クラシック音楽の最近のブログ記事

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「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう」(マーカス・バッキンガム&ドナルド・O・クリフトン著)には、カバーの裏側にIDが記されており、インターネットにアクセスし、そのIDを使って「ストレングス・ファインダー」に挑戦してみると、自分の5つの「強み」が詳細に分析されてレポートされるしくみになっている。昨日の「ポジティブ心理学講座」では、晴香先生からこの「強み」についての解説をいただいたが、なるほど確かにその通りで、先生のおっしゃるように「自分のことを(それも活かすべき強みを)知る」には最強最適のツールだと感心した。
ちなみに、僕の場合は次の5点が挙がった。
①「包含」
人は基本的に皆同じであるという確信のもと、誰をも受け容れようとする。
②「運命思考」
人々が互いに結びついていることを確信し、思いやりと受容力がある。
③「最上思考」
平均以上の何かをより高いものにすることに胸が躍る。
④「親密性」
既に知っている人々とより深い関係を築くことに注力する。すなわち親しい友人のそばにいてこそ大きな喜びと力を得る。
⑤「共感性」
周囲の人々が感じていることを、自分自身の気持ちであるかのように感じることができる。

好きで向いていること

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先週に引き続きポジティブ心理学講座基礎講座の2回目。「自己理解と環境設定」というテーマでとても意義深い時間を過ごさせていただいた。知らなかったこと、初めて聴くことがたくさん。例えば、「好きで向いていること」に出会って、効率的に努力すると、大きく夢が叶うのだと。しかも、統計的に小学校4年生から6年生の時(つまり10歳から12歳)に好きで一生懸命取り組んでいたことが、大人になって芽が出る確率が高いということで、親がその時期に「子どもが何が好きで何に向いているのか見つけてあげられるかどうか」が、その子の将来を大きく左右するということになるらしい。そういえば、イチローも石川遼も、あるいは浅田真央もすでにその年齢の時に親が才能を見抜き、それぞれの世界で並はずれた才能を発揮し始めていたようだから、その話も頷けるというものだ。

晴香先生曰く、ゴールデン・エイジといわれるこの10歳から12歳という時期に多くの子どもたちを塾に通わせて勉強一色にしてしまわざるをえない世の中のしくみに今の教育の問題の根本原因があるのだと。確かに・・・。
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柔道、剣道、合気道、華道、茶道など、「道」と名のつく日本古来の文化にはどれも奥深い意味合いが込められている。今から27年前、大学の一般教養の「体育」で、どういうわけか右も左もわからない「弓道」を履修登録し、1年間通った。1回の授業で1回だけ弓を弾けば単位がもらえたわけだから、おそらく楽勝科目ということで選んだのだと記憶する。

実は「弓道」の一挙手一投足には、人生の、いやというより「宇宙の法則」といえるようなすべてが含まれている。まずは的の限りなく中心を射ることを目的、目標とする。そして、その的に矢を当てるために、余計な力を抜き、自然体で弓を弾く。弓を弾き、「当てよう」と狙った瞬間、つまり、意識した瞬間に余分な力が入り、逸らせてしまうのである。そう、無になって、流れに任せることで、好結果を引き寄せる。当てようとするのではなく、当たるのである。目的、目標は明確にし、あとは無理な力をかけず、行動すること。姿勢が正しければ結果は必ずついてくる。
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今月の「早わかりクラシック音楽講座」のテーマは、リストが「リズムの神化」、ワーグナーが「舞踏の聖化」と呼んだベートーヴェンの傑作、交響曲第7番である。僕が初めてこの楽曲を聴いたのは確か高校1年生の頃、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニーによる戦時中の実況録音によってであった。古びた録音の中から聴こえてくる音楽に心を打たれた。その後、クレンペラーの有名なスタジオ録音にも触れ、そしてカール・ベームが最後の来日時に人見記念講堂で演奏したライヴの映像を観た。

この音楽の懐の深さに驚嘆しつつ、後期の入口に立とうとしていたベートーヴェンの凄さに圧倒され、一時期は寝ても覚めても第7交響曲という日々を過ごしていたことが懐かしく思い出される。

