当時の前衛的手法を吸収し、それでもなお自らの独自性を投影した作品番号1番。
編成も特別で、3つの楽章が極めて調和的に綴られる傑作だと僕は思う。それに、おそらく作曲者が自身の内なる男性的なるものを確実に刻印するべく創造しただろう「攻撃性」がそこかしこに垣間見えるのだから実に興味深い。
ベンジャミン・ブリテンが性に目覚める頃。1936年の日記。
列車の中で紅茶を飲んでバンズを食べた。理由はレストランの若いボーイが感じがよかったからで、運んできてくれたとき少し話をした。なんて恐ろしい！でも、何も悪いことはないと誓う。
～デイヴィッド・マシューズ著／中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」（春秋社）P52
抑圧された性のほんのわずかな解放。作品1に感じられる「攻撃性（前衛？）」は、ひょっとすると彼の潔癖さと押し殺したエネルギーの発露にその因があるのかもしれない。それにしても「管楽五重奏＋弦楽五重奏」という編成の面白さ。
ベンジャミン・ブリテンの記念すべき自作1番が、ウィーン・フィルハーモニーのメンバーたちの手により丁寧に、想いをもって表現される。初演当初表面的と酷評されたものの、沸々と湧き出す愛情が感じられる温かい演奏。
一方、シンプル・シンフォニーには、極めて柔和で清らかな内なる女性性が刻まれる。
これは、スランプに陥っていた時期、少年時代に書き溜めたものをアレンジ、再構成したもので、多少なりともお金を作るために編まれた作品だが、旋律の美しさや音楽の清澄さはチャイコフスキーを髣髴とさせ、メロディ・メイカーブリテンの面目躍如たるもの。
ちなみに、ブリテンの指揮はあくまで客観的であり、ただただ「音楽」だけを感じさせる素晴らしいもの。ピツィカートを主体にした第2楽章など、根底に流れる喜びは聴く者を平和な気持ちで満たしてくれる。続く（哀しみを湛える）第3楽章センチメンタル・サラバンドの崇高さ。
ブリテン：
・シンフォニエッタ作品1（1932）（1964.4.12-14録音）
ヴェルナー・トリップ（フルート）
カール・メイホーファー（オーボエ）
アルフレート・ボスコフスキー（クラリネット）
エルンスト・パンペルト（バスーン）
ヨーエフ・フェレーバ（ホルン）
アントン・フィーツ（ヴァイオリン）
フィリップ・マタイス（ヴァイオリン）
ギュンター・ブライテンバッハ（ヴィオラ）
エマヌエル・ブラベック（チェロ）
オットー・リーム（コントラバス）
・弦楽のためのシンプル・シンフォニー作品4（1933-34）（1968.5.31録音）
・フランク・ブリッジの主題による変奏曲作品10（1937）（1966.12.19-20録音）
ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団
・ソワレ・ミュージカル作品9（1936）（1981.3.4-5録音）
・マチネ・ミュージカル作品24（1941）（1981.3.4-5録音）
リチャード・ボニング指揮ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団
特筆すべきは自作自演の「フランク・ブリッジ変奏曲」！！
師匠ブリッジの様々な側面を愛情もって見事に音化するその力量に感服。あらゆる感情渦巻くその音楽は、ブリテンの才能の真骨頂。例えば、第8変奏葬送行進曲の重く深い慟哭に心動かされ、（ブリッジの作品からの引用が絡み合う）第10変奏フーガと終曲の荘厳な響きに涙を誘われる。思いのこもった本当に素敵な音楽だ。
徐に室生犀星をひもとく。
私はその大きな、艶透な目の光を感じると同時に、いくらか肉肥りした姿のよい鼻と唇と、多血質な美しい皮膚とを射るように視線のなかに感じた。それらの喜ばしい艶やかな雑作は一瞬の間に、彼女が卑しい盗みをやったことを思わせたが、やはり、そのときは別な、美しい女性としての威光をもって、ぶしつけに垣のそとに立っている私を譴責するもののように思われた。私は一目見たいという望みが充たされたばかりでなく、彼女のこころよい皮膚の桜色した色合いがしっとりと今心にそそぎ込まれたような満足をかんじた。「あの人の盗みをしたことと、あの人の美貌とは決して係っていない。あの人はいつまでも美しい。そして盗みはみにくい。別々なものだ。」と私は考え込んだりした。
～室生犀星作「性に眼覚める頃」（新潮文庫）P35
憧れとはすべてを肯定化する。美醜とは表裏一体。ここにはブリテンの潔癖にも似た超えることのできない思惑がある。しかしまた、それが犀星の魅力。ブリテン然り。
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