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岐阜から中央高速道を北上する途中では降雪。真冬に戻ったかのような外気の中、高速バスでゆったりと帰京。5日間の旅は滞りなく無事に終わった。

7日(日)、信楽町文化協会主催による「愛知とし子アンコールコンサート」。生憎の天気の中、大勢の方々にご参加いただき、そして協会長さんをはじめとするスタッフの方々の並々ならないご尽力のお陰で、昨年同様おおいに沸いた2時間強だった。2月に開催された杉並でのマチネのプログラムをベースに、市民参加型の合唱あり、ギター二重奏ありという構成。

第1部(ピアノ演奏)
・チャイコフスキー:「くるみ割り人形」作品71より
『行進曲』、『妖精の踊り』、『トレパック』
・プロコフィエフ:バレエ「ロメオとジュリエット」からの10の小品作品75より
『モンタギュー家とキャピュレット家』
・グリンカ(バラキレフ編):「ひばり」
・ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
―プロムナード
―第3曲『チュイルリーの庭、遊びの後の子どもたちの口げんか』
―プロムナード
―第5曲『卵の殻をつけた雛鳥の踊り』
―第9曲『バーバ・ヤーガの小屋』
―第10曲『キエフの大門』

『ひばり』のときには、お客様にステージ上にあがっていただき、例によってピアノの下に潜って聴いていただいた。こういう趣向は、普段なかなか体験できないものゆえ子どもさんからは、「大きかった!」と感嘆の声があがった。

100307_shigaraki_concert4.jpg第2部(地元コーラスグループとの共演)
・コーラスきらら  
   「君を乗せて」
・コーラスきらら&勅旨コーラスあじさい会  
   「川の流れのように」(手話付)
・コーラスきらら&勅旨コーラスあじさい会  
   「琵琶湖周航の歌」(手話付)
・ギターだいりの社中  
   ヘンリー・マンシーニ:「小象の行進」
   タルレガ:「アルハンブラの思い出」
・コーラス・コールアミー
   フォスター:「夢路より」
   モーツァルト:「アヴェ・ヴェルム・コルプス」

午前中の初合わせの時は少々焦ったが(笑)、本番は上手い下手ではなくなかなかのもの。コーラス・グループそれぞれの持ち味を生かしながら、合同合唱では、とても初めてとは思えないほど息の合った演奏だった。それにしても愛知とし子は伴奏も上手い。近い将来ぜひとも様々な室内楽に挑戦してもらいたいものだ。

100307shigaraki_concert5.jpg第3部(雲井小学校の児童によるイメージ絵)
・サン=サーンス:組曲「動物の謝肉祭」
(朗読:福西美智子さん)

メイン・プログラムとなる「動物の謝肉祭」では、雲井小学校の児童の皆さんにそれぞれの楽曲から感じたイメージ絵を事前に描いていただいた。当日は、ピアノ演奏と朗読に合わせ、選ばれた絵をプロジェクターで順番に映したが、どの絵も創造力豊かで、子どものもつ感性の素晴らしさをあらためて実感した。それにまた、コール・アミーの福西さんの朗読も素晴らしかった。何といっても声に独特の表情をつけたり、身振り手振りを交えて、聴衆にアピールするようアドリブ的にやっていただけたことがとてもよかったと思う。

そして、最後のアンコールでは、合唱団全員に登壇いただき、会場の皆さんとともに「見上げてごらん夜の星を」を。

出演者が多く、舞台の演出の関係で緞帳の上げ下ろしや、椅子の出し引きなど、細かい仕事を丁寧にやっていただいたスタッフの皆様のお陰で、今回のコンサートは大成功に終わったと思う。重ね重ねありがとうございます。

100308_ena_shrine.jpgところで、翌8日(月)は、瑞浪に滞在。朝から恵那市で毎月1回開かれているチベット体操教室に参加。持ち寄りの美味しいランチをいただいた後、恵那神社に詣でる。とても神聖なエネルギーに満ちたところだった。

