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心のこもったもの

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新木真理子アフタヌーン・コンサート。5年の歳月をかけて練り上げる予定の「ロシア・チェロ・ソナタ・リサイタル(勝手に僕がつけました)」の手慣らしとして、まずはショスタコーヴィチのソナタをメイン・プログラムに据えたマチネである。

・J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第6番ニ長調BWV1012
休憩
・バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
・ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタニ短調作品40
アンコール~ラフマニノフ:ヴォカリーズ
新木真理子(チェロ)
愛知とし子(ピアノ)
スタジオ・ヴィルトゥオージ(新大久保)

演奏者本人はどうやら納得いかない様子だったが、ショスタコーヴィチは真によかった。技術的に問題になる箇所はあったのだろうが、いわゆる「プラウダ」批判を受ける前後に書かれた名曲だけに、当時の作曲者の「安定」とも「不安定」とも判じ難い状態が手に取るように「わかる」演奏だったと僕は思う。そう、心の揺れ、微妙な軸のぶれ、それこそが若きショスタコーヴィチの「心」であり、「ありのまま」の姿なんじゃないかと共感できた。心のこもった贈りもの、そんなニュアンスの名演奏だったと断言する(緊張のあまり、第3楽章で本来つけるべき弱音器を付け忘れてしまったらしいが、そのあたりはご愛嬌である)。
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本日は晴天で12月とは思えない生暖かさ。
所沢市民文化センター・ミューズ・アークホールで開催されたワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団のコンサートに出掛ける。6月のクリスティアン・ツィマーマンのピアノ・リサイタルに引き続き、2度目の所沢。何せ吃驚するほどチケットが安い。満員の聴衆はそのほとんどが東京からの来場ではないかと思われる。
楽団員が袖からステージに出てくると、小気味良い緊張感に溢れる会場からポツポツと拍手が聞かれる。オーケストラのチューニングが終わると、ゲルギエフの登場。当然万雷の拍手である。今回は偶然にもオール・ロシアン・プログラムということで、しかも2月の「愛知とし子presentsロシアン・ファンタジー」でも演奏されるムソルグスキー作曲組曲「展覧会の絵」が演奏されるものだから、数日前から楽しみで仕方がなかった。

ゲルギエフの雰囲気が随分変わったことが印象的。語弊のある言い方だが、以前はある種「不潔感」(笑)が漂っていた彼が、少なくとも外見上一皮も二皮も剥け、清潔感抜群の紳士に成り代わっていたことがまずは驚き。しかも、指揮棒を携えての登場なのだ。
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近藤恵三子画伯から嬉しいメールをもらった。
彼女と出逢ったのは1年ちょっと前。当時既に日本画家としてアトリエを構え、日々制作に励んでいたものの、まだまだ一本立ちする自信もなく、どこか燻ったような状態のようだったか。ともかく僕にはそう見えた。
でも、彼女の立派なところは、アドバイスをすると直感的に、かつ即行動するところ。ともかく自身を開放し、自分軸を定めるためにセミナーを薦めた。そして、彼女にとって2009年は「ワークショップZERO」に参加することからスタートした。

1年ほど前、初めてお会いしてから私の人生はぐ~っと充実したものに変化し、東京での活動の基盤まで出来つつあります。これは岡本夫妻に出会っていたからこその今の私です。・・・感謝の気持ちでいっぱいです。・・・セミナーに始まり、コラボコンサート、・・・他にも色々ありますが。たくさんの出会いや、私自身の意識の変化は・・・・自分でもビックリするほど。出会えたタイミングもばっちりだったのですね。

