ストラヴィンスキーの「ミューズを率いるアポロ」について思ふ

「私の人生の年代記」は、ストラヴィンスキーの頭の中がわかって面白い。
特に、1928年に表明されたという「あらゆる国をひっくるめて、聴衆の90パーセントは私の音楽を愛していないと私は思う。したがって私を擁護する人々はせいぜい10パーセントいるかいないかだ」という言葉は重い。確かにこれは彼が世間の状況や自分の内側を冷静に見つめ客観的に捉えていたという証だが、一種の開き直りともとれるし、あるいは自虐的な判断であるようにも思える。果たしてどうなのか?

その頃は、ディアギレフが亡くなる直前で、バレエ・リュスとの蜜月もほぼ終了間際。しかも「ミューズを率いるアポロ」なる、新古典主義を標榜する「新しいタイプ」の舞踊を発表しようとしていた時だから、とにかく揺るがぬ自分軸を構築するために世の中と、そして自分自身と必死で闘おうとしていたのだろうと僕は思うのだけれど。

実際に、バレエ「ミューズを率いるアポロ」は極めて革新的な傑作だ。以下は舞踊評論家リンカーン・カーステインの「アポロ」についての評。

現代の舞踊における「モダニズム」の大部分は《アポロ》からくるものであり、多くの種類のリフトやトウの使い方が《アポロ》以前は知られていなかったということを私たちは忘れがちだ。このような革新ははじめ、多くの人々に嫌悪感を抱かせたが、サン・レオンやプティパ、イワノフの純粋なスタイルのあまりに自然な延長線上にあったため、ほぼ即座にバレエ芸術の伝統に組み入れられて行ったのだ。

なるほど、ストラヴィンスキーの先を見通す天才。しかし、後述するように彼の意識に「未来」はない。あくまで「今」を生き、あくまでユニークな自分自身を貫いたということ。

そして、ストラヴィンスキー自伝中の「アポロ」にまつわる言。

古典舞踊の線的な美しさに感嘆して、私はその種のバレエを考え、とりわけ「バレエ・ブラン(白いバレエ、白い衣装で踊る古典的バレエの総称)」と呼ばれているものを検討した。私の目からすると、そこでこそ、その芸術の真髄がそのあらゆる純粋さのなかで明らかになっていた。私はそこに、多色の装飾やあらゆる過剰を取り払うことによって生まれた素晴らしい瑞々しさを見出した。そうした特質は、類似した性格を示す音楽を書くよう私を促した。そのためには、全音階的手法がもっともふさわしいと思われた。・・・(中略)・・・したがって、すべてが旋律的原理を軸に回るような音楽を書くという考えは、私にとって抵抗しがたい魅力を帯びた。それに、弦楽器の多様な響きの好音調に浸り、それをポリフォニックな組み立てのごく些細な片隅まで浸透させるというのはなんという喜びだろう!
P157-158

ストラヴィンスキーの音楽はいずれも極めて高度な計算の上に成り立っているということだ。なるほど彼が音楽におけるアポロン的要素を重視することがよく理解できる。その意味で、彼にとっての理想はトスカニーニやライナーの演奏でこそ叶えられるということだった。となると、この書では言及はないが、ムラヴィンスキーの演奏についてストラヴィンスキーはどう思っていたのか気になるところ。腰を抜かした?あるいは卒倒した?
極限まで切り詰められた、そして、一音一音に魂のこもる純音楽。音の一端に触れると切り裂かれるのではと思わせるほどの冷たい感動。

・ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲(1965.2.28Live)
・バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽(1965.2.28Live)
・ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ミューズを率いるアポロ」(1965.2.26Live)
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

スコアへの全体観。そして各々の音符、フレーズに対しての見事なまでの敬意。ムラヴィンスキーの天才が息づく。

私は作曲に向いているから、また作曲せずにいられないから作曲するのだ。
P203

よく承知しておいていただきたいが、彼ら(=自分の作品を熱狂的に歓迎しない近年の大衆)が望んでいるものは私にとっては時代遅れのもので、彼らの意見に従うことは、私自身を無理に抑えつけることである。しかし他方、私が「Zukunftsmusik(未来の音楽=実現の見込みのない夢)」の信奉者であると思うなら、それは間違いである。それ以上に馬鹿げたことはない。私は過去にも、未来にも生きていない。私は現在に生きている。
P206

この自伝のお蔭で僕が随分ストラヴィンスキーを誤解していたことがわかった。イーゴリ・ストラヴィンスキー万歳!!

※メロディアのMravinsky Edition初期輸入盤(74321 25197 2)は音質がぼやけていていまひとつ。数年前にScribendumからリリースされた”Mravinsky in Moscow 1965”と題するセットに収められたものは音質改善されており、ムラヴィンスキーの至芸が見事に蘇っている(最近SACD化されたようだが、こちらは未聴)。

 


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4 COMMENTS

ふみ

ムラヴィンスキーはこの曲を愛していて、この曲がこの世にあって感謝している、って言ってた記憶があります。

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ふみ

ムラヴィンスキーのDVDで言ってましたねぇ…あのリハーサル風景が入ってるDVDです。いくつか出てますが、いかんせん実家だ…あのDVDは素晴らしいですよ。ブラ2やら4やら感動的な音楽作りです。

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