デイヴィス指揮BBC響のティペット「我らが時代の子ども」(1975.3録音)を聴いて思ふ

michael_tippett_child_of_our_time_davis_bbc541最後に、共産主義者はどこにおいても、すべての国の民主主義諸政党の結合と協調に努力する。
共産主義者は、自分の見解や意図を秘密にすることを軽べつする。共産主義者は、これまでのいっさいの社会秩序を強力的に転覆することによってのみ自己の目的が達成されることを公然と宣言する。支配階級よ、共産主義革命のまえにおののくがいい。プロレタリアは、革命においてくさりのほか失うべきものをもたない。かれらが獲得するものは世界である。

万国のプロレタリア団結せよ!
マルクス エンゲルス/大内兵衛・向坂逸郎訳「共産党宣言」(岩波文庫)P87

今となってはマルクスとエンゲルスのこの宣言は実に虚しい。
しかし、世界をひとつにしようと夢みたその心はわからなくもない。20世紀の前半、この儚いイデオロギーに追随した知識者は多い。誰もが世界を平和にしたいと願っていたのは確かだ。ただし、所詮は(浅薄な?)人類の生み出した思想に準ずるのでは根本的な解決にはならない。すべてを二元で論じている時点で火花散る争いが生じているゆえ。

ベンジャミン・ブリテンと20世紀英国の才能を二分したのがサー・マイケル・ティペット。彼もいわゆる共産主義者だったが、そのせいかどうなのか(?)その作風は懐古的かつ耽美的で、感性を刺激する旋律や時代がかった大いなる表現が目白押し。何と素晴らしい音楽たち。

・サー・マイケル・ティペット:独唱、合唱と管弦楽のためのオラトリオ「我らが時代の子ども」(1939-41)
ジェシー・ノーマン(ソプラノ)
ジャネット・ベイカー(メゾソプラノ)
リチャード・キャシリー(テノール)
ジョン・シャーリー=カーク(バリトン)
BBCシンガーズ
BBCコーラル・ソサエティ
サー・コリン・デイヴィス指揮BBC交響楽団(1975.3録音)

冬が過ぎれば自ずと春が訪れる。
長い冬の時代を予知したマイケル・ティペットのオラトリオ「我らが時代の子」は、第二次大戦中に構想され、時間をかけて作曲された偉大な作品で、ヘンデルの「メサイア」を規範とし、バッハの「マタイ受難曲」に準ずる構成を持つ。
内容は、1938年11月の、ユダヤ系ポーランド人ヘルシェル・グリュンシュパンがナチスの外交官を射殺した事件を材とするもので、ティペット自身がテキストを編んだその歌詞とともに、音楽は繊細かつ荘厳、どの瞬間も涙なくして聴けぬ祈りに満ちる。まさに20世紀の戦いの歴史が生み出した傑作。

ちなみに、あの時代、ナチスはユダヤ人だけでなく共産主義者と同性愛者も忌避した。
ナチスの迫害に遭い、両親も逮捕され、ひどい目に遭ったグリュンシュパンが平和と自由を取り戻すために走った凶行は、結果的にユダヤ人迫害を一層強めることになった「水晶の夜事件」につながるのだが、自身も共産主義者であり、そしてまた同性愛者であったことからもティペットには、暗殺を企てた青年にどこか強い共感があったのかもしれない。

涙が流れる。
沈痛な悲哀の音楽がうねる。しかし、ここには未来への希望があることが救いだ。
第1部冒頭の合唱「世界は、その闇の面へと転じる、今は冬」にある音調は、決して悲惨なものではない。そこには春の到来を信じる心が映される。

嘆きの終わることはない、しかし変わらぬ希望がある。 流れる水は大地を蘇らせる。いまは春。

高らかに歌われる独唱、合唱、そして管弦楽によって奏される感動的な第3部ラスト・シーン。続いて歌われる黒人霊歌「深い河」の崇高さ!

福音の恵みを求めて
すべてが平穏な約束の地へ。
深い河 主よ、
河を渡り 集いの地へ行かん。
サイト「世界の民謡・童謡」「深い河Deep River」

この作品を十八番にしたサー・コリン・デイヴィスの指揮はティペットへの尊敬と信頼に溢れる。
信じることが大切だ。

 

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