ケンプ、シェリング&フルニエのベートーヴェン作品1(1969&1970録音)を聴いて思ふ

beethoven_trios_kempff_szeryng_fournier298人生に無駄な経験なし。
幼少期の辛い思い出や、家族の確執や、あるいは青年期の幾度もの失恋や失敗や、そういう負の体験が後に意味あるものとして花開く。

青春のベートーヴェン。
最初の作品として発表された3つのピアノ三重奏曲は、いずれもが挑戦に満ちた大曲であり、師であるハイドンが太鼓判を押すも、特にハ短調作品1-3に関しては出版を取り下げるよう説得したといわれる問題作でもある。
変ホ長調作品1-1の見事な拡がり、ト長調作品1-2の牧歌的明朗さ、そして、雄渾かつ闘争的なハ短調作品1-3の革新。ここで25歳のベートーヴェンの本気と自信と、そして未来への希望を垣間見る。

いずれの作品も、緩徐楽章の愛らしさに止めを刺す。例えば、ト長調作品1-2第2楽章ラルゴ・コン・エスプレッシオーネの、3つの楽器が対等に織りなす旋律美。
フルニエのチェロがすべてを抱擁し、シェリングのヴァイオリンが泣き、ケンプのピアノが可憐な音で支える妙。3者の完全なバランスが、若きベートーヴェンの世界を一層高みに誘う。
変ホ長調作品1-1第2楽章アダージョ・カンタービレの底知れぬ哀しみ。これは初秋の、今頃の風情に感ずるそれに近い。

あわせて藤村詩集をひもとく。「若菜集」の中の「君がこゝろは」。

君がこゝろは蟋蟀の
風にさそはれ鳴くごとく
朝影清き花草に
惜しき涙をそゝぐらむ

それかきならす玉琴の
一つの糸のさはりさへ
君がこゝろにかぎりなき
しらべとこそはきこゆめれ

あゝなどかくは触れやすき
君が優しき心もて
かくばかりなる吾こひに
触れたまはぬぞ恨みなる
「藤村詩集」(新潮文庫)P22

何ともベートーヴェンの緩徐楽章にも通じる、同じく25歳の藤村の美しくも見事な感性。

続いて、ハ短調作品1-3第2楽章アンダンテ・カンタービレ・コン・ヴァリアツィオーニにみる解放感(何より変奏の名人の力量発揮)!!第1楽章アレグロ・コン・ブリオの、後の楽聖を髣髴とさせる幽玄かつ深遠な世界との対比に、ハイドンの「出版をしても人々に受け入れられるとは思っていなかった」という言葉の裏にある「新しさ」を発見する。それにしてもユニゾンで奏される第1主題の深みと言ったら!!

ベートーヴェン:
・ピアノ三重奏曲第1番変ホ長調作品1-1(1970.8録音)
・ピアノ三重奏曲第2番ト長調作品1-2(1970.8録音)
・ピアノ三重奏曲第3番ハ短調作品1-3(1969.8録音)
ヴィルヘルム・ケンプ(ピアノ)
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
ピエール・フルニエ(チェロ)

何と言ってもケンプ。シェリング、フルニエという3人の親和力(?)の素晴らしさ。3つの楽器の波動が均一で、まったくぶれがない(ように聴こえる)。そう、ここでは誰がイニシアティブをとるでもなく、三者が一体となってベートーヴェンを紡ぐのである。

 

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2 COMMENTS

畑山千恵子

私もこの全集を買ったものの、ヴァイオリン・ソナタ全集(メニューインとのもの)を聴いていました。こちらも若きベートーヴェンの野心が伝わってきました。
ケンプはベートーヴェンの室内楽の全集まで出しましたね。フルニエとのチェロ・ソナタ、変奏曲をはじめ、メニューインとのヴァイオリン・ソナタ全集は一聴すべきものです。これから室内楽は聴いていくつもりです。

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