ジャパニーズポップスの最近のブログ記事

Big Wave

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湘南台という場所は初めて訪れたが、「湘南」という名ながら海でもなくどちらかというと山に近い地形で、今日などジリジリと日差しも強く、木陰で涼みながら蝉の音でも聴いてゆっくりするとさぞかし気持ち良いことだろうとふと思った。
とはいえ、こちらは教室で夏期講習最後の日。当然学生も同じような気分なのだろう、単位に響くわけでもない授業ゆえ、参加者が昨日に比べがぐっと減った。僕の担当する「文章力講座」などは参加者わずか3人(涙)。その代わり非常に内容の濃い講義だったろうと思うので、彼らにとっては素晴らしい3時間だったはずだ。

同じ大学でも成績の格差は随分あるようで、ある学生は読解力に劣り、ある学生はそもそもの漢字力に難がある。と思えば、補講に来ているのが不思議なくらいそこそこに「できる」学生もいる。まだ1年生だから就職活動などは先の話になるのだが、内定をとるためにはいずれにせよ基礎学力を最低限身につけておかなくてはならない。大学側の手厚いサポートにもかかわらず、まったく意識を持たない学生も多々いるというのだから、困ったものである。

時代

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薬師丸ひろ子の歌は決して上手ではない。でも、あの声は他の何ものにも代えがたい魅力を持つ。
僕の世代はあの衝撃のデビュー作「野生の時代」の時から薬師丸ひろ子のファンになった人が多かった。僕はそれほどミーハーではなかったから、追っかけになったわけでもないし、彼女の主演映画をすべて観たというわけでもない。それでも、「セーラー服と機関銃」や「時代」、あるいは「探偵物語」などを聴くと、あの頃のことを思い出し、妙に懐かしくなる。

昨日、雅之さんから
「憤り 腹立ち 向かっ腹 八つ当たり 癇癪 立腹 怒気 怒髪天を突く 激怒 憤怒 激昂 激憤 憤懣 慷慨 憤慨 公憤 私憤 悲憤 義憤 鬱憤・・・、これらの言葉は、みんな「愛」の同義語」だというコメントをいただいた。長い間、忘れていた感覚を今日思い出した。そういえば架空の動物「タルカス」もすべてを破壊する生き物として描かれている。いかにも破壊的なロック音楽の中で、後の世代にも残る音楽にはやはり「愛」がある。「タルカス」然り。

幸せな結末

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貧乏暇なし、と言うが、
最近めっきり多忙である。
少し前には、直前(極端な場合は当日)のお誘いもすぐに対応できたのだが、今はまったくもって無理。とはいえ、決して潤沢に資金が回っているわけではないからやっぱり「貧乏暇なし」なのだが、この言葉の真意って何なのだろう?

よく自虐的にこの言葉を使うことがある。そう言う人に限って絶対に貧乏ではない。言葉通りに捉えると、お金がない時は余裕もなく、寸暇を惜しんで働かなきゃならないということだろうが、暇なく世のため人のために働くことで、本当は金銭的にも潤い、すべてが上手くゆくはずなのだ。「貧乏暇なし」というのは夜明け前であることを仄めかした粋な表現なんじゃないかとふと考えた。

ところで、大瀧詠一の記念すべきファースト・アルバムには「びんぼう」という楽曲が収録されている。

汗だくになっていくら頑張ってみても
判でおしたように いつでも決まって
びんぼう ぼくはびんぼう
びんぼう びんぼう ひまなし

宝くじ買って10時
あたって余ったお金がザクザク
だけど びんぼう どうしてもびんぼう
びんぼう びんぼう ひまだらけ

共生

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「競争」ではなく「共生」がこれからの時代は大切なんだという人がいた。先日から同じようなことを考えていたものだから少々吃驚した。

一生のうちに男性は2兆の精子を生産し、女性は500万の卵子を生み出すらしい。そのうちのひとつの精子と一つの卵子が出会う確率は?と考えると途轍もない確率で自分が生まれ出てきていることがわかる。もちろん父と母が出会う確率、あるいは祖父母が出会う確率まで考慮するともう天文学的な数字になる。

生命の神秘。一つの精子が卵子と結合するために、何と他の13匹の精子の助けが必要なのだということを以前何かの本で読んだ。てっきりそれぞれが「競争」し、1番になった精子が卵子とひとつになり、生命が生まれるのだと思っていた。結局、「最初」から誰かの力を借りて生きているのである。

Do your best!

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先月は事情によりワークショップZEROを開催しなかった。ちょうど2ヶ月ぶりにセミナーの初日を終えたところだが、自分が活き活きとし、内側からエネルギーが充溢してくるのが手に取るようにわかる。とにかく伝えたいと思うのだ。ありのままの自分、それでいいんだということを誰にも知ってもらいたい。そして誰の中にも「可能性」が秘められており、メンタルブロックをはずすことでその「可能性」が格段に拡がり、イメージしたことは必ず実現できるんだということを。

やりたいことはどんなことでも徹底的に追求すれば良い。何かひとつに絞り込む必要もなかろう。ましてやどちらも中途半端にしてはならない。Do your best!

