管弦楽曲の最近のブログ記事

世紀の邂逅

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ピアニスト、バーンスタインは自由闊達でノリがよく、洒落た演奏を聴かせてくれる。さすがに一世を風靡したミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」の作曲家らしく、聴かせどころを押さえており、大衆へのサービス精神を忘れない心構えがかっこいい。
そういえば、若い頃の彼の指揮は映像でも残っているが、台上で飛び跳ねたり、お尻を振ったり、最近流行のグスターヴォ・ドゥダメルがまだまだ「ひよっこ」に思えるほどそのパフォーマンスが堂に入って、まさに生まれながらのエンターテイナーなんだということがよくわかって面白い。ただし、ドゥダメルに関しては、評判のCDをきちんと聴いたこともなく、先日NHKで放映された来日公演の、それもアンコールで「のだめ」のSオケさながらのアクロバティック・パフォーマンスを観たに過ぎないからこれ以上の言及はできないけど。そういえば、「のだめ」のアニメやドラマでSオケが学園祭で仮装コンサートをやったシーンがあったのを思い出した。ピアニカ入りの特別編成版での「ラプソディ・イン・ブルー」。なかなか刺激的で面白かった・・・。

情熱の国スペイン

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情熱の国スペイン。池川兄弟・兄のヒロさん(池川寿一氏)によるフラメンコ・ギターを聴いた。スパニッシュ・ギター一本での「うねり」のある熱いパフォーマンスとバイレ、ローラさんの迫真のフラメンコ・ショー。生演奏ではほとんど初めての体験に近いと記憶するが、ラテン民族、特にジプシーのもつ力強さと、哀愁感が入り混じった心の襞にこびりついた汚れを掃除してくれるような爽快感をもたらす超近接ライブだった。

下北沢フェアグラウンドで催された「ベルビュー・サロン#1」にお邪魔する。友人のちっきー君が「スクーリング・パッド」で得たネットワークを中心に見知らぬ様々な人々が行き交う場を提供しようと始めた会の第1回目。有機野菜を中心の美味しい「野菜料理」を存分にいただき、これまた美味しい赤ワインに舌鼓を打ちながら、初対面の方々と楽しく交流させていただいた。こういう方々が集まる場所は本当に熱い。ちっきー君、ありがとう。また機会をみて参加したいと思います。

TANNOY Stirling/HW

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雪混じりの都心の午前。今日はまる一日「引越し」作業に追われた。軽トラックをレンタルし、向かう先は二子玉川の知人宅。以前ブログで書いたように、ご自慢のオーディオ装置一式をついにいただける日が来たのだ。スピーカーはTANNOYのStirling/HWとMayfair(これだけでもう70万円相当)。それにアンプがAccuphaseのE-305、他にもアナログ・プレーヤー、CDプレーヤーなどなど。しばし歓談後、喜び勇んで家路に向かったが、自宅がエレベーターなしの4階にあるものだから、搬入が予想以上に大変。何せスピーカー1本が30kgくらいあるのだから、これらを担ぎ上げながら上り下りを都合5回ほど。さすがに一人では運び切れないだろうと予想し、事前にH君に搬入だけ手伝ってもらえるようお願いしておいたが、大正解。本当に助かりました。感謝です。

それにしてもこれほどの筋力トレーニングをしたのはいつ以来だろう(笑)。とにかく身体中の筋肉に乳酸が溜まっているのが明らかで、だるくて仕方がない。何もやる気が起こらないくらい「疲労」してしまっている(昔、部活動などで猛練習をした後の疲労感と同じ)。まぁ、体が相当鈍っているということなのだろうから、これを機に多少の運動を日々課す事にしてもいいのだけど・・・(先日の健診では骨密度が平均より多少低いと指摘されたこともあるし・・・)。
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要らない書籍を処分しようと本棚を整理した。2年前引っ越す時に、漫画本などほとんど読まなくなったものをおそらく1000冊近くBook offに売ったが、査定が相当厳しく大した金額にならなかった。今回はAmazonなどを使ってみようかと思っているが、不要な書籍のほとんどは、おそらく一過性の、つまりその時代、その時期に流行った啓発本や社会・経済・政治絡みの評論書だったりするので、一方で欲しい人なんていないだろうとも考え、いっそのことゴミ箱行きにしてみてもいいのかなとも思っている。果たしてどうしたものか・・・。