チャンスは誰の前にも転がっている。でも、そのチャンスをモノにできる人と見逃す人がいる。行動力って大事だ。僕の方こそ「ありがとう」とお礼を言いたい。
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昨日までとうって変わって、晴れ渡る青空。
3日間に亘る「愛知とし子×近藤恵三子コラボレートコンサート」が好評裡に無事終了した。最終日となる本日は好天に恵まれ、かつ日曜日の午後ということも相俟って一席の猶予もないほど超満員御礼という状況で、一時は席が間に合わなかったらどうしようと冷や冷やしたほど。お蔭様でご来場いただいた皆様に喜んでいただけたようで、終了後のミニパーティーも盛況であった。音楽好きのお客様が多かったようで、最後には涙しながら傾聴いただいたお客様もいらしたほど。今日は僕も途中のリスト以外は全曲しっかりと聴かせていただいた。

・ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
もう何度も演奏会や「音浴じかん」で披露している愛知とし子の十八番だけあり、堂に入った揺るぎない名演奏。

・ラヴェル:水の戯れ
20世紀初頭に作曲されたラヴェルの代表作であり、100年後の今聴いても非常に前衛性を感じさせる傑作。テクニック的にも難度の高い音楽だが、本日の愛知の演奏は3日間のベストであったように思う。秋深い午後のひと時にかのようなサロンにてじっくりゆっくりと耳を傾けるに相応しい音楽。
091113salone_fontana.jpg今日も一日拙宅では無音の日。
夕方、成城学園前に向かい、プログラムにチラシを挿んだり、受付の準備をしたり、コンサート前の事前準備。近藤画伯の日本画も美しく見事にディスプレイされている。
サローネ・フォンタナ。成城の高級住宅街の片隅に位置するまさに知る人ぞ知るサロン。かのイェルク・デームスのためにとあるパトロンが私財を投じて造ったという音響効果抜群のこの小さな館は、外側から見ると普通の邸宅。しかし、ひとたび中に入るやオルガンまで設置されたヨーロッパ調の立派なホールとして来る人の目を大いに惹きつける。

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国立楽器北口本店コンサートフロアで開催された音楽の森「フランス音楽の夕べ」第2夜。100名の無料ご招待ということで、満員の会場は皆この日を待ちわびたかのような熱気に溢れていた。プログラムは2部構成で、第1部が新進の女流ピアニスト、マリラン・フラスコーヌによるショパン、ラヴェルほかの演奏、そして第2部が「from H to H~ハイドンからハイドシェックまで」と題するエリック・ハイドシェックによる演奏。もちろんお目当てはハイドシェックだったのだが、フラスコーヌというピアニストの力量を目の当たりにするや、彼女の将来がとても楽しみになった。ともかく鋼鉄のようなフォルティッシモから繊細なピアニッシモまで10本の指が縦横無尽に鍵盤上を駆け巡る様は見事としか言いようがなかった。

司会:末高明美(ピアニスト、洗足学園音楽大学講師)
使用ピアノ:ベーゼンドルファー モデル225
会場:国立楽器北口本店コンサートフロア
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東京日仏学院主催のエリック・ハイドシェック・ピアノコンサートに行く。てっきり先月のツアー以降日本に滞在されているのかと思っていたが、どうやら違ったよう。昨日パリから東京に戻ったのだと。ご多忙である。
さすがにほとんど告知されていないサロン・コンサートというノリのリサイタルであったゆえ、かしこまらず演奏者、聴衆ともどもリラックスした雰囲気の中で開かれたいかにもハイドシェックらしい演奏会。もちろんこのフランス語学校のエスパス・イマージュというホールは初めて。ホールというより、基本的には映画などを観るための視聴覚室的なこじんまりとした部屋なのだが、ともかくデッドな響きで、細かい音の隅々までが明らかになる。これは「今」のハイドシェックにとっては不都合だろうが、そんなことには委細構わず当のエリックはプログラムどおり淡々と音楽を進めてゆく。

定刻。主催者がフランス語で何やら挨拶(通訳が入ったので理解はできた)。それに、観客は普通にフランス語を解せる人が多いようで、途中のエリックのスピーチも普通に笑い声が漏れたり、和気藹々とした雰囲気。さすがにいつもの彼のコンサートに馳せ参じる面々とは層が違うようだ。
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少しずつ秋が深くなる。ここのところ天気が良いが、夜は少々雨が降った。慈雨である。

