から推測するに、最後の最後まで夫を愛していたことは疑いようのない事実だろうゆえ、生活に追われそれどころでなかったという理由が一番しっくりくる。それにしても2年半とは長い・・・。
父の反対により法廷闘争まで縺れ込んだシューマン夫妻の結婚の顛末は、当時の二人の熱烈なラブレターを読むにつけとても興味深い。少なくとも恋愛がスタートした当初、片時も離れられないほどの絆が二人の間にはあった。ひょっとすると、「精神病院に入る」ということが「収監」同様、一般的には忌み嫌うべき対象として認識されていたということも考えられる。当時のヨーロッパ音楽界において飛ぶ鳥を落とす勢いの人気ピアニストであったクララ・シューマンがまさかそういう場所に関わるということは想像を絶することだったのかもしれないし・・・。
いずれにせよ真相はわからない。ロベルトが愛するクララに贈った名曲の数々を聴きながら、勝手な想像を働かせよう。

気持ちいいー♪

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4ヶ月ぶりのトリートメント。いよいよ「こと」が始まる。世の中の混迷はますます複雑化するだろうが、長期的に捉えれば決して悲観的になることもない。以前からセミナーの中ではお伝えしていることだが、自然や宇宙、そして人間はそもそもつながっている。「一つ」なのだ。「ワークショップZERO」は、その「つながり」というものを実際に体感していただくことを趣旨としており、ご参加いただいた方に「他者を受け容れること」、そして何よりも「自分自身を受け容れること」の大切さに気づいていただけるようにプログラムを組んでいる。わずか2日間でその人に見違えるように変化が訪れるわけはその辺りにある。

「ポットが渡され、蓋を開けたら汚れた古い水がいっぱいだったので思い切って捨てた。そして、新しい水をゆっくりと注ぐ。」
眼を閉じていてそんなイメージがふっと湧いてきた。

若き恋~ハーモニアン

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夕暮れが訪れ、月の光が明るむ
二つの魂は合一し
至福のうちに抱き合う
~シュテルナウ「若き恋」より

1853年9月、若きブラームスはデュッセルドルフのシューマン夫妻を訪れる。11月2日にシューマン家を離れる際、ヨハネスは自身の最新作を披露する。ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調作品5。第2楽章アンダンテ・エスプレッシーヴォの譜面に作曲者は上記シュテルナウの詩の一節を記す。ヨハネスが未来に想いを寄せるクララに無意識に、あるいは暗に贈った言葉なのか否か。まさか彼が意図的にこの詩を引用したとは思えないが、人間というもの意識下では「自分のことをすべて知っている」はずだから、無意識とはいえ「自身の気持ち」を楽譜に添えて発表したものと考えてもよいかもしれない。それほどこのアンダンテ楽章は静かでありながら劇的な感情を奥底に秘めた名曲。

chopin_nocturnes_afanassiev0.JPG現在、名古屋駅前のインターネットカフェ「ラウンジ」に滞在中。
昨日は、三島にあるヴァンヴェール92番館にて「愛知とし子ピアノリサイタル」が開催された。知人のマンションに併設されている豪華なホール。バブル期に8億円かけて建設されたというその設備は一級品。全72席というこじんまりとした会場ながら主にクラシックコンサート用に計算されて造られているゆえ音響効果は抜群。コンサート自体も満員御礼の大盛況で、愛知とし子自身も余裕があったのだろう、響きの美しい彼女としては割合ゆったりとしたテンポの名演奏を聴かせてくれた。
基本的にはマンションの住人たちの福利厚生的な意味合いで設置されているホールだから、お客様も住人の方やそのお知り合いの方々がほとんど。家族連れ、赤ちゃん連れなど、それこそ老若男女を問わず、多くの方にご来場いただけ、感謝感激である。CDも随分売れたし・・・(笑)。
当日はプログラムをあえて用意していなかったので、2曲ごとにピアニスト本人が楽曲紹介をしながら進めてゆくというスタイル。

ちなみに、演奏曲目は次のとおり。
第1部
・パッヘルベル:カノン(愛知とし子編曲)
・ドビュッシー:月の光~ベルガマスク組曲
・マスカーニ:間奏曲~歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」(愛知とし子編曲)
・リスト:愛の夢第3番
・ショパン:ノクターン第20番嬰ハ短調(遺作)
・ショパン:バラード第1番ト短調作品23
第2部
・日本古謡「さくらさくら」ヴァリエーション
・童謡「夕焼け小焼け」
・シューマン:子供の情景作品15~①知らない国々②珍しいお話③鬼ごっこ④おねだり⑤満足⑥大事件⑦トロイメライ
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調作品27-2「月光」
アンコール
・モーツァルト:トルコ行進曲

2010年7月

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