ハンマークラヴィーア・ソナタ

初夏の暖かさ。西八王子の有料老人ホーム・ジョイステージ八王子にて母の日のための「愛知とし子コンサート」。100人超の方にご来場いただき、素晴らしいひとときだった。相変わらず絶好調のトーク、お客様の反応も良し。音楽というものがその場の観客とのインタラクティブな関係によって生み出され、楽想・表現一つ一つに変化をもたらすものだということを痛感する。ともかく喜んでいただけることが第一。愛知とし子の奏でる音楽が、「母の日」の素晴らしいプレゼントになったことにまずは感謝しよう。

往復の中央線車中で青木やよひ氏の「ベートーヴェンの生涯」を斜め読み。なるほど最新の研究に基づく青木氏のベートーヴェンに関する考察は大変に深く、いちいち納得させられ、ますますベートーヴェンという音楽家に興味を抱かせられる。一般的には不毛の時期と言われる第7、第8交響曲創作以降の数年間。この本を読むと、彼が決してスランプだったわけではないことが理解できる。ネガティブな状態ではなく、聴覚を完全に失ってゆく中で、楽聖が自身の内面と向かい合い、徹底的に哲学的思考に傾き、ある時は神と対峙し、一段も二段も精神的成長を遂げた時期だったことが、残された当時の日記の断片の紹介記事を読むだけで如実にわかる。

6年間継続したこの時期の日記の最後の記述は、18世紀の宗教哲学者シュトゥルムの次の言葉であったらしい。
「それゆえ私は、心静かにあらゆる変転に身をゆだねよう。そしておお神よ!汝の変わることなき善にのみ、私のすべての信頼を置こう。汝、不変なる者は、わが魂の喜びたれ。わが巌、わが光、わが永遠なる信頼であれ!」

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調作品106「ハンマークラヴィーア」
エリック・ハイドシェック(ピアノ)

心静かにアダージョ楽章だけを抜粋で。
病が癒え、身辺のゴタゴタからも少しずつ解放され、まさに自身の芸術にのみ意識を向けるよう自らに課した矢先、ベートーヴェンの内側からは途方もない「芸術」が次から次へと生み出される。人間感情を超えた、自然や宇宙とひとつになってゆく音の連なり。脱力・・・、そして解脱・・・。

無駄なものが削ぎ落とされ、すーっと身体が楽になってゆくのがわかる。


12 COMMENTS

雅之

おはようございます。
青木やよひ氏の「ベートーヴェンの生涯」は良書ですよね。以前話題にされた古山和男氏著による斬新な新解釈「秘密諜報員ベートーヴェン」などと併せ読むと、ベートーヴェンの生涯が、より立体的に浮かび上がりますよね。

愛知とし子さん奏でる「母の日」の素晴らしいプレゼント、さぞ素晴らしかったことでしょうね。聴かれた方が羨ましいです。

ベートーヴェンの父親については語られることが多いですが、母親のことは意外に知られていませんよね。愛情あふれた優しいお母さんだったようですね。

遅ればせながら、最近、母親のマリア・マグダレーナ・ケーヴェリッヒが生家、ケーヴェリッヒ醸造所のワインを初めて取り寄せ、妻と飲んでみました。
http://item.rakuten.co.jp/iketome/843722/
じつに美味でした。

『ベートーヴェンが、かつてウィーンで第九交響曲を作曲していた時、母を懐かしんで故郷のモーゼルワインを実家から馬車で取り寄せ、そのワインを飲みながら第九を作曲した』とか・・・。
※参考サイト
http://blog.zgm.jp/?eid=177110

ベートーヴェンは16歳で母を亡くしています。私は17歳の時でした・・・。
ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」の完成はベートーヴェン48歳の時。
出版は翌年、今の私と同じ49歳の時・・・。なかなか感慨深いです(笑)。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
こんにちは。
確かにベートーヴェンの母親についてはほとんど語られることがないですね。
生家がワイン醸造所とは僕も初めて知りました。とはいえ、このワインは興味ありますね。一度僕も飲んでみたいと思います。ご紹介ありがとうございます。

>ベートーヴェンは16歳で母を亡くしています。私は17歳の時でした・・・。
ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」の完成はベートーヴェン48歳の時。
出版は翌年、今の私と同じ49歳の時・・・。なかなか感慨深いです(笑)。

何と!同じような時期にインド哲学に興味を持たれているという点から考えても雅之さんはもしやベートーヴェンの生まれ変わり?!(笑)

返信する
雅之

そういえば、寅年生まれという点でも一緒でした。
だがしかし・・・、
これで、ベートーヴェンと同じくらい才能に恵まれてりゃなあ(涙)。

返信する
畑山千恵子

ハイドシェックのベートーヴェンツィクルスを聴きに行きまして、大変感動したものの、結局、2回中止となり、全曲完奏ではありませんでした。残念です。
ハンマークラヴィーアというと、ペーター・レーゼル、ゲルハルト・オピッツの2人も素晴らしく、座ったとたんに弾き出しました。また、ルドルフ・ブッフビンダーは、第1楽章が終わった後、ピアノの弦が切れてしまい、中断となりました。その後、大変素晴らしい演奏で纏めました。
4月30日、トッパンホールでマルティン・ヘルムヒェンもハンマークラヴィーアをやりました。こちらも見事で、これからが楽しみな逸材です。6月、マルティン・シュタットフェルトも聴きに行く予定です。

