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君は僕の命・・・

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「愛するクララ、昨日の朝早く、僕はおよそ20ページほどの音楽(いくらか新しいもの)を書きました。それについて僕が君に言えることは、それを書いていたとき、僕は喜びで笑ったり涙を流したりしたというだけです」。
(ロベルトからクララへの手紙)

「愛するロベルト、あなたにもう一度お目にかかりたいのですが。・・・あなたが何をお書きになっているのか知りたいのです。とても知りたいのです。どうか教えてください。四重奏曲ですか、あるいは序曲ですか、あるいはことによったら交響曲ですか。最初の手紙で知らせてください。ひょっとすると―結婚のプレゼントかしら?」
(クララからロベルトへの手紙)

「ここしばらくの間、私はある特別な考えを心に抱いていました。作品25は結婚のプレゼントにすべきだということです。ですから、できるだけ注意深く、品よくデザインした飾りのある装丁をお願いします。・・・私が大きな思い違いをしていないならば、これらの歌は、すぐに多くの人達の心をとらえ、歌われるようになるでしょう。これらの歌を聴いた人たちは誰でも、私にそう言います。そればかりでなく、作曲者はいつも、心から湧き出たものがどのような効果をもっているかを知っています・・・」。
(ロベルトから出版業者キストナーへの手紙)
「作曲家別名曲解説ライブラリー23◎シューマン」
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人はストロークを得られないと見事に意気消沈する。
やっぱり誰かに愛されている、必要とされている、受け容れられているという感覚こそが「生きる」力につながるのだ。

それにはコミュニケーションが、それも質の高い交流が必要だ。ここでいう「質」とはハイレベルの会話をするという意味ではない。感情を露わにするほどお互いが自己開示し、そしてじっくりと相手の話を聴き、受容するという姿勢をもつ「深く密度の濃い」交流のことをいう。

とはいえ、「否定されたくない」という想いから人は誰しも自身を隠してしまう。「受け容れられたい」という願望が強過ぎるあまり本当の自分自身をオープンにできない。それで壊れるくらいの関係なら最初からあってないようなものなのに。そんな関係ならば早いとこ解消した方が良い。
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1712年からロンドンに移住し、1724年に帰化したヘンデルは、1685年2月23日に生まれている。この日は実は、エルガーの命日でもある(1934年2月23日)。こんなことは全くの偶然に過ぎないのだが、エルガーを得意とした巨匠サー・エイドリアン・ボールトの「メサイア」が確かあったことを思い出して、棚から引っ張り出した。

もう4年ほどになる。毎夏、フィリピンのとある孤児院を訪問していた。当時の生徒たちが中心になって作ったボランティア団体の引率が主な仕事。1年をかけて皆で寄付金を捻出し、そのお金を持っていくことと子どもたちと実際に現地で触れ合う、ということが大きな目的だった。

ドイツのミッション系の孤児院であったため、牧師さん(Pastor)がそこにはいらした。気さくでとても優しい人柄の方。ある時、彼も音楽が好きだということで、しかもさすがにミッション系ということもありバッハやヘンデルの音楽が好きだという話で盛り上がった。その時の帰り際、包装された小さな袋を渡された。開けてみると、ボールトが指揮したヘンデルのメサイア(ハイライト)が入っていた。感謝と、僕の方からも帰国後お気に入りの音盤を送りますと伝え、別れた。
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実行の是非のタイミング、スイッチってどこにあるのだろう?例えば僕の場合、最も苦労するのは「集客」である。お客様が集まるか否か、もちろん主催する側の意思に左右されるのは当然なのだが、上手くいかないときの中止の判断をどのように下すかにいつも迷いが生じてしまう。社会貢献という観点から考えれば、どれだけ人数が少なくても実行に移すべきなのだが、ビジネスということを念頭に置くと、決して損をすることがないように事前に手を打っておかないと長続きしなくなる。なかなか難しい問題だ。

他者に依頼し、委ねることは大切だ。何でも自分でやってしまおう、何でもできると考えることは重要なことだが、他人の力を導入することで成果が2倍にも3倍にもなり得ることを考えると、単なる「器用貧乏」ということにならないようにせねば。とはいえ、逆に何でもやってもらおうという依存的な姿勢は成果につながらないばかりか最終的に人間関係を悪くしてしまう。

