
立秋を迎えて直後の「冬の旅」。
秋に聴く「冬の旅」に相応しいのは、ピーター・ピアーズがベンジャミン・ブリテンの伴奏で歌った1枚。公私ともにパートナーであった二人の奏でる「冬の旅」は、愁いを帯びる中に、そして絶望の淵にある主人公に、希望の光を照らす明かりがある。
ピアーズ&ブリテンのシューベルト「冬の旅」(1963.10録音)を聴いて思ふ
第5曲「菩提樹」の美しさ、そして癒し。
詩の対象として〈菩提樹〉の木を取り上げたこと自体によって、読み直しは始まっているのである。なぜなら菩提樹の木がドイツ語圏の文化において、男女の逢引きから、家族の団欒に至るまで、愛に関わる大きな象徴として広く定着しているからである。
菩提樹をそのように決定づけた最初のものは、ドイツ文学の最も初期に当たる中世のミンネザング(恋愛歌)に由来している。一般的なミンネザングとは、騎士が自分より身分の高い女性に、決して明かすことのできない恋をし、報われずともそれによって自分を高めてゆく、といった「高きミンネ」と呼ばれるものであった。これに対し、農民の娘など庶民における恋人への純粋な恋愛を歌った「低きミンネ」が台頭した。なかでも、中心的な活動をした”中世ドイツ最高の叙情詩人“と言われるヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ(Walther von der Vogelweide 1170頃~1230頃)の作品に、『菩提樹の下』と題した詩があり、これが人口に膾炙したのである。
~梅津時比古「ざわめく菩提樹 シューベルト研究I」(春秋社)P123
ピアーズの歌唱は、ある種告白のように近しい、心を開いたものであり、ブリテンの伴奏もそのメッセージへの回答のように愛らしく聴こえるのは気のせいだろうか。
あるいは、第12曲「孤独」における、自らの心をまで慰めんとするピアーズの歌が心に染みる。
「現代は孤独を見つめずに済むシステムに満ちている」と梅津さんは書くが、そういう時代であるからこそ気づかずして孤独に気づき、向き合わざるを得ないのだ。
《冬の旅》は、しばしば「孤独な男の道行き」などと評されたりするが、失恋後の一人旅といった安易な孤独表現しているのではない。社会からドロップアウトした男がのたうちまわっている身勝手な“苦悩”を表出しているのでもない。きっかけは失恋であり、ドロップアウトであっても、ミュラーの詩とシューベルトの音楽が創り上げている《冬の旅》は、徹底して孤独を見つめ、我と他者の無関係性を見つめている。
~同上書P221
人間にとって最大の毒は「孤独」だろう。
ここでのピアーズは苦悩しながらもなんとかそこから脱却したいという、やはり前向きな、明らかな可能性を秘めた歌を歌う。
・シューベルト:連作歌曲集「冬の旅」D911
ピーター・ピアーズ(テノール)
ベンジャミン・ブリテン(ピアノ)(1963.10.6-21録音)
後半では第22曲「勇気」以降が肝。(あくまで個人的な趣味嗜好による)
つまり《勇気》は《冬の旅》の遍歴のなかで最後に突きつけられた現実の認識の場である。ここに来てすべてから疎外されていることを主人公は思い知り、幻想を捨て、受け入れねばならない。主人公はそれを受け入れ、向かい風に対して声、息をぶつけて、立ち向かい、そこで《冬の旅》のなかで初めて歌を歌おうとする。
~同上書P299
そして、対照的な第23曲「幻の太陽」において、ピアーズの歌唱は、静かに、内面の傷を癒さんと内観する。
その上で、終曲「辻音楽師」の、絶望を超えた諦念。
《冬の旅》は、影法師から入って影法師で終わっているように見える。
原詩のドイツ語ではそれぞれ異なる言葉が用いられているが、意味としては両者ともに日本語では「影法師」と取れる言葉である。
第1曲《おやすみ》において、自分を受け入れてくれるようにも思えた町=共同体=への思いと、そこに住む彼女への思いとの両方を振り切って、真夜中、主人公が町をぬけだしてゆく。そのとき、〈月の光に浮かぶ影法師(Mondenschatten)だけが/一緒に来てくれる〉。
最終曲《辻音楽師》において、村のはずれの氷の路に裸足で立ってライアーを弾いている辻音楽師(Leiermann)は、生きているのか死んでいるのかもわからない。
~同上書P450
最後の音が鳴り終わった後の得も言われぬ静寂の満足感は、シューベルトの真髄を想像させる。