今回の旅で感じたこと。
家族や親戚が揃っての催事は、人の絆や和を強固にしてくれるように思う。楽しさ、喜び、あらゆるポジティブな感情が湧き出ずるようだ。そして、昨年に引き続き東京からわざわざ駆けつけてくれた稗田くんにも感謝。さらに、愛知とし子の後援会長でもある小泉さんもこの日のためにいらしていただき、4日間を共にした。いろいろなお話ができたことがとてもよかった。じっくりと、そしてゆっくりと話ができる機会があるということは人間の「関係性」においてとても大切なことだと再確認した次第。

明日からまたがんばろう。





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信楽にて

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100306_hando.jpg驟雨の中、いつものように飯道神社に詣でる。
今日の山頂は何とも表現しがたい「氣」で満たされており、靄がかかったような神秘的な景色に一層癒される。わが生誕の地は神々に守られているようで、こういう場所に生を得たことにはこれまでほとんど無関心だったが、ここ数年、帰省する度に訪れてはその「大切さ」を実感するようになった。まずは感謝の気持ちを忘れないことだろう。

明日の甲賀市信楽町文化協会主催「市民参加によるアンコールクラシックコンサート~愛知とし子コンサート」のため東京からファンの方々が駆けつけてくださり、本日はわが実家にて前夜祭(笑)。おいしい家庭料理を肴にビールと越乃寒梅にて大宴会。これできっと明日は大成功間違いなし。

ということで、久しぶりに今日は音楽なし。否、しいていうなら、いつものように隣の部屋で愛知とし子の奏でるバラキレフの「ひばり」をじっくりと聴く。明日が楽しみだ。

瑞浪にて

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haydn_symphony_harnoncourt.jpg現在、岐阜県瑞浪市に滞在中。
瑞浪へは新幹線より高速バスが都合良い。新宿から直通ということもあり、かつ速く、しかも値段が格安。それに中央高速道は何と言っても道中の景色が素晴らしい。まぁ、夕方に東京を出てるので、長野県を通過する頃には既に日没近いゆえ「景色」云々はあまり関係ないのだが。

今日は久しぶりにとても暖かかった。午前中から専ら事務作業に時間を割いたが、洗濯やら何やら「家事」を思いっきりしたくなる(笑)。

ところで、僕は研修業、講師業のほか転職サポートを仕事の柱にしているが、一昨年のリーマン・ショック以降の世界同時不況の影響で、思うように成果が挙がらない。否、成果が挙がらないというのは語弊があるか・・・。やはり、企業側の求人が激減していること、そして優秀な人間に限って動かないことなどが理由で業界が冷え込んでいるような印象を受けるのだ。

ただし、ひとりひとりの志願者を具に見てみると、それぞれが「良いところ」をもっており、マッチングによっては最高のパフォーマンスをあげられるのではないかとも思えるのだ。

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人の悪口や批判をする人は、たとえどんなに能力が高くても信用できない。ましてや、それが過去のことであれ自分の近くの人のことであったなら、やっぱり良い気はしない。誰しも「過去」は否定できまい。それがどんなに辛い体験であったとしても、そのことがあるゆえ「今」があるのだから。すべての出来事、そしてこれまで出逢った人々に感謝の念を忘れないことだ。ハワイ伝承のヒーリングである「ホ・オポノポノ」「ありがとう。ごめんなさい。許してください。愛しています。」、この4つの言葉がすべての問題を解決に導くのだという。

身の周りに起こる現象はすべて自分自身の「鏡」である。問題に直面した時こそ感謝の気持ち、あるいは懺悔の気持ちを忘れるなということだろう。

知らず知らずのうちに人は誰でも愚痴ってしまっている。言葉に出さずとも、ついついそういう気持ちに陥ってしまうのだ。あの時ああすればよかった。あの時ああじゃなければよかった。過去の否定は現在の否定につながる。そんなことが良いはずはない。