「思い込み」というのは恐ろしいものである。社会に適応するのが苦手な人に限って「思い込み」が激しい(逆に、そうだから適応性が低いんだろうけど)。会話をしていても、実はあまり聴いていないことが多い。勝手な憶測でモノを言う。人に伝わる間に、推測が推測を呼び、勝手な尾ひれをつけ、とんでもない話になっていることもよくあることだ。勝手に想像しないこと。そして、他人の話はよく聴くこと。そう、まさに「傾聴」である。

決めること

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人生はすべてが選択の連続。「決める」ことが大事。
先週末の2日間、福岡でのセミナーを開催したが、少人数ながらご参加いただいた方々に喜んでいただけたようで本当によかった。ほんの一瞬延期するかどうか迷ったものの、本来の目的に還り、ひとりでも多くの方に変化のきっかけと気づきを与えられるならと、腹を据えてやってみてよかったと心底思える。
物事を実行する時には、様々な障害や問題が行く手を阻む時がある。あるいは自己利益を最優先するあまり目的・初心を忘れることもある。何のためにやるのかを都度顧みてひとつひとつ大事に行動することにしよう。

今回のセミナーには、M君という学生が参加した(彼は4月から新社会人だ)。彼の口癖は「どっちでもいいです」。セミナーの第一日目が終了したあと、3人で食事に行くことになり、「一緒に行くか?」と聞いたら「どっちでもいいです。」と答える。「じゃあ、帰れ」と言ったら、「行きます」と言ってついてきた(笑)。
行きたいなら最初から行きたいって言えばいいのに、自分の意思を明確にすることを敢えてしないのか、年上を前に緊張して遠慮しているのか、それとも本当に「決められない」のか、曖昧な返答はもどかしい。責任を回避しているかのような答だからだ。おそらく、今までの人生でそういうパターンを繰り返してきたんだろうから、そのあたりを責め立ててもいけないのだが、何だか、遠慮と意思を明確にしないことを混同しているようなので、「どっちでもいいです」という言い方はこの際やめるようアドバイスしておいた。
faure_plasson.jpg今年も大変お世話になりました。
まもなく2009年。来年はより一層の飛躍の年にしたいと心密かに思っております。どうぞよろしくお願いします。

これから旅に出る。といっても岐阜県、滋賀県方面。そう、いわゆる帰省。上京してかれこれ26年。「帰って来い」というお盆には決して帰らなかった親不孝者の僕も年末年始は必ず実家に帰り、親兄弟、親戚と顔を合わして一家団欒を過ごした。何だかんだ言いながら、ほっとする瞬間であったことを白状する。若い頃は血縁などというのは逆に鬱陶しいもので、「独りで居る」ことを粋がっていたが、歳をとるにつれ、身近な人の大切さがよくわかる。ありがとう。そしてこれからもよろしく。

出発前に聴くフォーレの管弦楽曲集。フランス楽壇の名手たちの奏でる愁いを帯びた優しい旋律が身に染みる。

運動音痴?!

