一昨日の記事に雅之さんからコメントを頂き、早速「現代ギター」8月号を探しに歩いた。というより、たまたま表参道、銀座方面に所用があったので、河合楽器、山野楽器に寄っただけなのだが、既に9月号が店頭に並んでおり、残念ながら手に入れることができなかった。
その旨雅之さんにメールでお伝えしたところ、当該ページをご丁寧にファックスでいただいた。お忙しい中、勝手なお願いにもかかわらず素早い対処に感激している。毎々ありがとうございます。
この記事、「シューマン夫妻とブラームスの『闇』について考える」ということだが、さすがに『闇』がテーマであるだけに実に物々しく、重い。確かにこの三者の間には一般的に知られた歴史的事実と、どんなに学者が研究をしようとも最終的には推測の域を出ない想像があり、これまでも様々な考えが発表されていると思われるが、いずれにせよ後世の我々にどれが正しいのかを計る術はまったくなく、どんな意見、考察が出てきても興味深く読める。
その旨雅之さんにメールでお伝えしたところ、当該ページをご丁寧にファックスでいただいた。お忙しい中、勝手なお願いにもかかわらず素早い対処に感激している。毎々ありがとうございます。
この記事、「シューマン夫妻とブラームスの『闇』について考える」ということだが、さすがに『闇』がテーマであるだけに実に物々しく、重い。確かにこの三者の間には一般的に知られた歴史的事実と、どんなに学者が研究をしようとも最終的には推測の域を出ない想像があり、これまでも様々な考えが発表されていると思われるが、いずれにせよ後世の我々にどれが正しいのかを計る術はまったくなく、どんな意見、考察が出てきても興味深く読める。
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人間の最小単位は「個人」ではなく「家族」である。両親の仲が良いこと、たとえ年に数回であっても家族で旅行なり外食なり、団欒の機会があること。楽しく面白く過ごせる環境が揃っていることで「絆」が深まる。そもそも子どもの立場からしてみても、深い「絆」があり、信頼関係があればグレようがない。多少の悪ふざけはしてみても一線を越えることができようはずもない。細かくリサーチしたわけではないが、昨今の親子の事件の裏には家族間の「絆」の深度の影響があるのではないだろうか。




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