ジャパニーズポップスの最近のブログ記事

共生

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「競争」ではなく「共生」がこれからの時代は大切なんだという人がいた。先日から同じようなことを考えていたものだから少々吃驚した。

一生のうちに男性は2兆の精子を生産し、女性は500万の卵子を生み出すらしい。そのうちのひとつの精子と一つの卵子が出会う確率は?と考えると途轍もない確率で自分が生まれ出てきていることがわかる。もちろん父と母が出会う確率、あるいは祖父母が出会う確率まで考慮するともう天文学的な数字になる。

生命の神秘。一つの精子が卵子と結合するために、何と他の13匹の精子の助けが必要なのだということを以前何かの本で読んだ。てっきりそれぞれが「競争」し、1番になった精子が卵子とひとつになり、生命が生まれるのだと思っていた。結局、「最初」から誰かの力を借りて生きているのである。

Do your best!

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先月は事情によりワークショップZEROを開催しなかった。ちょうど2ヶ月ぶりにセミナーの初日を終えたところだが、自分が活き活きとし、内側からエネルギーが充溢してくるのが手に取るようにわかる。とにかく伝えたいと思うのだ。ありのままの自分、それでいいんだということを誰にも知ってもらいたい。そして誰の中にも「可能性」が秘められており、メンタルブロックをはずすことでその「可能性」が格段に拡がり、イメージしたことは必ず実現できるんだということを。

やりたいことはどんなことでも徹底的に追求すれば良い。何かひとつに絞り込む必要もなかろう。ましてやどちらも中途半端にしてはならない。Do your best!

僕がはじめてさだの歌を聴いたのは「雨やどり」だったと記憶する。いや、グレープの「精霊流し」だったかもしれない。いずれにせよ70年代の中頃、まだ鼻水をたらした小学生の頃である。当然歌の内容を完璧に理解して聴いていたわけではない。こんな暗い音楽を年端もいかない子どもが理解できるはずもないが、子どもながらに心に染み入るようなマイナー調の音楽に心が揺れた。

追悼・加藤和彦

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加藤和彦氏が突然亡くなった。いつだったかサディスティック・ミカ・バンドが再結成されるということで巷間期待の噂で盛り上がっていた頃、初めてその名前を意識したと記憶する。
ただし、よくよく考えてみると、実は僕がまだ小学校にも上がらない3歳だか4歳の時、そう保育園の年中だったか年少だったと思うが、もう名前も思い出せない近所の一つ上の先輩(といっても子どもだが・・・笑)が、当時一世を風靡したザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」のEP盤を保育園に持ってきており、先生にポータブル・プレーヤーでその音楽をかけてもらい、皆でわいわいがやがやと踊りながらだったか聴いて楽しんでいたことがあったことを思い出した。もちろん4歳の子どもに詩の内容など明確に認識できるはずはない。大人になってからFMで放送されたのを聴くに及んで、やっと歌われた内容を知り、しかもその曲中にはビートルズの「A Hard Day's Night」やベートーヴェンの「エリーゼのために」がパロディ的に使用されることもあわせて知り、何てセンス満点の楽曲なんだろうと感心したことまで思い出してしまった。すべて良い思い出である。
ともかく、わずかながら同時代を生き、オンタイムで聴けた(明確に覚えているのだからそう言って良いだろう)、加藤和彦、北山修、そしてはしだのりひこによる不世出のバンド、いわゆるフォークルの音楽はどれも高度成長時代、60年代ニッポンの象徴であり、2009年の今でも決して色褪せない「力」をもつものだと、久しぶりにコンピレーション・アルバムを取り出して聴いてみて感じた。サイコーである。

二人きりの世界

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かつての教え子たちと久しぶりに渋谷で酒を酌み交わし、「人間力」談義。年齢が20近くも離れている若者といえども、垣根を越えて話題は尽きることがない。
誰もが仕事にプライベートに悩んでいる。悩んでいることに気がついていないだけで、実は悩みを抱えている人は多い。そしてその悩みを解消しようとある人は自分自身を変革することに躍起になる。しかしながら、何度も書くように「人間は本質的には変わらない」のである。変わるのは「関係の質」のみ。そんな話をまだ社会に出て間もない若者にすると一様に目の色が変わる。そう、口を酸っぱくして語る自論は意外に真理なのかもしれない。