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昨晩は10数年ぶりにボーリングというものをやってみた。歌舞伎町で旧知の仲間たちが忘年会をやっていると聞き、少々遅れて合流。宴終了後、そのままコマ劇近くのボーリング場になだれ込んだ。すっかりルールなどは忘れてしまっているものの、感覚的には意外に健在、スコアも105と、この年齢でしかも運動音痴の身としては随分健闘した方だろう。それにしてもスポーツ、それも「球」を扱う団体競技は昔から大の苦手で、中学生の頃は部活をいかにサボるかばかり考えていたことを思い出す。もちろん高校の時はクラブ活動には属さず、いわゆる「帰宅組」。勉強しなければいけないので部活などやってられないなどと態のいい言い訳をつけて、結局は運動というものから逃げていた自分に今さらながら気づく。青年期のいわゆるスポーツ活動を通して人間は人間関係や目標達成などを学んでいくものだから、大事な時期に大事なことをやってこなかったことは僕自身の大きな欠点として後々随分尾を引いた。
例えば、目上の人たちへの接し方。あるいは明確な目標を設定し、それに対してとことん固執してやり遂げるということ。ちなみに、個人として「目標」を決め、成果を挙げることは極めて得意。それがチームをまとめるとなると勢い苦手になるのだから、マネージャー向きではないのか・・・。

自然の叡智

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人間が智の限りを尽くした創造物も自然の叡智には決して敵わない。

朝、起き抜けにサンソン・フランソワの弾くラヴェルのピアノ曲全集を聴いていて、まるでオーケストラを聴くような錯覚にとらわれた。46歳という若さで早世したフランソワは、真の芸術家タイプのテクニシャンだったそうだが、彼の弾くショパンを含めたフランスものを耳にすると、本当に惜しい逸材を世界は早くに無くしてしまったのだと痛感する。同盤の解説書の中で今や懐かしき三浦淳史氏が書かれているのだが、フランソワは録音に際して、ほとんどみな一発録りだったという。今の時代のライブ・レコーディングとは違い、1960年代のあの当時にそういうスタンスで音楽活動を繰り広げていたとなると、大変なテクニックと自信だったんだろうと推測できる。なぜかくもフランソワの演奏が魅力的なのか・・・?確かな技術に裏づけされた一瞬一瞬を大切にした感覚的な「芸術」だから。そう、計算がないのである。いや、その言い方は語弊がある。計算の上に加味された絶妙な即興性がバランスよくものをいっているのである。
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何とイーヴォ・ポゴレリッチの来日公演中止というお知らせが突然送られてきた。どうやら本人の急病ということらしいが、納得のゆくベストの状態で我々の前に姿を見せることができないと判断した上での決定なのだろう(実際に病気なのかもしれないが)。こういう個性的なアーティストは皆そうだと思うが、とにかく自分自身の精神状態を重視する(自己管理がしっかりしており、お金儲けに目が眩んで決して無理をしない)。それは最高のサービスをするためには自分の状態が最高潮でなければならないということでもあり、できるときはやる、できないときにはやらないという白黒はっきりさせる潔い態度が逆に好感持てる。2年ぶりの公演だったゆえとても楽しみにしていたのだが、こればかりはいたしかたない。何とも素敵な(?)クリスマス・プレゼント第1弾。
イブのひと時「童心」に戻って過ごそうと、昼から「東京ディズニーシー」を訪れた(似合わないなぁ・・・笑)。素敵なクリスマス・プレゼント第2弾。都合8時間ほどのんびりゆったりと楽しく過ごすことができた。まずは、アメリカンウォーターフロントでのショー「オーバー・ザ・ウェイブ」。次に、アラビアンコーストのアトラクション「シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ」を軽く。そして、おすすめのロストリバーデルタでのショー「ミスティックリズム」を堪能し、さらにアトラクション「レイジングスピリッツ」と続き、最後はメディテレーニアンハーバーで行われた「キャンドルライト・リフレクションズ」。とてもきれいでした。
しかし、さすがに疲れた。あれだけ大勢の人たちに囲まれていたということもあるし、ほぼ立ちっぱなし、歩きっぱなしの状態だったので当然か。もうしばらくは来なくていいかな、という感じ。やっぱり人工的な「造りもの」感は否めない。悠久の時間を体感できる「自然」に勝るものなし。こういう日は生で名演奏を聴いて癒されるのが一番だが、さすがにそうもいかない。

2010年9月

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