強みと弱点

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「ワークショップZERO」の「強み」って何なんだろう?
ここのところそのことについて考えている。
人間って自分のことになると途端に疎くなる。よくわからなくなるのである。セミナーについても、主観的な、あくまで主観的な「強み」は言えるのだが、それが客観性をもつかどうかという話になると自信がない。よく企業研修などでは終了直後に参加者にアンケートを書いていただく場合が多いが、残念ながらそういうことにこれまで頭が回らず、僕の手元には受講生のホットな感想が残っていない。せいぜい何ヶ月後かに一部の方に「想い」を書いていただいて、ホームページに掲載している程度である。

ユーザーからの評価―それは「強み」も「弱点」も含めてだが―を知ることは大切なことだ。昨日に引き続き別件で会った卒業生に聴いてみた。
曰く、「日々起こる人間関係の問題についてなぜそうなるのかが理解できるようになった」「人間関係の問題の原因がより深いポイントまでわかるようになった」「単なるスキルではないこと」「誰もが悩みを持って苦しんでいるということがわかった」「家族の絆が深まった」「自分の弱みを知り、自分の過去を洗ったことで、能力が開花した」など。
そして、「具体的に行動を起こしていくためのプログラムを開発するとなお良い」というアドバイスまでいただけた。

セゴビアの芸術

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明後日、銀座のain sophで1日の特別セミナーを開催するのだが・・・、
参加いただく方それぞれに意義深い、そして大いに意味のある「記憶に残る」1日にしたいと思い、スケジュール進行や内容をいま一度吟味した。
ここ数年の経験からお伝えしたいことは山ほどあるが、やはり「人間力」というテーマはぶらさず、しかもスピリチュアル的・現実生活的両方の足がかりになる内容にするということが第一か。それに全員女性だというのも面白いし、いろんな世代の方たちが「集まる」には偶然でなく相応の理由がありそうだから、その「理由」にできるだけピンポイントで体感していただけるようプログラムを考えようと思っている。

今回のポイントはやはり「関係性」のような気がする。
「関係性」を知り、「関係性」を認め、そして「関係性」を受け容れる。それにはどういうプロセスを経ればいいのか、それが大きなテーマになろう。
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酒は百薬の長というが、ほどほどでないと逆効果になる。僕はもともと酒に弱い方だから、若い頃から決して飲める方ではないが、それでもその雰囲気が好きで、ほぼ毎日のように嗜む程度の酒量はこなしてきた。今では休肝日を設けているが、晩酌を楽しむことは多い。

ただし、一定量以上摂取すると眠くなってしまうというのが難点。ましてやちゃんぽんなどすると一遍にイッてしまう(苦笑)。

ミュージシャンの多くは、現実逃避という意味も多分にあったのだろうが、酒に強い、否、酒に溺れてしまう人が多かった。酒や麻薬というのは依存性があるから怖い。何事も度を越せば「クスリ」どころか「リスク」になってしまう恐ろしさがあるが、いわゆる芸術的天才諸氏にとっては、凡人には決してわからないような「悩み」があったはずだし、革新的なものを創作するために、酒に頼らざるを得なかったのだろうことは何となく理解できる。それで本望ならまるで肯定できるし、そのお陰で我々は後世の残る傑作を享受できるのだからありがたいと思った方がよい。

着想力

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僕はおそらく「着想」が低い。斬新なアイデアを出し、新しいこと、モノを多角的な視点から創造する能力に欠けている。「着想」とは、過去と未来をつなぐ架け橋のようなもので、「着想力」が高い人は、すなわち過去と未来を自由に行き来できる能力を持つ人なのだと僕は思う。

「今」は点であり、その「点」の連なりが歴史である。過去と未来はつながっている。温故知新。要は、ベクトル―向かうべき方向性だけ明確に決め、あとは流れに任せるというのが実は一番手っ取り早く正しい方法なのではないだろうか・・・。

先日、「早わかりクラシック音楽講座」で採り上げたホルストなどは、過去にも未来にも同等に目を向けられた作曲家だった。いや、ホルストに限らず、古今東西、現代に名を残している音楽家はジャンルを問わず皆そういう視点、力―すなわち「着想力」をもった人たちだったのだろう。歴史から学ぶことは多い。
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今年のゴールデン・ウィークは「音浴じかん」でスタートした。
赤ちゃんはかわいい。あどけない、邪心のない姿、行動は大人を癒す。音楽による癒しと子どもの無邪気さの癒しが掛け合わされてとてもエネルギーの高いひととき、空間になった。いつも通りの愛知とし子のピアノ演奏の後、毎々打楽器演奏の時間では、大人も子どもも「音楽をする」ことでとてもハッピーになるのだろう、それぞれが音楽に合わせて(今回はビゼーの歌劇「カルメン」から第1幕前奏曲)無心に楽器を鳴らし楽しそうに15分間を過ごしていただいた。

人間って誰しももとは「赤ちゃん」だったんだと考えると不思議な気分になる。もちろん僕自身にもそんな時期があったのだが、何物にも囚われず、ありのまま自然体でいられることって素晴らしい。そんな時代はどこへやら、である。

ノスタルジー

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突然何の脈絡もなく昔のことを思い出すことがある。渋谷にある某大学でのいつもの「キャリア・プランニング」の授業の後、今度は神奈川県の相模原に移動して別の講義。フレッシュな1年生を相手に思いついたことをいろいろと話しているうちに、30年近く前、大学入学のため初めて上京してきたあの頃のことをまざまざと思い出した。当時は、大学生活でこんなこともやってみたい、あんなことも体験してみたいなど人並みに「夢」を描いていた。ところが、月日を経るにつれ、周りに流されるようになり、気がつくといつの間にかいわゆる「怠惰な」大学生活を送るようになってしまっていた(それはいまだからそう思えることで、当時はそれを「怠惰」だとは解釈していなかった)。人って環境に左右される生物だ。周りがどんなに足を引っ張ろうと、断固としたアイデンティティを維持し続けることはとても難しい。

