第42回 早わかりクラシック音楽講座 2010/12/26(Sun)

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「ベートーヴェンの交響曲~聴き比べ~」

内容
≪ ベートーヴェンの交響曲~聴き比べ~ ≫
第1部:ピアノ生演奏(Piano:愛知とし子)
第2部:ベートーヴェンにまつわるキーワード、初期の交響曲~過去の集大成「交響曲第5番」を中心に
第3部:「田園」交響曲と第9交響曲
-お茶とお菓子付-

今年生誕240年の楽聖ベートーヴェンの交響曲。9つの個性的なこの精神芸術を本講座で聴き比べようという無謀な企画を決行しました。本来ならば1曲ずつを丁寧に、しかも様々な演奏解釈を比較しながら進めるべきなのですが、3時間という時間の中で集約するのはさすがに少々無理。ということで、いくつかの交響曲は抜粋で、そして一般的にも最も有名でありながら全曲は聴いたことがないという入門者が多い交響曲第5番(通称「運命」)を中心に13名の参加者と楽しく過ごさせていただきました。

第1部
□ピアノ生演奏(Piano:愛知とし子)
①ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調作品27-2「月光」(1801年)
第1楽章 アダージョ・ソステヌート(当日の演奏を試聴(約33秒))
②ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」(1798年)
第2楽章 アダージョ・カンタービレ(当日の演奏を試聴(約35秒))
③バガテル「エリーゼのために」WoO59(1810年)(当日の演奏を試聴(約30秒))

1年数ヶ月ぶりにクラシック講座での愛知とし子ミニコンサートが復活。わずか15分ほどとはいえ、生でピアノの演奏に触れていただく機会を持つことは重要だと再確認しました。それにしても彼女のベートーヴェンはやはり優れもの。今回も抜粋とはいえ、名演奏を堪能させていただきました。

写真 003

第2部
□ベートーヴェンにまつわるキーワード、初期の交響曲
まずはいつものようにベートーヴェンという作曲家を知っていただくために、いくつかのキーワードをネタに20分ほど解説しました。第一「アダルト・チルドレン」。というと、マイナスのイメージがついてしまいますが、ベートーヴェンの場合幼少の過酷な体験があったからこそ、類い稀な作品群ができあがったと言っても言い過ぎではありません。ここのところ僕は思います。過去のどんな体験も、それが心理的トラウマを誘発させるような出来事であったとしても、それがあっての「今」だということを忘れてはいけないと。ベートーヴェンも父親のいわゆる「虐待」に耐えました。幼いベートーヴェンの音楽的才能にいち早く気づき、彼の能力を利用してお金儲けを企んだのだと言ってしまえばそれまでですが、やはりベートーヴェン自身も、そして彼の音楽を享受する後世の我々もその意味では父ヨーハンに感謝するべきでしょう。ベートーヴェンのどの作品にも潜む絶望的な苦悩と開放的な明るさは、彼が自身の喜怒哀楽全てをひとつに包括し、父を許し、そして全て人々を受け入れようとする楽聖の潜在力として昇華されてゆくようです。そして、第二が「女性関係」。生涯独身を貫き、いかにももてない男であったかのようなイメージを持たれますが、さにあらず。結構なプレイボーイで10代の頃から何人もの女性と恋に落ちているのです。もちろん女性との恋愛経験が生み出す楽曲にも影響を与えています。例えば、第1部で愛知とし子が演奏した「月光」ソナタや「エリーゼのために」などは女性関係なくしては生まれなかっただろうといわれている美しい音楽たちです。さらに第三が「フリーメイスン」。このイギリス発の友愛団体とも秘密結社ともいわれている謎の団体についての詳細は語り尽くすほどの知識は持ち合わせていないため、あくまで推測ですが、おそらくベートーヴェンも先輩であるモーツァルトやハイドン同様会員だったのではないかということ、彼の革新性と晩年の悟りの境地ともいえる多くの作品を生み出した根底にはフリーメイスンの思想あってのものではないかと思われるのです。ちなみに、数ヶ月前に読んだ古山和男氏による「秘密諜報員ベートーヴェン」で氏は、「エリーゼのために」は一般的にいわれている「当時恋愛の最中にあったテレーゼのために書いたものだという」説をとらず、「Elise」とは「Elysium(すなわち自由を得た地上の楽園)」を指すのではないかという新説を出されております。なるほどと納得のゆく解釈でもありますので、ご興味ある方はぜひご一読ください。単に女ったらしではなかったベートーヴェン。最後は「人類がそもそもひとつであり、表も裏も、善も悪もない、そんな”Imagine”のような世界を目指すべく、音楽を駆り立てられるように書き続けたのではないでしょうか。