人は自身が思い描く目標に関しては、どんな立場であれ自ら手足を動かすことが重要だということがよくわかる。明らかに成果のあがるスピードと質が違うのだ。当然そこからは「充実感」も生まれてくる。何事も抱え込んでひとりでやろうとするのは良くないが、組織の中でひとりひとりが協力し合いながらベストを尽くす、そういう態度がチームを育てるのである。

中学2年生の感想

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昨年10月に静岡県小山町立小山中学校の2年生を相手に「キャリア教育研究会」の講師を務めたことは以前も書いた。半年が経過し、忘れた頃に生徒さん達の感想文が郵送で届いた。アンケートをとったものの評判が悪く、とても講師にフィードバックできたものではないなどの判断から送付できないでいるのだろうとか、当日の体験ワークが中学生に対して難し過ぎたのかなどと随分反省したが、近頃の公立学校の教員たちは多忙で、いわゆる枝葉の作業はどうしても後回しになるらしく、窓口になってくれた小山中学の先生に先日とある結婚式で偶然会った際に「すいません」と恐縮されながら、そういう事実を聞いた上で、おそらく今年もまたお願いすることになるだろうという話をいただいて少しばかり安心した。

当日は100名近くの生徒の参加があったが、送られてきた感想文は11枚なので1割ほど。ざっと読んでみると、13歳の子どもたちが提供した2つの体感ワークに対して真剣に取り組み、いろいろな気づきを得てくれていることがよくわかった。

「いつもはしないことをして、新鮮な気分でした。・・・発表をするときは恥ずかしくてなかなか手があげられませんでした。もっと勇気をもてばできると思いました。」

「わたしは今まで自分のことしか考えないで生活をしていたんだな、と思うと何かはずかしくなります。自分のことを考えるのも大切だけど相手のことを考えたうえで自分のことを考えるようにしたいと思います。・・・親に感謝しなければいけないことがたくさんあることにお話を聞いて気づきました。そしていろいろなことを学びました。」
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就職難とはいうものの前向きで素直な若者はすんなりと「居場所」を見つけて自身のキャリアのスタートを切る。学歴社会であることは間違いないが、最低限のパスポートを持っているなら多少なりともスキルを積み上げていたなら何とかなるものだ。それに、最終的にはやっぱり「面接」での印象が鍵になるようだから、早い時期からいわゆる「人間力」をブラッシュアップしておくことが大事。人は環境に極めて左右される。周囲のモティベーションが高ければ引き摺られるように動けるが、そうでないと悲惨なことになる。特に若いうちはシビアな職場で仕事をした方が良いというのはまさにそういう理由からである。

チャンネルをたくさん持つことが重要。情報が多過ぎても選択が難しくなるので困るといえば困るが、少ないよりはましである。今の時代、とにかく情報が集まらないと何事も始まらない。捨てる神あれば拾う神あり。
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あっという間に今年も晦日だ。2010年の新プロジェクトに向けミーティング。年末年始休みの間に叩き台を作り、年明け早々に再度打合せをすることに決まった。夢は大きく、そして一歩一歩着実に。

2009年を無事に過ごせたことにまずは感謝しよう。今年は企業向「新人研修」でもたくさんの方のお世話になった。また、秋からは都内の大学でのキャリア支援講座を担当することになり、こちらでも多くの方々との出逢いがあった。

そして、何より「ワークショップZERO」「早わかりクラシック音楽講座」を通じて新たに知己を得た方々、色々な面でご協力いただいた方々にもこの場を借りて心より感謝を表したいと思う。皆様、1年間ありがとうございました。来年もまたよろしくお願いいたします。