僕がはじめてさだの歌を聴いたのは「雨やどり」だったと記憶する。いや、グレープの「精霊流し」だったかもしれない。いずれにせよ70年代の中頃、まだ鼻水をたらした小学生の頃である。当然歌の内容を完璧に理解して聴いていたわけではない。こんな暗い音楽を年端もいかない子どもが理解できるはずもないが、子どもながらに心に染み入るようなマイナー調の音楽に心が揺れた。

追悼・加藤和彦

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加藤和彦氏が突然亡くなった。いつだったかサディスティック・ミカ・バンドが再結成されるということで巷間期待の噂で盛り上がっていた頃、初めてその名前を意識したと記憶する。
ただし、よくよく考えてみると、実は僕がまだ小学校にも上がらない3歳だか4歳の時、そう保育園の年中だったか年少だったと思うが、もう名前も思い出せない近所の一つ上の先輩(といっても子どもだが・・・笑)が、当時一世を風靡したザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」のEP盤を保育園に持ってきており、先生にポータブル・プレーヤーでその音楽をかけてもらい、皆でわいわいがやがやと踊りながらだったか聴いて楽しんでいたことがあったことを思い出した。もちろん4歳の子どもに詩の内容など明確に認識できるはずはない。大人になってからFMで放送されたのを聴くに及んで、やっと歌われた内容を知り、しかもその曲中にはビートルズの「A Hard Day's Night」やベートーヴェンの「エリーゼのために」がパロディ的に使用されることもあわせて知り、何てセンス満点の楽曲なんだろうと感心したことまで思い出してしまった。すべて良い思い出である。
ともかく、わずかながら同時代を生き、オンタイムで聴けた(明確に覚えているのだからそう言って良いだろう)、加藤和彦、北山修、そしてはしだのりひこによる不世出のバンド、いわゆるフォークルの音楽はどれも高度成長時代、60年代ニッポンの象徴であり、2009年の今でも決して色褪せない「力」をもつものだと、久しぶりにコンピレーション・アルバムを取り出して聴いてみて感じた。サイコーである。

二人きりの世界

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かつての教え子たちと久しぶりに渋谷で酒を酌み交わし、「人間力」談義。年齢が20近くも離れている若者といえども、垣根を越えて話題は尽きることがない。
誰もが仕事にプライベートに悩んでいる。悩んでいることに気がついていないだけで、実は悩みを抱えている人は多い。そしてその悩みを解消しようとある人は自分自身を変革することに躍起になる。しかしながら、何度も書くように「人間は本質的には変わらない」のである。変わるのは「関係の質」のみ。そんな話をまだ社会に出て間もない若者にすると一様に目の色が変わる。そう、口を酸っぱくして語る自論は意外に真理なのかもしれない。

ほろ酔い気分で帰りがけ、突如山下達郎の声が頭の中を駆け巡る。達郎は基本的に夏のイメージを髣髴とさせるアーティストだが、「クリスマス・イブ」に代表されるように、秋や冬にももってこいの声質、そして音楽を創出する。十八番の一人多重コーラス、アカペラ・アルバム。
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この9月で転機を迎える人々が多いようだ。就職にせよ転職にせよ、あるいは結婚や離婚という問題にせよ自らが思うがままに行動するのが正解なんだと思う。自身を信じ、物事を選択すること。それが大事なんだと僕は思う。

NHK-Eで一昨日から「LIFE井上陽水~40年を語る」という4夜連続の番組が放映されている。本日は第3夜、「不思議な素顔」。陽水はテレビっ子らしい。そして、彼の生み出す、不可思議な歌詞を含む「不思議な」一面は、いかにも現代人っぽい高いアンテナが張られた結果なんだということがよくわかって面白かった。彼は言う。「世の中でもっとも重要なのは涙を誘うこと、あるいは普通に感動を与えることよりも『笑いを与えられる』ウィットなんだ」という言葉が大いに身に染みた。素晴らしい。

80年代の傑作「少年時代」や「最後のニュース」が収録された「ハンサムボーイ」。名盤である。陽水の歌はいつも予想がつかない。重厚な楽曲があるかと思えば、あまりに軽い爽やかな名曲が存在する。

陽水三昧

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昨日のブログ記事のコメントのやりとりを見ていて、昔「ビッグコミックスペリオール」で連載されていた「サンクチュアリ」を思い出した。カンボジア内戦時に幼少を過ごした二人の日本人が帰国後、腐敗し切った日本の政治を表の世界と裏の世界の両方から立て直していくというストーリー。「表」があれば「裏」がある。「陽」があれば「陰」もある。やはり、両方必要なのである。すべてを包み込んで受け容れることができる余裕が欲しいものである(頭でわかっていてもそこは人間。気を抜くと「エゴ」がむっくりと頭をもたげる)。

まるでベルベットのような肌触りの陽水さんの歌声。
僕が初めて井上陽水を知ったのは、1974年発表の「二色の独楽」で。「まわれまわれ二色の独楽よ、色をまぜてきれいになれ、女はさみしい、男は悲し・・・」、小学生には全く意味不明の歌詞が連なる。大人になってから陽水さんの創作する歌の意味深さに驚愕するのだが、これほど詩的で、しかも人間の深層心理を突いた歌詞が生み出せるのはこの天才をおいて他にはないのではないかと思わせるほど(僕の趣味も大いに反映されているので、決して普遍的なものじゃないだろうが)。

ワークショップZERO

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終わった。良かった。9:30にスタートし、20:30まで都合11時間。さすがに最後は疲れを感じたものの、決して嫌な疲れじゃなく、爽快な気分を伴ったもの。ご参加いただいた方にも喜んでいただけたので感無量。やっぱり今の世の中に必要なコンテンツなんだと確信した。
「確信」がどんどん深まる。ひとりでも多くの人にシェアーしたい。そうすることがそれぞれの「幸せ」につながるのだったら、とにかく命を懸けてやろうと心底思える。続けてきて本当に良かった。

言葉では説明できない得もいわれぬ感覚を持ったという。身体中の毛穴が開くような「喜び」を瞬時に感じられたことが、人として生きてきて本気で良かったと思えるのだと。大そうな意見だが、その気持ちもよくわかる。それくらいに「特別な」体験なのである。

2010年9月

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