プレートル指揮ウィーン響 ヨハン・シュトラウス2世 喜歌劇「こうもり」序曲(2016.10.12Live)ほか

老年になるとわずか数年で顔つきが変わるのだということがわかる。
2010年のジョルジュ・プレートルはまだ生気に満ちていた。
(ウィーン・フィルのニューイヤーに再登場!)
ヨハン・シュトラウス1世のギャロップ「パリの謝肉祭」作品100の喜び!(2010.1.1Live)

一方、(わずか6年後)2016年のプレートルは、年齢を重ねた老人ならではの顔つきに変貌している。
ただし、創造される音楽そのものは、指揮者の年齢とは関係なく、むしろ後年の方が生命力豊かだ。

・ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」序曲作品84
・ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
ジョルジュ・プレートル指揮ウィーン交響楽団(2016.10.12Live)

僕が初めてプレートルを聴いたのは、マリア・カラスが主役を歌ったオペラたちだったように記憶する。当時は、あくまでカラスを聴くことが目的だったから、プレートルはいわゆる伴奏者という認識くらいで、ほとんどその人となりを知ることはなかった。

カラス ベルゴンツィ ゴッビ プレートル指揮パリ音楽院管 プッチーニ 歌劇「トスカ」(1964.12&1965.1録音) カラス ゲッダ ギオー マサール ルネ・デュクロ合唱団 プレートル指揮パリ国立歌劇場管 ビゼー 歌劇「カルメン」(1964.7録音) マリア・カラス・エヴァー! ロマンティック・カラス

その晩年、日本でも急速に人気を集めたのではなかったか。
(爺さん指揮者を無条件に有難がる日本人ならではの傾向かとも思ったが)
しかし、2008年のニューイヤー・コンサート初登場したときは、確かに堂に入る巨匠風の音楽作りを特長としており、余裕さえ感じさせる表情の指揮ぶりだった。その後、ウィーン・フィルを率いての(というより代役での登板だった)来日公演もあったが、残念ながら僕は実演に触れ得なかった。

プレートルの音楽は、独墺ものを振ってもエスプリを効かせた予想外の、粋な表現が多かった。だからか、賛否も激しかった。それでも僕は、音楽をするときの、喜びに満ちたプレートルの表情に、これぞ音楽そのものだと感じ入った。久しぶりにプレートルの指揮に触れ、やっぱりこの人の音楽は生き生きとして素晴らしいものだと思った。

生きていれば101歳なのだそうだ。
ほんの8年前まで存命だったのだから、まさに現代の大指揮者の一人だといえる。
巨匠の指揮する音楽は普遍的だ。というより、時代の先を行っていたせいか、いつまでも新しい。

最晩年の喜歌劇「天国と地獄」のカンカンがまた91歳の指揮とは思えぬもの。
スカラ座フィルがまた大いに感応し、健闘している。
ジョルジュ・プレートル指揮スカラ座フィルハーモニー管弦楽団)(2016.2.22Live)

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