「自主」。辞書には「他からの干渉や保護を受けず、独立して事を行うこと」とある。ぶれない自分軸で揺るぎない生き方を創造する。ただし、それは決して自己中心的な生き方のことを言うのではない。「自由」。同じく辞書には「自分の意のままに振る舞うことができること」とある。それは、わがまま、勝手気ままなことを言うのではない。誰もがなりたい自分になれるし、やりたいことをできるようになるということだ。限界を設けないこと。そして、「自覚」。それは「自分の置かれている位置・状態、また、自分の価値・能力などをはっきり知ること」であるが、自分の役割を明確にするということでもあろう。さらに、「調和」。すべてこの世に存在するものはバランスだ。不要なものはひとつもない。こういうことを大事に来るべき2010年を迎え、過ごしたい。
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シューベルトは死の2週間前の1828年11月4日に、大理論家ジモン・ゼヒター(後にブルックナーの先生となる)に対位法のレッスンを受ける予定だったのだという。実際には、当時の体調不良から考えて受講は無理だったのだろうが・・・。
まだまだ自身の命が尽きるとは考えていなかったシューベルトは、弱点である「対位法」や「フーガ書法」についてより一層磨きをかけようと考えていたのだろう。常に努力を惜しまず、前に前に進んでいこうとする意思がこういうところからもみてとれる。
ジュリーニの演奏する「ミサ曲第6番変ホ長調D.950」を聴いていて、この美しいミサ曲がバッハの影響下に書かれたことは間違いないだろうことがよくわかる。当時のシューベルトにとってバッハとモーツァルトこそが心の拠り所ではなかったのか・・・(実際に交流のあった楽聖ベートーヴェンは別格的存在)。

19日(土)~22日(火)まで「音浴じかん」母校での音楽の授業のため妻が岐阜に帰省していた。それぞれのイベントはどれも大成功だったようで、来年は未就学児童&ファミリー向けのコンテンツがより一層話題になりそうな気配である。いよいよ愛知とし子の時代か?!(笑)
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成城のリトル・クローバーという素敵なお店。2月20日(土)に杉並公会堂小ホールで開催される「愛知とし子presentsファンタジー・シリーズ」にご協力いただける作家、心理カウンセラーの晴香葉子さんがオーナーのセレクト・ショップにお邪魔した。先日の「コラボレートコンサート」でお姿は拝見させていただいていたが、ご挨拶をしたのは初めて。NPOポジティブ心理学研究会を主宰されたり、来年の4月からは「銀座大人塾」で講師をされたり、とわずかな時間の少しばかりのお話しで俄然興味を抱かされた。彼女曰く「古典を読め」と。そのココロは「時代や国が違っても『恋愛』に関しての描写は不変なのだ」と。本を通じてひとりひとりが恋愛なるものをもっともっと勉強し、体感すれば世の中もっと明るくなるだろうにと。なるほど、2万人以上のビジネスマンが自ら命を絶ってしまうという世知辛い昨今において、自身を鼓舞し、前向きに生きさせる術は恋をすることが一番の「薬」なのかもしれない。首肯。
余談だが、晴香さんはこの年末年始のために42冊の本を用意しているいうこと。42冊?!どんなスピードで読むのだろうと吃驚した。おそらく速読の達人なのだろう。それにロシア文学やイギリス文学などにも造詣が深そうで、いつかゆっくりとそのあたりについてもお伺いさせていただきたいところである。それに、帰り際プレゼントまでいただいた。妻とお揃いのマフラー。お気遣いありがとうございました。

就職氷河期

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就職氷河期が続くようだ。転職希望者は多い。中には職を失い、必死で活動をする人もいる。もちろん就職先がまったくないわけではない。求人が皆無というわけではないのである。昔からいわれるように「選ばなければ」仕事はある。しかしながら、候補者と企業側のニーズがいまひとつ合わないというケースが続出する。マッチングが思ったように上手く進まないのである。どこの業界でもそうなのだろうが、今はじっと我慢し、「その時」を待つしかないのだろう。

若者からの相談が多い。会社都合というケース(倒産など)は致し方ないにしても、自己都合での退職というのは少し辛抱した方がいいのかもしれない。上司と馬が合わないなど大抵が「人間関係」のもつれである。環境を変えることも大切だが、自分が変わらないことには究極的な変化はない。いや、厳密には自分が変わらなくてもよい。少なくとも人間を理解し、受容、すなわちコミュニケーションの術を徹底的に学ぶことが重要なのである。

2010年9月

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