という前提をご理解いただいた上で、交響曲第1番から抜粋で順番に聴いてまいりました。

①交響曲第1番ハ長調作品21~第3楽章
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団

ひとつひとつの作品で挑戦と革新を試みたベートーヴェン。まずは第1交響曲のメヌエット。通常メヌエットは踊りのための音楽ですが、残念ながらこの音楽では踊れません(笑)。指定が単にメヌエットになっているだけで、そもそも既にいかにもベートーヴェンらしい「新しさ」を追求しているのです。

②交響曲第2番ニ長調作品36~第1楽章
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団

「ハイリゲンシュタットの遺書」の直後にも関わらず、何とも明るい前向きな青春の音楽。オープニングの堂々たる和音、そして長い序奏。この試みもベートーヴェンらしい挑戦であり、何と希望に満ち溢れていることでしょう。

続く第3番「英雄」と第4番は時間関係で楽曲の紹介だけに留めました(「エロイカ」は以前採り上げているのでカット。第4番に関してはまた後日)。
ということで、クラシック音楽ファンでなくても誰もが知っているクラシック音楽を。通称「運命」と呼ばれる第5交響曲(全曲聴いていただきました)。

③交響曲第5番ハ短調作品67
カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

泣く子も黙るカルロスの「第5」!(笑)一気呵成に前進する様はもう見事です。ベートーヴェンが足掛け5年を費やし推敲に推敲を重ねたこの作品は一部の隙もありません。最初の4つの音が「幼い頃父から受けた暴力のフラッシュバックではないか」という福島章氏の説をご紹介し、「苦悩から開放へ」というベートーヴェンのテーマについてもお話しさせていただき、大音量でこの傑作を堪能しました。やっぱり第4楽章の冒頭主題(♪ドーミーソ~ファミレドレド~、ドードレ~レーレミ~、ドレミファミファソラソラシド~、ドレミファミファソラソラシド~ドレミファミファソラソラシドシドレミ・・・)が現れる瞬間の解放感が皆さん堪らないようでした。
ついでに、少しばかり第1楽章冒頭の聴き比べを。

④オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
⑤クリストファー・ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック

重厚なクレンペラーによる演奏。ライブ録音ですが、同じウィーンフィルとは思えない音色。そしてピッチが低いピリオド楽器での演奏。新鮮な音の響きに皆さん驚かれていました。

写真 005

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第3部
□「田園」交響曲と第9交響曲
だいぶ時間が少なくなってまいりました。ということで、休憩後第6番から。「田園」交響曲と呼ばれるこの音楽は、ほぼ第5と同時並行で書かれたものですが、まったく違った境地を表出します。第5があくまで地に足のついた現世的な音楽であるのに対し、片足を彼岸の世界に突っ込んでいるような恍惚の、というか悟りの音楽。スタイルが5楽章であること、そして後世の作曲家に多大な影響を与えた「標題音楽」であること、ここでもベートーヴェンの挑戦、革新は続くのです。

⑥交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」~第4楽章「雷雨、嵐」&第5楽章「牧人の歌、嵐の後の喜ばしき感謝の情」
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団

単に僕の勝手な思い込みかもしれませんが、第6こそがベートーヴェンの最高傑作なのではないかとフィナーレを聴くといつも思います、ということを参加者の皆さんにシェアーさせていただきました。

以前採り上げた第7交響曲。その推進力、狂乱の舞踏ともいうべきフィナーレをカルロス・クライバーの演奏で改めて聴いていただきたかったのですが、時間の関係でパス(第36回で採り上げたということも理由)。第8交響曲はいずれ機会を見てということにして、最後は第9について(ついでにベートーヴェンのテンポ指定の疑問についても少し触れました)。

解釈によるテンポ感の相違について第3楽章抜粋で聴き比べ。

交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付」~第3楽章抜粋
⑦レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
⑧クリストファー・ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック

そして、最後の合唱。シラーの「歓喜によす」という詩に、すでに10代の頃から興味を抱いていたベートーヴェン。足掛け30年近い年月をかけ、晩年にようやく生み出した合唱付きの画期的大交響曲のその最後にそのシラーの詩を引用したのです。ここでも”Elysium”という単語が出てきます。そして、その詩は人類がひとつであることを訴えかけているのです。

⑨交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付」~第4楽章
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ベートーヴェンの交響曲はいつ聴いても偉大であることを痛感しました。そしてどんな解釈をも受け容れるだけの奥深さがあるとも。ご参加いただいた方にはぜひ実演でベートーヴェンの交響曲に触れていただくようお願いしました。何度も繰り返し聴き、身体に染み込ませるくらい浸る。これがクラシック音楽を理解する一番のショートカットです。

次回第43回は、ロベルト&クララ・シューマン 愛の音楽」と題し、19世紀ヨーロッパで活躍したこのおしどり夫婦の作品を中心に講座を進めてまいります。夫ロベルトより才能があったのではないかと思わせるクララの佳曲が聴きものです。