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ここのところ、僕が目指すものをビジョン化するために、ひとりでブレーン・ストーミングをし、紙に書き出している。最終的にはA4用紙1,2枚で、セミナーの概要が一目でわかるようなものができればいいなと思っている。頭の中では明確に「考え」があり、しゃべれと言われればしゃべれるのだが、イメージ化するのが得意とはいえないこと、そしてこの3年間でいろいろ思考が変化したことなど、様々な理由でビジュアル(紙面)化を怠ってきた。今後、企業研修にも「人間力セミナー」のエッセンスをよりピュアに導入していきたいと目論んでいることと、あるいは従来の個人向けセミナーの場合でも、誰もが一目で「何をやっているのか」わかるようなものを持っていないと話にならないゆえ、早急に形にしようと思ったのだ。とにかくまずは思いつくままに文字にし、整理してみることにする。

人間の力や才能は無限で、少なくとも自分がイメージしたことは必ず実現化するものなんだとよくいわれる。その通りだ。壁をぶち破ればいいのに、まだまだ固い殻の中にいる自分を発見してついつい地団太踏みたくなる。

今月末に第36回「早わかりクラシック音楽講座」を開催するが、さすがにベートーヴェン様(笑)、早いペースで席が埋まってゆく。偶然なのかもしれないが、バッハやモーツァルト、あるいはベートーヴェンの作品を採り上げる時は人気が高い。こちらも気を引き締めて良い回にするようがんばろう。感謝。

ピンと共生

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「新しいこと」を始めるには早い方が良い。と同時に、どうせやるなら迅速に、である。
革新的な人間の思考は、なかなか一般的に認められないというのが世の常。それでもめげずに自身の「軸」、「ベクトル」を信じて動く者には、いうなれば「神の恩寵」がついている(気がする)。

会社を設立して今日で丸1年になる。世の中の不景気加減と連動しているかのように、なかなか大変な1年だった(苦笑)。とはいえ、未来は常に明るいと信じている僕にとっては、多少の「壁」や「苦悩」がないと成長度合いが軽減するので、ひょっとすると今ぐらいがちょうどいいのかもしれないとも思えている。

新たな1年に向けて、イメージがどんどん拡がる。成功するも失敗するも自分の「意思」と「イメージ」次第。現実的にしっかりと地に足をつけて先を見据えながら着実に歩を進めていけば大丈夫だろう。たとえ「牛歩」であれ、一歩一歩である。

僕が考える「これからの未来を担う人材像」は、ピンで生きていけるスキルセット及びマインドセットを持ちながら、組織の中でもチームワークを重視し、「共生」できるという人である。「ピン」と「共生」とは一見矛盾しているように見えるが、実は表裏一体。というのも、人間はいつまで経っても完璧にはなれない存在であり、互いに補填し合いながらひとつのものを完成していくものだと思うからだ。その人間関係の中に、成長の種があり、また「ひとつになる」醍醐味があるのである。

早3月、春の気配

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自身をポジティブにイメージすることは大切だ。
人間誰しも多かれ少なかれ「不安」をもつものだと思うが、何か問題に直面するとどうしてもネガティブに傾いてしまう。「今」を、ベストを尽くして生きていれば悪くなろうはずがないのに、ついつい将来の心配をしてしまうのである。

否定的な意味ではないが、明日のことなどわからない。とにかく「今」この瞬間を謳歌することが大切だ。

1月のハイチでの地震に続き、南米チリでも大地震が起こった。地震多発地区ではない沖縄でも震度4レベルのものが直近あったことを考えると、自然からの何か大きな警告なのか、それとも偶然なのか、あるいは単純に地下活動が活発化しているだけなのか、いずれにせよ大自然を前にしての人間の力など及びもつかないものだということを再確認させられるようだ。

