デュ・プレ バルビローリ指揮ロンドン響 エルガー チェロ協奏曲ホ短調作品85(1965.8.19録音)

“Playing lifts you out of yourself into a delirious place.”
(演奏することは、自分自身の中から、熱狂的で素晴らしい場所へと私を連れ出してくれる。)

てい
これは、彼女の、ステージ上での忘我の境地を見事に言い表す。
天、すなわち神との対話の記録こそ彼女の遺した数々の録音であり、そこには、わずかな期間だけれど、音楽の巫女としての成果が完璧に刻印されている。

あるいは、彼女はまた次のようにも語る。

“I have the same feeling when I walk in a very beautiful place that I have when I play and it goes right.”
(演奏がすべてうまくいっている時に味わう感覚は、とても美しい場所を歩いている時に感じるものとまったく同じなのです。)


“I love the physical thing of being on the earth that bore you.”
(自分を生んでくれたこの地球の上に立っているという、身体的な感覚がたまらなく好きなのです。)

音楽は、自然と同様真理だと彼女は言う。
そしてまた、次のようにも語ったのである。

“On learning a new piece of music: I charge at it and send everything flying. I like to make a big impact and not tackle it at first bar by bar…”
(新しい曲を学ぶ時、私はその曲に突撃してすべてを吹き飛ばしてしまいます。最初に小節ごとちまちまと取り組むのではなく、大きな衝撃を与えたいのです。)

例えば、彼女にとってエルガーのチェロ協奏曲は特別な音楽だった。
この名曲はデュ・プレによって開拓されたと言っても言い過ぎではない。
彼女は、文字通り、世界に大きな衝撃を与えたのだ。
伝説的録音を聴く。

・エルガー:チェロ協奏曲ホ短調作品85
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ)
サー・ジョン・バルビローリ指揮ロンドン交響楽団(1965.8.19録音)

もう幾度も聴いて、聴くたびに感動を与えてくれる名演奏。
デュ・プレの演奏は幾つかリリースされているが、どれもが素晴らしい。

彼女が引退後に語った言葉。

「私は何ひとつ『達成』なんてしていませんよ。私はただ、いつでも(チェロが)自然と弾けただけなのです」

ただただチェロを弾くことが好きだっただけ。何と謙虚なことだろう。
だからこそ彼女の演奏には感謝が漲るのだ。周囲への感謝、そして神への感謝。

サー・ジョンは言う。

「ジャッキーは時折、感情が過剰であると非難されることがあります・・・しかし、私はそれが大好きなのです。それは若さそのものの溢れんばかりの輝きであり、のちに年齢を重ねれば、削ろうと思えばいくらでも削ることができるものです。しかし、そもそも最初に『燃え上がる情熱』を持っていなければ、あとからそれを付け足すことなど誰にもできないのですから」

また、当時、夫であったダニル・バレンボイムも彼女の才能について次のように証言している。

「彼女は音楽学的な、あるいは科学的な意味において音楽の知識がものすごく豊富だったというわけではありません。しかし、彼女には脳の驚異的な回転の速さと、絶対に過ちを犯さない、紛れもない本能(直感)が備わっていました。彼女は初めて見る楽譜であっても、ただ音符をなぞるだけでなく、その曲の『本質・核心』へと一瞬で到達することができたのです」

彼女の受けた試練は、その才能ゆえだったのだろう。
孔子の「朽木は雕(ほ)るべからず、糞土の牆(しょう)は杇(ぬ)るべからざるなり」という言葉を思う。これは「その用に値しない者には、その命は与えられない」という意味だ。
人類にとって、もちろん彼女にとっても、彼女の短い活動期間は意味があったのである。

美しくも劇的な、そして生命力豊かな唯一無二のエルガーに乾杯。
(ジャクリーヌ・デュ・プレの39回目の忌日に)

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