実演では、同じく人見記念講堂でカルロス・クライバー指揮バイエルン国立管の来日公演を聴き、感銘を受けた。そして、朝比奈隆指揮新日本フィルによるベートーヴェン・ツィクルスにおける真の名演奏に触れたときは、拍手をしながらもはや腰を抜かし立ち上がれないほど感動した。

言葉の壁、人の殻

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「もう、ドイツ語だったら良かったのに!」
妻は7年間ほどウィーンに住んでいたこともあり、ドイツ語が堪能である。同じヨーロッパの言葉といえども英語やフランス語、それにイタリア語は各々まったく異なる。地続きという土地柄、昔は異邦人から領土や民を守るため、言葉が通じないように各々の国が独自の言葉を残していった名残なのだろうが、似た単語や言葉はあれ、感覚的にまったく違うらしい。
先日、ある会合で英語が飛び交う状況になり、その場になかなか適応できず、英語がわからないもどかしさと同時に、ふとドイツ語だったらよかったのにと思い、「もうドイツ語だったら良かったのに!」とひとり心の中で叫んだとのことだ。

ドイツ語を母国語にするブラームスも英語が苦手で、せっかくの渡英の機会なども躊躇し、国際的な会合には進んで顔を出さなかったらしい。シャイとか人が苦手という前に、言葉の壁はやっぱり大きいのだろう。
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ホワイト・デーだからというわけでもないが、久しぶりに妻と出かけた。ほんの2時間ほどのいわば散歩である。行先はじじばばに人気の(?)巣鴨の地蔵通り商店街(笑)。今日は縁日だったせいか通りにはたくさんの露店が軒を連ね、人、人、人の波。商店街の往復に正味1時間かかったくらい。そこで美味しそうな生ワカメやヒマラヤ岩塩を手に入れ帰宅。岩塩はお風呂に入れて入浴すると、硫黄温泉に浸かっている気分になり、疲れをとると同時に肌をつるつるに美しくしてくれる効果があるのだと。早速試してみよう。

午後、恵比寿にてカウンセリング・セッション。気がつけば2時間半ほどが経過していた。少しでもわだかまりが氷解し、前向きになっていただけたらという想いでどんな方にも接しようと僕は考える。こういうご縁がきっかけで何か変化が起こるならそれはとても素晴らしいこと。

「大変だ、大変だ」と人は嘆く。大変なことなどあるものか。「大きく変わる」ときなんだから、それはチャンスだってことだ。

春到来

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世の中5万と仕事があるが、どの分野においてもトップ・クラスに位置する人たちは輝いている。好きな仕事を好きなようにやり、時には生活全てが仕事一色になったとしてもそれが本意であり、しかもストレスなくできるのでるならそれは最高の状態だといえる。物やお金の価値が下がり、価値あるもの、すなわち本当に人の心を震わすことができるものだけが残るような時代になるにつれ、自分自身が一生懸命になれるような「こと」を生業にできることはとても幸せなことだ。それは、個人商店であろうが組織の一員であろうが同じこと。仕事が楽しくて仕方なく、時間を忘れて没頭できる。そんなような生き方をしたいものである。

現代に名を残す古典音楽の作曲家などはその最たる例だろう。モーツァルトのごとく、天からのインスピレーションにより何の苦もなく傑作を生み出し続けることができた者ですら新たな職場を探す旅に何度も出るわけだから、200年以上前、音楽がまだまだ貴族階級のためだけのもので、音楽家も宮廷に雇われていた時代は、それぞれがしのぎを削りながら、最高の娯楽音楽を残そうと必死になって努力していたのかもしれない。