ハイチの地震では何十万人もの人々が亡くなった。チリの場合も700名以上の死亡が確認されているようだ。亡くなった方々はまさか自分がこんな形で命を落とすとは思ってもみなかっただろう。

ブレンデルのリスト

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カセット・テープデッキが修理されて戻ってきた。メーカーに修理を依頼したところ、部品の在庫が既に保管期限を過ぎているため修理不可能との知らせを受けた。キャプスタン・モーターが壊れているのだと。20年近く前に購入した5万円ほどのモデルだが、なかなか良い音がしていたし、ほとんど使っていなかったから「もったいない」という気持ちもあり、何とかリペアできないものなのかと思っていた。それに、近頃はかつてのアナログの音の素晴らしさを再確認し、どうしてもエアチェック・テープなどをいろいろと聴いてみたいという願望に駆られていた時だから、なおさら「捨てるには惜しい」という思いが募った。

ある日、ふと子どものころからお世話になっていたMさんのことを思い出した。そういえば、彼はテレビの真空管などを自分で修理していたなということを思い出したのだ。久しぶりということもあり、ご挨拶を兼ね、メールで問い合わせてみた。気軽にみてあげるよということになり、早速梱包し、物を送った。
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Disciplineという名のバンドがKing Crimsonと名を変え、1980年代初頭に突如表舞台に現れたとき、世のプログレ・ファンは一瞬驚喜したものの、次の瞬間「果たして本当に大丈夫なのか?」という不安に駆られた。

ちょうど僕が大学に入学した頃、そのバンドの初来日公演が行われたが、かつてのへヴィーなファンももちろんその来日を子どものように喜び、楽しみにした。当時の映像はVTRやLDで残っているが、時折、ギタリストが古い楽曲を弾く瞬間も捉えられており、その一瞬だけが妙に神々しいオーラに覆われていることが逆に滑稽に映って、そうそう何度も繰り返し観ていられなかったことを思い出す。

僕の周辺でもほとんどのKing Crimsonフリークはこのバンドを「Crimsonに非ず」と否定した。当然ながら僕も、ほとんど自身の率直な、あるいは直感的な見解を横に置き、そういう風潮に完璧に同調していた(とはいえ、セカンド・アルバムもサード・アルバムもオンタイムにしっかりと聴いているのだが)。
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明日開催予定だった第35回「早わかりクラシック音楽講座」を諸般の事情で中止することにした。いつも楽しみにしていただいている参加予定だった皆さまには大変申し訳なく思います。

今回はイギリスの生んだ大作曲家グスターヴ・ホルストの名作、組曲「惑星」を中心に採り上げる予定だった。ところが、このホルストという作曲家に関しては僕自身勉強不足で、これまで多くの作品を享受してこなかったどころか、その生い立ちや人間性についてもほとんど無知だったゆえ、ひょっとすると神様がもう少し勉強してから皆さまに講義すべきだろうと、採り上げるのを延期するよう計らってくれたのかもしれないと思い、ホッとしているところだ。

とはいえ、少しずつホルストについて調べ上げているうちに、例えば彼が熱烈なワグネリアンだったこと、若い頃聴いた「神々の黄昏」やバッハのロ短調ミサ曲に衝撃を受けたこと、あるいはインド哲学やサンスクリット文学に興味を持ち、厳格な菜食主義者であったこと、そして音楽的にはテューダー朝のトマス・ウィールクスやウィリアム・バード、ヘンリー・パーセルといった作曲家にぞっこんだったことなどが判明し、ともかく興味が尽きない。そういう彼が占星術に興味を抱き、その結果「惑星」が生まれたことなどを合わせて考えると、この作曲家の人となりやその音楽の「底」は極めて深く、決して安易に採り上げられるような芸術家ではないこともよくわかり、一旦中止にしてちょうどよかったかもしれないと考えている。この際、もう少しホルストについて掘り下げて研究、熟聴した上で近いうちに採り上げることにしようと思う。
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