
僕のSNSに流れて来る情報は、今、(先日亡くなった)ヘルベルト・ブロムシュテットに関するものばかり。つい数ヶ月前まで元気に指揮をされていたのだから、享年99の大往生だとはいえ、皆さん、随分驚かれたのだと想像する。
SNSにはブロムシュテットへの尊敬と感謝の思いが綴られる。
1789回N響定期演奏会 ブロムシュテットの「ジュピター」&「悲愴」 僕は巨匠の優秀な聴き手ではなかった。
12年前に聴いたN響とのコンサートも、もちろん悪くはないのだが、途轍もない感動を得られたのかと問われると否。プログラムはモーツァルトの「ジュピター」とチャイコフスキーの「悲愴」だったが、残念ながらそのときの音楽の記憶はほとんどない。
その日のブログ記事を見ても、やはり可もなく不可もなく。
人間の感性、或いは趣味嗜好というのは面白いものだ。
そういえば、今日はチャイコフスキーが急逝した日だ。
「悲愴」初演から6日後のこと。未だ死の真相不明とのことだが、後世の研究の成果としては、未だ公式のコレラ説より、同性愛をめぐるスキャンダルからの自殺説を推したいところだ。
1980年代以降、ロシア出身の音楽学者アレクサンドラ・オルロワが広めた説。チャイコフスキーが同性愛関係をめぐるスキャンダルに巻き込まれ、それが公になるのを避けるため、法学校時代の同窓生たちの「名誉裁判」のような場で自死を迫られ、砒素を服用した、というものだ。
当時のロシアでは同性愛は犯罪であり、皇族の関係者との間にトラブルがあったとも言われる。
この説の根拠は主に、当時を知る人物の伝聞的証言に依存しており、直接的な文書証拠は乏しいのが実情だ。
オットー・クレンペラーの「悲愴」交響曲を聴いた。
いかにもドイツ風の、クレンペラーらしいがっちりした造形による巨大なシンフォニー。
・チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団(1961.10.18-20録音)
情緒に陥らず、あくまでも悟性でとらえ、冷静に音楽を鳴らすクレンペラーの解釈に、僕はチャイコフスキーの「自殺説」を思う。
鈍重な(?)、否、堂々たる第3楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェの印象が、これまで聴いてきた「悲愴」のそれとはえらく違うのが貴重。ここにこそクレンペラーの本懐があろう。一歩一歩かみしめるように前進する音楽は、微動だにせず、だからといって緊張感に欠けるというものもない。音楽は極めて自然で、大いに感動的なのである。
(終楽章アダージョ・ラメントーソについても、容赦なく沈んでいく運命の巨大さを感じさせる名演奏)
あるときウィーンを訪れたクレンペラーは久しぶりに(アルノルト・)メンデルスゾーンと食事をともにし、旧交を温めた。ところが、たまたま話題がクレンペラーのシン旧録音の比較論におよび、メンデルスゾーンがフィルハーモニアの新録音を賞讃しながらも、ウィーン録音の旧盤にもすぐれたものがあるというと、クレンペラーは頑強に反対し、すっかり機嫌を損ねてしまった。
そこで二人は実際にレコードを聴きくらべて、議論に決着をつけることになり、もよりのレコード店に行った。
店に入るなり、クレンペラーは性急に言った。「ベートーヴェンの『田園』、オットー・クレンペラーのレコードをくれないか。」
客がクレンペラー本人とは知らずに、女店員は答えた。
「申しわけありません。クレンペラーのは切らしておりますが、フルトヴェングラーではいかがでしょうか。」
「それならいらいらん。クレンペラーの『田園』がほしいんだ。」
「カラヤン、ワルター、モントゥーなどもございますが、それではいかがでしょうか。」
クレンペラーはかんかんに腹を立ててしまった。
「わたしがクレンペラーだというのに、なんだってほかのばかりならべたてるんだ。クレンペラーだ! わからんのか!」
「どうかそんなに興奮しないでください。どういうことなのでしょうか。」
「このわたしがオットー・クレンペラーだ。」
それでもまだ女店員は相手がクレンペラーとは信じられず、からかわれていると思って、「それでは、お連れの方はベートーヴェン様ですか。」
「バカ! ちがう! この人はメンデルスゾーンだ!」
~ピーター・ヘイワース編/佐藤章訳「クレンペラーとの対話」(白水社)P235-236
嘘か真か、クレンペラーの興味深いエピソードだ。
ブロムシュテットもクレンペラーも、感傷に流されない姿勢という点で、両者は共通だ。
しかしながら、テンポは違う。また、同じ客観的な解釈であるにしても、突き放すようなクレンペラーに対して、ブロムシュテットの演奏は、強いて言うなら「温かく」、そして、あくまで自然の流れの中で「諦念」を思わせる演奏だったと思う。

