声楽曲の最近のブログ記事

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就職難とはいうものの前向きで素直な若者はすんなりと「居場所」を見つけて自身のキャリアのスタートを切る。学歴社会であることは間違いないが、最低限のパスポートを持っているなら多少なりともスキルを積み上げていたなら何とかなるものだ。それに、最終的にはやっぱり「面接」での印象が鍵になるようだから、早い時期からいわゆる「人間力」をブラッシュアップしておくことが大事。人は環境に極めて左右される。周囲のモティベーションが高ければ引き摺られるように動けるが、そうでないと悲惨なことになる。特に若いうちはシビアな職場で仕事をした方が良いというのはまさにそういう理由からである。

チャンネルをたくさん持つことが重要。情報が多過ぎても選択が難しくなるので困るといえば困るが、少ないよりはましである。今の時代、とにかく情報が集まらないと何事も始まらない。捨てる神あれば拾う神あり。
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あっという間に今年も晦日だ。2010年の新プロジェクトに向けミーティング。年末年始休みの間に叩き台を作り、年明け早々に再度打合せをすることに決まった。夢は大きく、そして一歩一歩着実に。

2009年を無事に過ごせたことにまずは感謝しよう。今年は企業向「新人研修」でもたくさんの方のお世話になった。また、秋からは都内の大学でのキャリア支援講座を担当することになり、こちらでも多くの方々との出逢いがあった。

そして、何より「ワークショップZERO」「早わかりクラシック音楽講座」を通じて新たに知己を得た方々、色々な面でご協力いただいた方々にもこの場を借りて心より感謝を表したいと思う。皆様、1年間ありがとうございました。来年もまたよろしくお願いいたします。

「自主」。辞書には「他からの干渉や保護を受けず、独立して事を行うこと」とある。ぶれない自分軸で揺るぎない生き方を創造する。ただし、それは決して自己中心的な生き方のことを言うのではない。「自由」。同じく辞書には「自分の意のままに振る舞うことができること」とある。それは、わがまま、勝手気ままなことを言うのではない。誰もがなりたい自分になれるし、やりたいことをできるようになるということだ。限界を設けないこと。そして、「自覚」。それは「自分の置かれている位置・状態、また、自分の価値・能力などをはっきり知ること」であるが、自分の役割を明確にするということでもあろう。さらに、「調和」。すべてこの世に存在するものはバランスだ。不要なものはひとつもない。こういうことを大事に来るべき2010年を迎え、過ごしたい。
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シューベルトは死の2週間前の1828年11月4日に、大理論家ジモン・ゼヒター(後にブルックナーの先生となる)に対位法のレッスンを受ける予定だったのだという。実際には、当時の体調不良から考えて受講は無理だったのだろうが・・・。
まだまだ自身の命が尽きるとは考えていなかったシューベルトは、弱点である「対位法」や「フーガ書法」についてより一層磨きをかけようと考えていたのだろう。常に努力を惜しまず、前に前に進んでいこうとする意思がこういうところからもみてとれる。
ジュリーニの演奏する「ミサ曲第6番変ホ長調D.950」を聴いていて、この美しいミサ曲がバッハの影響下に書かれたことは間違いないだろうことがよくわかる。当時のシューベルトにとってバッハとモーツァルトこそが心の拠り所ではなかったのか・・・(実際に交流のあった楽聖ベートーヴェンは別格的存在)。