返信する
雅之

「エリック・ハイドシェック ピアノリサイタル」延期のお知らせ
——————————————————————————–
大地震に伴う原発事故発生により、エリック・ハイドシェック氏の来日が
4月17日(日) から 11月25日(金) 午後7時開演 に延期となりました。
大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
ご理解、ご了承を賜りますようお願い申し上げます。
詳しくは、秋篠音楽堂 TEL 0742-35-7070までご連絡下さい。
http://www.akishino-ongakudo.com/syusai/index.html

“巨匠ハイドシェックの至芸 17年ぶりの松山公演”中止について
4月27日(水) 松山市民会館中ホールにて公演予定の『巨匠ハイドシェックの至芸 17年ぶりの松山公演』は、東日本大震災(原発事故)の影響により、ハイドシェクの来日が中止されました。
やむえず、松山公演は中止とさせていただきます。
チケットの払戻しは、お買い求めの各プレイガイドで申し受けます。
詳細については、主催者にお確かめください。
お問合わせ先は下記のとおりです。
【お問合わせ先】
宇和島音楽鑑賞会
TEL 0895-22-4197(夜間のみ)
http://www.cul-spo.or.jp/mcph/infomation/infomation_concert.04_27.html

さすが「世界一の原発大国フランス」の芸術家は敏感です。
原発事故に対するこの危機感、
彼らには他人事の恐怖とは思えないのでしょう。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。干支も同じでしたね。ますます、です。
ところで、ハイドシェックのコンサート、行く予定でした。しかしながら、延期になり先の状況が見えないため一旦キャンセルしました。秋になって行けるようでしたらもちろん行くつもりではあります(チケットが残っていればですが)。それにしても久しぶりの宇和島公演が中止になったのは痛恨事ですね。ヨーロッパの中でも特にフランスでは日本の状況について相当重く報道されているようですね。東京も”melt down”といわれているそうです。
もちろん中にいる我々だけが詳細に知らされていないという可能性もありますが・・・。

返信する
岡本 浩和

>畑山千恵子様
こんばんは。ご無沙汰しております。
12年前の、ツィクルス行かれましたか!実は僕も毎回欠かさず馳せ参じておりました。確かにハンマークラヴィーアの時は最悪の状態でしたよね。それに最後の2回が中止になりました。
残念ながらオピッツやレーゼルのハンマークラヴィーアは聴くことができませんでした。さぞかし素晴らしいコンサートだったのだろうと想像します。

ところで、マルティン・シュタットフェルトは興味深いですね。都合が合うようでしたら行きたいと思います。

返信する
雅之

こんばんは。

>もちろん中にいる我々だけが詳細に知らされていないという可能性もありますが・・・。

そりゃ「大本営発表」を本心で信じられる人は、
よほど物事を深く考えたことがない人か、
おめでたい人でしょう(笑)、いつの時代でも・・・。
そういう人が社会では好まれるのでしょうが、
私は「やなこった、べーだ」です(笑)。

返信する
アレグロ・コン・ブリオ~第4章 » Blog Archive » ショスタコーヴィチは神を見捨てていないのか?

[…] ・シューベルト:4手ピアノのためのソナタハ長調D812「グランド・デュオ」(1824年) ・ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調作品47(4手ピアノ編曲版)(1937年) グラウシューマッハー・ピアノ・デュオ いや、これは凄い。ピアノの可能性を最大限に引き出し、管弦楽版に全く引けを取らない。そもそもそう簡単に演奏会に足を運べなかった、あるいはそうそうオーケストラを招集して演奏させることなど簡単にはできなかった時代の作品ということもあろう、家庭で(あるいは小ホールで)披露するには、そして楽しむのにはぴったりの大きさで、ピアノという楽器だけで多彩な音色を生み出す様は本当に魔法のよう。天才ショスタコーヴィチの成せる技なり。 ちなみに、この4手ピアノ版第5交響曲を聴いて思い出すのがベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」ソナタ。第3楽章ラルゴなど、かの大作のアダージョ楽章に匹敵する深遠さ。フィナーレはさすがに「ハンマークラヴィーア」のそれに比べるべくもないが、それでもこの「勝利の歌」は見事なカタルシスを生む。(そういえば、「ハンマークラヴィーア」ソナタをワインガルトナーが管弦楽アレンジし、演奏した音盤があったが、あれも大変優れた編曲の演奏だった。誰か最新機器で録音しないだろうか) それともう一つ。ピアノの音色そのもののせいもあろうが、ロシア正教の鐘の音が随所に聴こえる(ように僕には思える)。ショスタコーヴィチは神を見捨てていなかったのかも・・・。 […]

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む