帰路は「八王子」を経由して中央線で「新宿」に向かった。そして、27年前に住んでいた「三鷹」を通り越し、その1年後に住んでいた「中野」につく直前、ついついこの街が懐かしくなり途中下車した(確か以前も話題に出したことがある)。1時間ほどぶらりと周辺を散策していたら、頭の中でThe Beatlesの音楽が鳴り出した。
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神奈川のとある大学に出講。3年生と修士1年生を対象に、履歴書やエントリーシートの書き方について講義した。夏休みのインターンシップや就職活動本番に向けて、既に3年生が動き出しているということだが、どう見ても学生たちの意志というより、大学のキャリアセンター(いわゆる就職課)がお尻を叩いているようで、職員や先生の方がどちらかというと必死になっておられる。少子化による入学者の激減という状況もさることながら、昨今の不況による影響で大卒求人倍率が1.28倍、09年度の就職内定率が8割という中、いかに卒業生の就職内定率を上げ、アピールするか皆さん頭を痛めておられるということだ。(一部の有名大学を除いて)大学が生き残っていいくに大変な時代である。

講義を進めるにあたり、一方通行の授業ではどうにもならないゆえ、必ずワークを入れる。例題を出題し、学生にチェックさせ、それを何人かに発表してもらったが、意外にポイントはしっかり突いており、理解はしているんだということがわかる。事前のインフォメーションではレベルが低いと聞かされていたが、思ったほどではない。あとは学生一人一人が学んだことを肝に銘じて自己鍛錬するかどうかが鍵だが、おそらくそういうことが今の学生にできないことなのだろう。帰りがけ、キャリアセンターの担当職員が「ゆとり世代」云々と嘆かれていたが、「ゆとり教育」というものはやっぱり何がしかの問題を含んでいたのだろうか(僕は「ゆとり世代」の教育というものが実際のところどういうものか、一般的に語られている事実くらいしか知らない。この世代の子どもを持った親御さんに彼らが受けた教育についてどうだったかいろいろと聞いてみたい)。

言葉にして伝えること

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弱い犬ほどよく吠える。
「弱さ」を隠そうと人一倍威勢よく振舞う人の言葉は時に痛い。まずは「自身の防衛」ありきで、そもそもの「愛」というものを失っているところが辛い。
「愛」を失っている人に直球で意見することは難しい。ズバッと斬り込んだ率直な感想が言えなくなる。一つ指摘すれば、あるいは思ったそのままのことを伝えると、2倍にも3倍にもなって還ってくるような気がして怖いのである。
そういう時は「馬耳東風」、聴いて右から左に受け流すべし。あからさまにそういう姿勢でいると棘があるので、あくまで「傾聴」モードで・・・。

ただし、「言わない」、「伝えない」ことはやっぱり良くない。関係に歪を来すと同時に、何より自身の心身にとって相当な負担をかけることになるから。喜怒哀楽、特にマイナスのフィーリングは他人に伝えにくいものだが、勇気を振り絞って言うことをおススメする。もちろんそれは信頼関係を築いているという前提の話だが。
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季節の変わり目というか、ここ最近の気温差のあまりの高低差によってなのか、身体を壊す人が増えているようだ。風邪をひいたり、湿疹が出たり・・・。第37回「早わかりクラシック音楽講座」も無事終了したが、体調不良によるドタキャンが続出した。

どうもホルストは分が悪いようだ。2月に開催する予定だった際も、諸般の事情で延期になり、またもや今回もこの有様。彼の生涯や思想を探ってみると、多分にスピリチュアル的要素がみられ、幼少時の愛の欠落を埋められないまま喘息や病気と闘い、かつ精神的不安定の中で生涯を送ったことが手に取るようにわかる。彼が組曲「惑星」を生み出したきっかけは占星術に興味をもつようになったことのようだが、あえて深読みしてみると、現代人にもよくあるように、何かにすがりたいという「依存心」からだったのかもしれないと思うようになった。とはいえ、そういう事実があったがゆえに名曲「惑星」が生まれ得たわけだから、人間ひとりひとりの体験には一切無駄がなく、どんなことでも「今」に活かせる、そういうものなんだということも確認できてとても良かった。

ワーグナーの「力」

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明日の「早わかりクラシック音楽講座」に備えて、採り上げるべき楽曲をどうするか決めようと音盤をとっかえひっかえ聴いてみた。ホルストの生涯を振り返るとき、若き日の彼がワーグナーの楽劇「神々の黄昏」に触れ、衝撃を受けたこと、そしてバッハの「ロ短調ミサ曲」の実演を聴いた時にはそれまで感じたことのない感銘を受けたことが音楽家としての大きな分岐点になり、その後しばらくはワーグナーの呪縛から逃れられないままこの大作曲家の影響下に楽曲を創造したことが、一方でホルストという作曲家の行く末を決定したことがよく見えて面白い。ホルストに限らず、19世紀末から20世紀前半にかけて、ヨーロッパの作曲家の多くはこの誇大妄想癖の変人音楽家の影響をもろに受けた。それくらいに巨大で、しかも人間の喜怒哀楽のあらゆる感情、そう聖なるものも俗なるものもすべて含んだ音楽作品を世に問うたワーグナーの「力」は途轍もないものなのである。それは、おそらく21世紀の今の時代になっても、バイロイトの内側で様々な問題が起こっていることを考えるにつけ、ワーグナーのもつ「見えない」力は依然として衰えていないことにもつながりそうだ。彼の「毒」は音楽に限ったことではない。

2010年7月

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