ポリーニのショパン練習曲集(1972録音)ほかを聴いて思ふ

エロスと死の匂いを醸すその音楽は、30余年という年月を経ても決して色褪せない。女装のジャケットからして衝撃だった。
まるでアルノルト・シェーンベルクが提唱したシュプレヒ・シュティンメという名の唱法だが、声といい、語りといい、何と音楽的であることか。
しかも、ポップで革新的な音楽に乗るその詩のすべてがあまりに過激で、あまりに卑猥であることがミソ。とても邦訳して掲載することが憚られる内容であるが、フランス語のもつ退廃的で洒落た音感がとにかく美しく、はまる。

露骨に男性器、あるいは糞野郎。ましてや同性愛、あるいは近親相姦と、およそスキャンダラスな事象なんでもござれ。なるほど、18世紀のヴォルフガング・アマデウス顔負けの言葉遊びとでも言うのか(非難劫々だったこの曲の見事な解読がこちらのサイトで行われていて、とても参考になる)。

Inceste de citron
Lemon incest
Je t’aime t’aime, je t’aime plus que tout
Papapappa
Naïve comme une toile du Nierdoi Sseaurou
Tes baisers sont si doux

何より、いまや彼の代名詞のひとつともいえる娘シャルロッテとのデュエット”Lemon Incest”の素晴らしさ。当時あがった非難に対して彼は次のように言い放ったという。

倒錯を注入することで、真理を探求しただけの歌さ。俺が求めているのは、自分の幼児期の純粋さだ。

天晴!吉田秀和さんの、「音楽」、「詩」、「愛」、そして「死」は同じ根から生えてきたものだと思うという言葉を三たび思った。セルジュ・ゲンズブールの音楽は古びない。表現が露骨であればあるほど、そこには真理が垣間見られるよう。

・Serge Gainsbourg:Love On The Beat (1984)

Personnel
Serge Gainsbourg (vocals, synthesizer, arranger)
Billy Rush (bass, guitar, producer, drum programming)
Larry Fast (synthesizer, synthesizer programming)
Stan Harrison (saxophone)
George Simms, Steve Simms (background vocals)
Charlotte Gainsbourg (arranger, vocals)

ちなみに、“Lemon Incest”の引用元は、言わずと知れたショパンの練習曲作品10-3、通称「別れの曲」。
若きマウリツィオ・ポリーニが録音したショパンの「練習曲集」を久しぶりにひもといた。技術的な凄さもさることながら、楽譜に正面から挑み、いわば正面から真理を探求したピアノの妙。これを超えるものは今後も容易には出ないだろう。不滅だと僕は思う。

ショパン:
・12の練習曲作品10
・12の練習曲作品25
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)(1972.1&5録音)

作品10の第1曲から人間離れした音楽。機械仕掛けのようでいて、微妙な揺らぎが極めて美しい。曲が進むにつれますます熱を帯びるその様はポリーニならでは。例えば、第5曲「黒鍵」の跳躍のすごみ。第6曲変ホ短調の哀しい安らぎ。また、第12曲「革命」はとても音楽的。
作品25の第11曲「木枯らし」を初めて聴いたとき、僕は卒倒した。
作品10-3「別れの曲」はポリーニの真骨頂。速めのテンポで颯爽と歌われるかの旋律に跪く。何という美しさ。

数それ自体というものはないし、またありえない。実際には多くの数世界があるのである。それは多くの文化があるからにほかならない。それぞれの数概念はいずれも根底から独自のものであり、異なった世界観の表出である。
(オスヴァルト・シュペングラー「西洋の没落」)

眼を開けよと。
意識を拡張せよと。

真理といったって、われわれがそう見ようとしている真理しか見ることができないのである。いくらかは苦労をして元来は備わっていなかった見方を開拓することができるけれども、人類にはもともと許されている、あるいは脳の構造上決まってしまっている範囲を超えてものを見ることはできないはずである。われわれのパターン認識には全然引っかからないパターンというものがあるにちがいないと思う。
足立恒雄著「√2の不思議」(ちくま学芸文庫)P211-212

ゲンズブールが言うように、常識を超えないと真理は見つけることができないのだと思う。

 

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