ポジティブ心理学講座

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人は意外に自分のことを知らないものなんだと。例えば、今現在の自分の身長や体重を正確に言える人がどれだけいるだろう?あるいは、3サイズだって正確に言える人は少ないかもしれない。当の僕も、身長はともかく今日現在の体重は答えられなかった。「自分を知る」ということをテーマにセミナーに何年も関わってきたがゆえ、「自分を知る」ということを少々大袈裟に、あるいは哲学的に捉えてきたきらいがあるが、「自分を知る」とはそんなに上段に構えて取り組まなければいけないことでもないんだということにもあらためて気づかされた。もちろん、過去を振り返り、掘り下げ、「人間力」という観点から自分を追究し、「知る」ことは重要である。しかしながら、今の自分がどんな状態、状況なのかを単にデータとして「知る」こと、そう普通に「自分自身に興味を持つこと」ってもっともっと大切なことなのかもしれない。

晴香葉子さんの「ポジティブ心理学講座~基礎コース」を受講し始めた。一つ一つのお話がとにかくわかりやすく面白い。晴香さん曰く、自己実現、いや、というより人がそれぞれ幸せに生きていくためには、まず自身のメンタリティーを整え、自己理解を深め、そして環境をしっかりと整理、設定した上で具体的な目標設定をすることが大切なのだと。なるほど、確かに、です。

心つなぎ

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もともと酒に弱い体質ゆえ、連日のように宴会が続くと途端に身体が悲鳴を上げる。といっても、ビールをいつもより多少多く摂取するに過ぎないのだが。先日の岐阜、滋賀県方面の旅では、久しぶりに家族親戚が揃ったことで、毎日のように宴が続いた。一昨日帰京してからはその反動でか、一滴も飲んでいない。よって極めて調子が良い。いずれにせよ、そのうちまた飲みたくなるだろうからそのときにゆっくりグラスを傾けるようにしようか・・・。

青柳いづみこ著「ピアニストが見たピアニスト~名演奏家の秘密とは」をざっと読んだ。以前、「ドビュッシー~想念のエクトプラズム」を読んだとき、青柳さんの深い洞察力と、文章表現の上手さ、読みやすさに驚かされたが、この本も一流ピアニストの様々な側面が彼女の感性で見事に語られており、頗る面白い。特に、エリック・ハイドシェックの章で、(何度かこのブログでも書いているが)1999年、浜離宮朝日ホールでのベートーヴェン・ツィクルスの際、「ハンマークラヴィーア」ソナタのフィナーレで止まってしまい、しばらくの休憩の後、弾き直しをしたものの、相当危なげな演奏だったこと、そして、その後の公演をすべてキャンセルして帰国したという事件の真相が具に書かれており、とても興味深かった。この件については、当時からインターネットを調べても、あらゆる情報誌をながめても、それにまつわる情報がまったくなく、体調不良だったのだろうことは想像がつくものの、実際のところはどうだったのだろうと一人のファンとしてどうも整理がつかず、常にどこか頭の片隅に残っていた。ようやくこの著書の中で、当時のハイドシェックの状態、状況などを含めた事実がはっきりし、積年の「想い」が氷解したことが何より収穫だった。
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8日(月)の夜、とある校長先生を訪問した。昨年の9月に初めてお会いして以来僕にとっては2度目となるが、気さくな人柄や、学校長とは思えない謙虚で丁寧な姿勢に毎々感心させられつつ、校内を案内いただいたり、例によって音楽室にて得意のリコーダーをご披露いただいたり、楽しい時間を過ごさせていただいた。

先生からはとても新鮮な刺激を受ける。今回もいろいろなご本や人をご紹介いただいた。例えば、多治見市出身の文字職人、杉浦誠司氏のこと。ご本人のサイトのトップページを見ていただいてもわかるとおり、「夢」という字に「ありがとう」という文字が隠されている。いや、というより「ありがとう」という5文字で「夢」という漢字が創作されていると言った方が正しい。彼の著書である「夢・ありがとう」を少しばかり拝見させていただいたが、素晴らしい作品集になっている(これは「買い」だろう)。それと、16歳で不慮の水難事故で夭折した堀明子さんのこと。彼女の子どもの頃の詩をご両親が自費出版したという「四季の色」という詩集。こちらも少しばかり読ませていただいたが、金子みすゞの再来ではなかろうかと思わせるほどその瑞々しい感性と、とても少女とは思えない文体に思わず引き込まれてしまった。

2010年7月

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