今宵、金昌国氏が主宰するアンサンブルofトウキョウの定期演奏会に出向く。秋の夜長に相応しいバロック音楽の夕べ。しかも、なかなかセンスのある選曲で2時間弱という時間を大いに楽しめ、日常の疲れを癒してくれる効果が十分にあった。チェンバロとチェロとを通奏低音にしたこういうコンサートはいつ以来だろうか?もう10数年ご無沙汰かもしれない・・・。

内容は、予想以上に素晴らしく、感動した。出演者のひとりが事情により急遽変更になったとのことで、代理出演された氏は大変だったろうが、アンサンブルもしっかりとし、申し分のない演奏を聴かせていただき、同行したK女史にも満足していただけたようだ。

プログラムは下記の通り。

第1部
・J.S.バッハ:フルート、ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタト長調BWV1038
・J.S.バッハ:オーボエ(チェンバロ)協奏曲ヘ長調BWV1053
第2部
・ヘンデル:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ作品1-13
・J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調BWV1051
~アンコール~ブランデンブルク協奏曲第6番第3楽章
金昌国(フルート&指揮)、アンサンブルofトウキョウ
佐原敦子(ヴァイオリン)、荒巻美沙子(ヴァイオリン)、長谷川彰子(チェロ)、菊池百合子(チェンバロ)ほか
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今宵、知人の招待で上野の東京文化会館で開催された「ウィリアム・ウー メモリアルコンサート」に妻と行く。ウィリアム・ウーという音楽家の名前は初耳で、当然経歴やその芸術などに関して何も知らないままの参加となったのだが、どうやら今年1月に急逝されたテノール歌手らしく、ピアニストであるご令嬢が中心になって開催にこぎつけた追悼公演だったようである。

プログラム
前半
・ウィリアム・ウー記録フィルム上映
後半 
・ショーソン:詩曲作品25(ピアノ伴奏版)
・チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲イ短調作品50「ある偉大な芸術家の思い出」
~アンコール
・マスネ:歌劇「タイース」~瞑想曲 
村田穂積(ヴァイオリン)、村田桃子(ピアノ)
・シューマン:献呈(リスト編曲ピアノ独奏版)
アリーナ・ウー(ピアノ)

アリーナ・ウー(お話とピアノ)、斉藤和久(ヴァイオリン)、中村潤(チェロ)
ゲスト 村田穂積(ヴァイオリン)、村田桃子(ピアノ)
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光と熱。自然の恵み。近頃太陽が美しい。特に昨日見た「お天道様」は一際温かく輝かしかった。
今夜、紀尾井ホールで観たエリック・ハイドシェックのリサイタルもまさに「光」と「熱」を帯びた、老齢の紳士による音楽ファンへの温かいプレゼントだった。一時の勢いはさすがにないものの、相変わらずのキラキラしたピアノの響きは健在で、熟れ頃の果実がもつ豊潤な薫りと散り際の花々が最後の輝きを放つような「侘び寂」、枯れた味わいをあわせもつ名演奏が繰り広げられた。
さすがのハイドシェックも歳には勝てぬのか、プログラムはいつもより1,2曲分ほど短めで、アンコールを6曲演奏してくれたものの20分の休憩を挟み、合計1時間45分足らずでリサイタルは終了した。

・ハイドン:ピアノ・ソナタ第59番変ホ長調HobⅩⅥ:49
普段僕が聴きなれているホロヴィッツの演奏とは別の曲のように聴こえる冒頭から既にハイドシェック節。ハイドン後期のこの傑作が明らかにベートーヴェンに影響を与えたのだろうか、例の「運命」動機が見え隠れする。そのあたりの機微を明確に知らしめてくれるハイドシェックのピアノの魔法に一気にかかってしまう。第2楽章アダージョ・エ・カンタービレの美しさはいかばかりか。そして、フィナーレのメヌエットの軽快で明るい響きは愉悦のひと時を僕らにもたらしてくれる。

2010年9月

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