19日(土)~22日(火)まで「音浴じかん」母校での音楽の授業のため妻が岐阜に帰省していた。それぞれのイベントはどれも大成功だったようで、来年は未就学児童&ファミリー向けのコンテンツがより一層話題になりそうな気配である。いよいよ愛知とし子の時代か?!(笑)
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成城のリトル・クローバーという素敵なお店。2月20日(土)に杉並公会堂小ホールで開催される「愛知とし子presentsファンタジー・シリーズ」にご協力いただける作家、心理カウンセラーの晴香葉子さんがオーナーのセレクト・ショップにお邪魔した。先日の「コラボレートコンサート」でお姿は拝見させていただいていたが、ご挨拶をしたのは初めて。NPOポジティブ心理学研究会を主宰されたり、来年の4月からは「銀座大人塾」で講師をされたり、とわずかな時間の少しばかりのお話しで俄然興味を抱かされた。彼女曰く「古典を読め」と。そのココロは「時代や国が違っても『恋愛』に関しての描写は不変なのだ」と。本を通じてひとりひとりが恋愛なるものをもっともっと勉強し、体感すれば世の中もっと明るくなるだろうにと。なるほど、2万人以上のビジネスマンが自ら命を絶ってしまうという世知辛い昨今において、自身を鼓舞し、前向きに生きさせる術は恋をすることが一番の「薬」なのかもしれない。首肯。
余談だが、晴香さんはこの年末年始のために42冊の本を用意しているいうこと。42冊?!どんなスピードで読むのだろうと吃驚した。おそらく速読の達人なのだろう。それにロシア文学やイギリス文学などにも造詣が深そうで、いつかゆっくりとそのあたりについてもお伺いさせていただきたいところである。それに、帰り際プレゼントまでいただいた。妻とお揃いのマフラー。お気遣いありがとうございました。

就職氷河期

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就職氷河期が続くようだ。転職希望者は多い。中には職を失い、必死で活動をする人もいる。もちろん就職先がまったくないわけではない。求人が皆無というわけではないのである。昔からいわれるように「選ばなければ」仕事はある。しかしながら、候補者と企業側のニーズがいまひとつ合わないというケースが続出する。マッチングが思ったように上手く進まないのである。どこの業界でもそうなのだろうが、今はじっと我慢し、「その時」を待つしかないのだろう。

若者からの相談が多い。会社都合というケース(倒産など)は致し方ないにしても、自己都合での退職というのは少し辛抱した方がいいのかもしれない。上司と馬が合わないなど大抵が「人間関係」のもつれである。環境を変えることも大切だが、自分が変わらないことには究極的な変化はない。いや、厳密には自分が変わらなくてもよい。少なくとも人間を理解し、受容、すなわちコミュニケーションの術を徹底的に学ぶことが重要なのである。
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くっきりと晴れたかと思うと、鬱陶しい雨。天気が安定しないが、表と裏があるようにこういう時こそ生きているんだという実感が湧くから面白いものである。ここのところしばらく、時間が許せばチャイコフスキーの「マンフレッド」交響曲を聴いている。聴けば聴くほど、なぜ作曲者本人が納得しなかったのかわからなくなるほどの深い内容を湛えた名作であることがわかる。確かにこの標題交響曲が舞台にかけられることは少ない。後期の3つの交響曲が相当なポピュラリティーを獲得していることを考えると、第4番と第5番の間に書かれているこの音楽が聴衆に受け容れられ難いのは不思議なものである。
この楽曲が、イギリスのロマン派詩人バイロン卿の劇詩「マンフレッド」にインスパイアされて書かれた標題音楽であることがそのハードルをあげているのか、それとも1時間近くに及ぶ長大さに問題があるのか。19世紀末の初演当時のことを考えるとおそらくそういう推測も成り立とうが、少なくともベルリオーズの「幻想交響曲」に影響を受けていること、そしてそのベルリオーズの交響曲が当時から十分に受容されていたことを考え合わせると、この事実は簡単に理解できない。チャイコフスキー独特の甘いメロディ、オーケストラの色彩感など「幻想」に比しても決して引けをとらないものだと思うし、一度「わかれば」病み付きになるような魅力をもつ音楽だと思うから。

猫に小判

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今月下旬、第33回目となる「早わかりクラシック音楽講座」ではシューベルトを採り上げる。600曲以上のリートを残した彼は歌曲王の異名をとる。小中学校の音楽の時間でも歌われるポピュラーな音楽をたくさん創作しているが、僕の場合、遠い過去の記憶を辿ってみると、シューベルトの音楽との衝撃的な出会いはやはり「未完成交響曲」とのそれということになる。この未完成のロ短調交響曲はなぜ未完のまま終わったのかわからない。音楽界七不思議の「謎」のひとつといってよかろう。
ところで、新潮文庫の「シューベルト」を久しぶりにひもといてみて、1822年、25歳の青年が創ったこのシンフォニーの作曲とほぼ同時期に書かれた「ぼくの夢」という自叙伝のスケッチ断片に目が留まった。

