迷っているとき、人は誰か(何か)に後押ししてもらえる瞬間を待っている。4年前仕事を辞めるとき、僕自身もたくさんの友人から「きっかけ」をもらった。そして、内なる声が「これでいいのです」と自分に語りかけてきたとき、ようやく決心がついた。後先考えず、その決断でいいのか迷いながらも恐る恐る足を踏み出した。
美しく明るい月。満月の夜に聴くベートーヴェンの音楽は格別だ。特に、深い内容を湛えた最晩年のカルテットの世界は、満ちても欠けても美しさを決して失わない神秘的な月を想起させる。最後の弦楽四重奏曲作品135は、そのフィナーレに意味深な言葉が掲げられている。「ようやくついた決心」という標題、そして「そうあらねばならないか?」、「そうあらねばならない」という言葉。後年の研究者を悩ませることになるこれらのフレーズは何を意味するのか?
当時、ベートーヴェンは、自分自身の命があとわずかで尽きるとは思ってもみなかったはずだ。一般的には、死を悟った作曲者の諦観の極地の世界が表出されているようなことがいわれるが、そんな話は後付に過ぎない。作曲家はまだまだ精力的に活動しようと思っていたのではないか・・・。つまり、それまで「あくまで自分自身を演じてきた」ベートーヴェンがようやくその年にして「ありのまま、自然体」を表現できる余裕が生まれてきたことを悟ったということだ。そう、"Es muss sein."は「ありのままに生きよう」という決心なのである。



午前から夕方、多治見や中津川を移動し、打ち合わせ等。
勝川での1日セミナーが無事終了した。




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