ほろ酔い気分で帰りがけ、突如山下達郎の声が頭の中を駆け巡る。達郎は基本的に夏のイメージを髣髴とさせるアーティストだが、「クリスマス・イブ」に代表されるように、秋や冬にももってこいの声質、そして音楽を創出する。十八番の一人多重コーラス、アカペラ・アルバム。
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この9月で転機を迎える人々が多いようだ。就職にせよ転職にせよ、あるいは結婚や離婚という問題にせよ自らが思うがままに行動するのが正解なんだと思う。自身を信じ、物事を選択すること。それが大事なんだと僕は思う。

NHK-Eで一昨日から「LIFE井上陽水~40年を語る」という4夜連続の番組が放映されている。本日は第3夜、「不思議な素顔」。陽水はテレビっ子らしい。そして、彼の生み出す、不可思議な歌詞を含む「不思議な」一面は、いかにも現代人っぽい高いアンテナが張られた結果なんだということがよくわかって面白かった。彼は言う。「世の中でもっとも重要なのは涙を誘うこと、あるいは普通に感動を与えることよりも『笑いを与えられる』ウィットなんだ」という言葉が大いに身に染みた。素晴らしい。

80年代の傑作「少年時代」や「最後のニュース」が収録された「ハンサムボーイ」。名盤である。陽水の歌はいつも予想がつかない。重厚な楽曲があるかと思えば、あまりに軽い爽やかな名曲が存在する。

陽水三昧

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昨日のブログ記事のコメントのやりとりを見ていて、昔「ビッグコミックスペリオール」で連載されていた「サンクチュアリ」を思い出した。カンボジア内戦時に幼少を過ごした二人の日本人が帰国後、腐敗し切った日本の政治を表の世界と裏の世界の両方から立て直していくというストーリー。「表」があれば「裏」がある。「陽」があれば「陰」もある。やはり、両方必要なのである。すべてを包み込んで受け容れることができる余裕が欲しいものである(頭でわかっていてもそこは人間。気を抜くと「エゴ」がむっくりと頭をもたげる)。

まるでベルベットのような肌触りの陽水さんの歌声。
僕が初めて井上陽水を知ったのは、1974年発表の「二色の独楽」で。「まわれまわれ二色の独楽よ、色をまぜてきれいになれ、女はさみしい、男は悲し・・・」、小学生には全く意味不明の歌詞が連なる。大人になってから陽水さんの創作する歌の意味深さに驚愕するのだが、これほど詩的で、しかも人間の深層心理を突いた歌詞が生み出せるのはこの天才をおいて他にはないのではないかと思わせるほど(僕の趣味も大いに反映されているので、決して普遍的なものじゃないだろうが)。

ワークショップZERO

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終わった。良かった。9:30にスタートし、20:30まで都合11時間。さすがに最後は疲れを感じたものの、決して嫌な疲れじゃなく、爽快な気分を伴ったもの。ご参加いただいた方にも喜んでいただけたので感無量。やっぱり今の世の中に必要なコンテンツなんだと確信した。
「確信」がどんどん深まる。ひとりでも多くの人にシェアーしたい。そうすることがそれぞれの「幸せ」につながるのだったら、とにかく命を懸けてやろうと心底思える。続けてきて本当に良かった。

言葉では説明できない得もいわれぬ感覚を持ったという。身体中の毛穴が開くような「喜び」を瞬時に感じられたことが、人として生きてきて本気で良かったと思えるのだと。大そうな意見だが、その気持ちもよくわかる。それくらいに「特別な」体験なのである。