「ぼくはたくさんの兄弟姉妹の中の男の子だった。お父さんも、お母さんも、良い親だった。いつかお父さんはぼくたちを遊園地につれていってくれた。兄さんたちは大いにはしゃいだけれど、ぼくは悲しかった。それからお父さんはぼくに、すてきなご馳走を、喜んで食べろと命令した。でもぼくはそれができなかったから、お父さんは怒って、ぼくに消えて失せろといった。
そこでぼくは自分の道を歩み出し、別れるものへの愛で胸を一杯にしながら、遠くへさすらい出た。長い年月、ぼくは苦しみと愛とで、二つに引き裂かれるように感じていた。・・・」

「カラー版作曲家の生涯 シューベルト(前田昭雄著)」(新潮文庫)

歌曲集「子ども部屋」

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キャリア・カウンセラーの資格を取得して丸2年経つが、資格を失効しないために「継続学習」なるものが必要になる。3年間でキャリア・カウンセラー協会が「学習」として認める講演会や研修に最低45時間分の参加を義務付けられるのだ。こういうことは地道にフォローしていれば全く問題ない。本日も千葉県の某大学にて90分の面接対策講座の後、新橋のリクルート・ビルにて慶應義塾大学、花田光世先生の講演会。題して「キャリアアドバイザーの役割パートⅥ:『展開できたらいいな』から『展開すべき』キャリア自律を考える」。

いわゆる大学の先生のアカデミックな講義というのは得てして面白くない。一方通行なのである。残念ながら今日の講演会も申し訳ないが眠かった。(比較するわけではないが)僕はといえば、少なくとも学生に向けての授業において「寝させないように」いつもコミュニケーションのキャッチボールを心がけるようにしている。とにかく意義ある、そして参加した人に喜んでもらえる「お話」をすることが大事である。
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松下幸之助氏は、成功の秘訣として「誰もができることをずっと継続してやっていくこと」とおっしゃっている。どんなに厳しい時も決して諦めず、その時にできることを最大限の努力で続けることが大事なのだと。軸をぶらさず、信念を貫き、コツコツととにかく前に進むこと。それしかない。

どんな境遇にもめげることもなく、自身の才能を信じて、その時々に能力を発揮して、最高と自負する作品を生み出し続ける。歴史に名を残す偉大な人々というのは誰もがそういう性質を持っているものなのだろう。このところサン=サーンスを初め、フランス近代音楽をあれやこれや聴いてきた。そういえば合唱音楽は今回の講座のために聴かなかったと思い出し、久しぶりにガーディナー&モンテヴェルディ合唱団が録音したサン=サーンスやフォーレ、ドビュッシー、そしてラヴェルの合唱曲が収録されている音盤(メイン・プログラムはフォーレのレクイエム(オリジナル版))を聴いてみた。無伴奏合唱曲(伴奏が入ってもせいぜいオルガンや小規模の弦楽器)というのは本当に安心感がある。それにまた、フランス語の何ともいえない響きが輪をかけ心を落ち着かせる。

Souvenir

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昼前、所用で蔵前あたりをぶらっと散策したが、目抜き通りにはいかにも老舗というお店があちこちに点在し、江戸の情緒をほんの少しだが感じさせる風情が何ともいえない。休日だからか車の往来も少なく、本当ならもう少しゆっくりしてもよかったのだがそうもいかず。

ウィーンからのお土産が届いた。アントン・ブルックナーがリンツの新大聖堂にある奉納礼拝堂落成の祝典のために創作したモテット「この所を創り給うたのは神である」をドプリンガー社が一般公開用に写真複製したいわゆる手稿譜。
ブルックナーの宗教音楽、特にモテット集に関してはマルティン・フレーミヒ指揮ドレスデン十字架合唱団盤を愛聴するが、わずか2分半ほどのこの「Locus iste(この所を創り給うたのは神である)」は中でも清澄な美しさをもつ傑作である。

Locus iste a Deo factus est inaestimabile Sacramentum; irreprehensibilis est.
この場所は、神の創りたまえるところ。比類なき秘蹟は、決して誤ることなきものなり。

2010年1月

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