プログレッシブ・ロックの最近のブログ記事

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Disciplineという名のバンドがKing Crimsonと名を変え、1980年代初頭に突如表舞台に現れたとき、世のプログレ・ファンは一瞬驚喜したものの、次の瞬間「果たして本当に大丈夫なのか?」という不安に駆られた。

ちょうど僕が大学に入学した頃、そのバンドの初来日公演が行われたが、かつてのへヴィーなファンももちろんその来日を子どものように喜び、楽しみにした。当時の映像はVTRやLDで残っているが、時折、ギタリストが古い楽曲を弾く瞬間も捉えられており、その一瞬だけが妙に神々しいオーラに覆われていることが逆に滑稽に映って、そうそう何度も繰り返し観ていられなかったことを思い出す。

僕の周辺でもほとんどのKing Crimsonフリークはこのバンドを「Crimsonに非ず」と否定した。当然ながら僕も、ほとんど自身の率直な、あるいは直感的な見解を横に置き、そういう風潮に完璧に同調していた(とはいえ、セカンド・アルバムもサード・アルバムもオンタイムにしっかりと聴いているのだが)。

パルシファル

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ここのところ毎日のように大学に出掛けては講義をしているが、大学のレベルによって学生の就職に対する意識、行動力に歴然と差が表れるというのは面白いものである。偏差値にほぼ比例してそれらは高くなる。就職採用試験のポイントは「自己PR」と「志望動機」である。特に、「志望動機」は自身を売り込むための肝になる部分だが、これは徹底的な業界・企業研究をしない限り納得感のあるものは作れない。ことある毎に「OBOG訪問」の重要性を説いているが、頭で理解しても実際にはなかなか行動の起きない若者が多いのも事実。

午前、表参道にある某私大でエントリーシートのフォローアップ講座を受け持ったが、「OB訪問を既にしている」という学生が意外に(?!)多いことに吃驚した。さすがである。

最近では就職家庭教師なるビジネスも現れてきている。確かに能動的に動ける学生は大学側が実施するマス対象の就職講座を受講するだけで十分なのだろうが、ほとんどの学生はそれだけでは間に合わない。本人より親御さんが心配して、子どもに家庭教師をつけるようだが、これまた問題で、学生本人が受身だと教える方にとっては大変な労力を強いられる。難しいものである。

自信と客観性

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人の本性は「善」であると僕は思う。罪を犯すのは「性」ではなく体験によって蓄積された「概念」だろうと。「罪を憎んで人を憎まず」。長い間セミナーに携わってきて、何千人という人たちを目の当たりにし、僕なりにそういう結論に達している。

孤独な変人画家ラヤダーの友達は野生の鳥たち。傷ついた白雁を救ったことから、少女フリースは彼と仲良くなる。どういうわけかラヤダーはフリースにだけは心を開いた。そして、最終的に二人の友情は愛へと移り変わってゆく・・・。

人は、自分の身体が不自由だと人間嫌いになることがよくあるものだが、ラヤダーは人を憎むということを知らなかった。人間でも動物でも、自然界にあるすべてのものをこよなく愛していた。その心はあわれみと理解に満ち溢れていた。身体の不自由からくる不利な条件はすでに克服はしていたが、醜さのために、せっかくの自分の好意も、人に受けつけてもらえないことだけは、どうすることもできなかった。
ラヤダーを隠遁生活に追い込んだのは、どこへいっても、自分の心から流れ出る温かさに応えてくれるものを、見つけ出すことができなかったからである。
~(「白雁物語(スノー・グース)、ポール・ギャリコ作、古沢安二郎訳」(偕成社文庫)P14