父の日

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今日は父の日である。妻と連名で鹿児島の特別手造り芋焼酎を両方の父親に贈った。多分、父の日にプレゼントするのは久しぶりじゃないかな。ブログを読むと早速そのことが書かれている。喜んでいただけたようで何より。人間力の原点っていうのはやっぱり「人に喜んでもらいたい」という人間なら誰もが心底には持っている「想い」だろう。それがたとえ些細なことだとしても、人に何かをやってあげて喜んでもらえたら嬉しいものだ。それでもそういう「些細なこと」がなかなかできない人が多い。というよりそういうことができない余裕のない状態になることが多いと言った方が良い。

僕が小学生の時、世間ではフォーク・ソングというジャンルの音楽が流行っていた。いわゆるニュー・ミュージックのはしりということになる。井上陽水や吉田拓郎らあの時代のミュージック・シーンの旗手というべき人たちも今や還暦を越え、音楽界の至宝として鎮座ましましているが、その頃はテレビにも出ず、僕らのような田舎の子どもにとっては不思議に遠い存在だった(僕にとっては山口百恵やピンク・レディのほうが圧倒的に身近だった)。そんな中で、「かぐや姫」という面白いグループ名を持つバンドの2枚組みのアナログ・レコードを友人から聴かせてもらった。確かモントリオール五輪の年のことだったように記憶する。子どもながらに痺れた。今でもこのベスト盤は僕の座右の音盤であり、ごくごくたまに耳にするが、本当に名曲揃いで30年以上を経た今でも十分通用する。特に、南こうせつと伊勢正三が(時に山田パンダも!)楽曲によってヴォーカルを分け合うというスタイルがビートルズ様(よう)でクールだ。

360度のものの見方

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先月、中央区の新場橋区民館で開催した「野田プロジェクト」のフォローセッション。セミナー受講後の様子を2時間ばかりヒアリングしながら、意見交換。セミナーで気づきを得たものの、現実にはこういうところが問題だ、こういうところがうまくいかないなどの話になるのかと思いきや・・・。少なくとも先日の皆さんはもともと意識が高いのか、すぐさま仕事やプライベートに生かされているようで、僕の方がずっと驚かされた。逆に考えると、それくらい衝撃的なセミナーだったのかもしれないが(笑)。
ともかくひとりでもたくさんの方のお役に立ちたいと心底思った。そもそも誰もが本来は「人間力」をもっているのだから、ただそのスイッチを入れるだけでいいのだから。

セミナーを受講いただいた方々に気づきを深めていただくためのヒントをあちこち探している。とある友人からNLPについて聴いてみたり、いろいろと目についた書籍を読んでみたり・・・。どれもがそれなりに「わかる」のだが、決定的なものじゃない。「人間力」開発のポイントは、①等身大の自分自身を知り受け容れること、②他人を理解し受け容れること、③関係構築、すなわちコミュニケーション力を伸ばすことだと僕は捉えているのだが、中でも「他人を理解する」能力を磨くための、あるいは360度の観点から物事を感じ捉えることができるようになるための「これだ!」と唸るような実習ってないものかな・・・。

二人の歌姫

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夕べ、テレビのスイッチを入れたら竹内まりやの「人生の扉」のPVが流れていた。人生を謳歌する前向きな歌詞とまりやらしい音楽、そしてまりやらしい歌声を久しぶりに聴いてホッとした気分にさせられた。

春がまた来るたび ひとつ年を重ね
目に映る景色も 少しずつ変わるよ
陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く
気がつけば五十路を 越えた私がいる
信じられない速さで 時は過ぎ去ると 知ってしまったら
どんな小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ

先日のショート・セミナーで、コミュニケーションにおいて「言葉」は目線や触れ合いに比して重要ではないというような話をした。あくまで極論である。多少勘違いされた方もいるかもしれないゆえ敢えてここに真意を書く。人間関係において、眼力とボディタッチと言葉は同等に大事な要素である。ただ、中でも「言葉」こそが曖昧で誤解を生みやすいものだということをお伝えしたかったということが実は正しい。「言葉」の使い方を誤ると問題が生じる。人間関係にも支障を来す。それゆえ一般的にわかりやすい言葉を使い、相手が理解しているかどうかを逐一確認しながら話を進めていくことが理想なのである。そう、相手を察し、きちんと理解してもらえているのかどうか確認することが大事なのである。

2010年2月

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