プライ&エンゲルの「冬の旅」

先日、渋谷での所用の後、久しぶりにタワーレコードに立ち寄った。
ぐるりと店内を回って1枚の音盤を見つけ、手に取った。ヘルマン・プライがカール・エンゲルの伴奏で録音した「冬の旅」(EMI盤)。何と620円也。
ちょうどシューベルトのこの名作をあらためて勉強する必要があったので、迷わず購入した。確かこのプライの最初のものは長い間廃盤じゃなかったか・・・。情報や記憶が定かでないので不明だが、ずっと聴いてみたいと思っていたこの録音がついに手に入ったので、喜び勇んで聴いてみたところ、フィッシャー=ディースカウのもので慣れていた僕の耳に衝撃が走った。若さゆえの感情のあまりのほとばしり、ディースカウのような理知的で冷静なそれではなく、一歩間違えば踏み外してしまうのではと思わせるほどの感情移入。第2曲「風見の旗」の怒りにも似た絶望感と第3曲「凍った涙」の慟哭・・・。その後の楽曲もひとつひとつが心に直接訴えかけてくる。思わず思考を止め、しばらく聴き入ってしまった。
それから数日、プライの「冬の旅」の歌唱が頭から離れない・・・。

第1集の作曲を始めて間もない1827年3月、尊敬する楽聖ベートーヴェンが亡くなる。
その翌年、自分自身までもがこの世と別れを告げなければならないことをこの時点でシューベルトはもちろん予期してはいなかったろう。なのに、この歌曲集は周囲の友人たちが驚くほど陰鬱で、暗澹たる調子に終始する(有名な「菩提樹」を除いて)。とても30歳の青年の創作したものとは思えない。

ここはやっぱりシューベルト、というより詩を作ったヴィルヘルム・ミュラーの方に注目する必要があるのか・・・。
「冬の旅」は1821年から24年にかけてヴィルヘルム・ミュラーが書き綴った前後編24の詩からなる。ミュラーは27年10月にわずか32歳でこの世を去っているからシューベルトが全24曲を完成させたちょうどその頃だ。不思議な符合(「冬の旅」そのものがミュラー自身の解放戦争での前線兵士時代の体験や2度の失恋の苦悩から生み出されたもののようなので、このあたりのバックグラウンドをもう少し深く追究する必要がある・・・)。にしてもこの「暗さ」と「透明感」はいかばかりか。シューベルトと同じく齢30にして自らの死期を悟っていたとしか思えない(ミュラー作品に通底する特長の多くは少年時代に確立していたそうだから作家の生い立ちなどをきちんと理解することは作品を知る上で重要な要素だと再確認)!!

シューベルト:歌曲集「冬の旅」D911
ヘルマン・プライ(バリトン)
カール・エンゲル(ピアノ)(1961.10録音)

第21曲「宿屋」、第22曲「勇気」、第23曲「幻の太陽」、そして終曲「辻音楽師」・・・。
最後の4曲の流れが最高(僕は必ず最初にラスト4曲を聴いて判断する)。涙も枯れぬ音と詩の世界をささやきかけるように表現するプライの技術。否、というよりこれはおそらく人間性の問題だろう。ヘルマン・プライという人はきっと心の優しい温かな人だったに違いない。


2 COMMENTS

maru

突然のコメント、失礼いたします。
NHKに100名の賛同があると再放送を検討してもらえる番組リクエストのサイトがございます。私はプライが水車小屋の娘全曲を歌った1997年8月の芸術劇場をリクエストしています。もしできましたら、賛同をお願いできませんでしょうか。
賛同の方法はNHKの「お願い編集長」というページで、「お願い!検索」で「プライ」と入力して検索していただき、リクエストのページに入りますと、Eねボタンがありますのでクリックしていただくようになります。
(あるいはhttp://www.nhk.or.jp/e-tele/onegai/detail/4715.html#main_section)

伴奏者の名前など記憶にないのですが、大変感銘を受けた放送です。
よろしければ、お力添えをお願いいたします。

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岡本 浩和

>maru様
こんばんは。
早速ボタンを押させていただきました。
プライのシューベルトは素敵ですね。該当の番組はおそらく観ていないですが、さぞ素晴らしかったことと想像します。
再放送を祈念して。

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