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フィルムアート社発刊の『キューブリック全書』を読むと、映画「2001年宇宙の旅」の制作秘話、それにまつわる話が念入りに書かれており、様々な疑問が氷解して面白い。
例えば、一番衝撃的なのがサントラに収録され、この映画のテーマ音楽として採用された録音だと思い込んでいたカール・ベーム&ベルリン・フィルの演奏が実は当該演奏ではなく、何とカラヤンがウィーン・フィルと録音したデッカ盤だったという事実!
この録音のプロデューサーであったジョン・カルショウの証言が残っているゆえ間違いないのだが、サウンドトラックに収録するにあたり演奏者名やレコード会社のクレジットを一切伏せることが条件だったことが、より一層の混乱を招いたようである。確かに映画を観るとエンド・クレジットには、他の楽曲にはすべて演奏者が記されているにもかかわらず、「ツァラトゥストラはかく語りき」のみ演奏者の明記がない。不思議に思ったものだが、その理由まで追求しなかったので、何の疑問も持たずにベームのものだと信じ込んでいた。
それに、先日雅之さんからコメントでご指摘があったように、ベームはカラヤン同様、どうやら御大シュトラウスの実演に倣って、冒頭のトランペットのフレーズ「ターターター」のあとの「パッパーン」を「パパーン」と演奏させているという事実が、また誤解、混乱に輪をかけたのだろう。
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The Young Person's Guide to Being Yourself-僕の仕事をわかりやすく表現するなら、そういうことだろう。

ここのところ、将来のキャリアについて問題意識を持つ若者に触れることが多い。少なくとも僕の主宰するセミナーに興味を持つような人たちだから、それなりに意識は高いのだろう。日々のいわゆるルーティン・ワークをこなしながら、今の自分が人様や世の中のお役に立てていないのではないかと感じたり、考えたりするらしい。

そんなとき(たとえ短い期間だろうと)自分が積み上げてきたキャリアを一度棚卸しし、強みや弱みを把握してみると良い。何ができて、どんなときに喜びを感じ、どういう「強み」が自分にはあるのか?そして逆に「弱み」って何なのか?
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「ワークショップZERO」1日セミナーが終了した。合計9時間缶詰でいくつかのワークをやったが、皆相応の成果を得ていただけたようで、終了後の打ち上げも盛り上がった。

人間は誰しも問題を抱えている。問題が一切なく順風満帆で完璧という人は誰一人としていない。その不完全さがまた個性であり、ユニークさであるのだ。「ワークショップZERO」の「0」である所以をセミナー終了時にお伝えすると約束したにもかかわらず、結局その話はしなかった。「0」はマイナスでもなくプラスでもないバランスの取れた状態、つまり「中庸」である。また限りなく無限小であるということから「無限の可能性」という意味を含む。そして何より、「0」は物事の始まりなのである。余計な固執を捨て、ゼロからスタートしてみよう。何も恐れることはない。守るものは何もないのだから。

前から散々言及しているが、全ての問題の端緒は、親子関係、兄弟関係など「家庭での人間関係」にあると考えるようになった。一見関係ないように見えながら、大本の人間関係に躓きがあると、表面的なほころびとして目の前の他者との人間関係にトラブルが生じてくる。それはビジネスにおいてもプライベートにおいても同様。そして「言葉」の問題。今の時代、電話やメールでことを済まそうとする人が多い。しかし、メールだけのやりとりによって誤解が生じることも一方で多い。「言葉」が曖昧だからである。例えば「猫」と言って、各々が想像する「猫」の姿形は十人十色。そしてそのどれもが間違っているのではない。所詮「言葉」とはそれくらいのものなのだ。ゆえに「言葉」を過信して「言葉」だけに頼るのは危険である。きちんと対面し、相手の目を見、空気を読みながら、時にはふれあいを通してお互いを感知し合うことが大切だ。それこそ「人間関係作り」の基本。

Yes, we can.

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本日、海の向こうの米国では「Yes, we can.」というスローガンを掲げ、バラク・オバマ新大統領が誕生する。八方塞の今の世の中だから、世間の期待は大変なものなのだろう。果たして本当に「変化」は訪れるのか・・・。これからが見ものである。

「僕たちは、何も見ていないのと同じだ。この世界は見えないもので満たされていて、宇宙は僕たちに見えているよりずっとずっと広いんだよ。」
「俺は宇宙は人間に似てると思う。・・・人間の中には、たくさんの記憶の小さな断片がバラバラに漂っていて・・・・・何かのキッカケで、いくつかの記憶が結びつく・・・その、ちょっと大きくなった記憶に、更にいろいろな記憶が吸い寄せられて、結びついて大きくなっていく・・・それが『考える』とか『思う』という事でしょう?」

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