クレメンティ(良き時代)

clementi_immerseel.jpgいつぞや「ホロヴィッツの思い出」というLDを観ていて、この天才ピアニストのオフ・ステージでの素顔がよく撮れていて、晩年はその演奏にも翳りがちらほら見えていたにもかかわらず、その好々爺ぶりに随分好感を持ったということは前にも書いた。記憶は定かではないが、確かそのフィルムの中で、クレメンティの楽譜との出逢いのことを感慨深げに語るホロヴィッツの姿があり、それまではほとんど耳にしたことがなかったクレメンティという作曲家に興味を持ち、いくつかの音盤を購入して聴いたことが懐かしく思い出される。

ともかく耳に邪魔にならずに何となく聴いていられる音楽を流しておこうと採り出したのがムツィオ・クレメンティのソナタ集。彼は1752年の生まれだからモーツァルトの4歳年上ということになる。作曲家自身のことはそれほど文献を漁ったわけではないので詳しくはない。ただ、1781年にウィーンの宮廷で皇帝ヨーゼフ2世の前でかのモーツァルト(当時25歳)と競演し、高い評価を得たという話は有名だ。そのときの様子をヴォルフガングは父親に手紙で報告し、クレメンティのことを酷評しているらしいが、実際にその演奏を聴いたことのあるベートーヴェンは、少なくともピアノ曲に関してはモーツァルトよりクレメンティのほうが上だと評価したらしい。

クレメンティ:ピアノフォルテのためのソナタ集
ジョス・ファン・インマゼール(ピアノフォルテ)

この音盤の第1曲目として収録されているソナタ変ロ長調作品24-2。まさにこの曲を御前で弾いたクレメンティは大絶賛を受けたということだが、実際に音を聴いてびっくり。(これも有名な話だが)何と第1楽章の主題が、モーツァルトの「魔笛」序曲のモチーフにそっくりなのだ。これは明らかにモーツァルトが盗作、というより引用したことに間違いはないはず。おそらくその時に聴いたこの粋なメロディを後年(10年近く後)、ただふと思い出して無断で使った(当時は著作権などないのでそういうことは日常茶飯事的に行われていたようで問題ないのだが)のか、それとも若き日の酷評そのものが、本当は嫉みの裏返しで、クレメンティが創作したモチーフに魅せられて使ってみたのか、あるいはクレメンティの例のモチーフをより一層素晴らしく展開できるのは俺だぞ、と言わんばかりの自己顕示のために、「魔笛」という名曲の隅っこ(というか主題に!)に使用したのか真相は不明。

そんなことはともかく、純粋に無心にクレメンティの音楽に耳を傾けてみよう。モーツァルトだけでなくベートーヴェンの創作したような楽想があちらこちらに木霊する。モーツァルトもベートーヴェンもクレメンティの生んだ動機を拝借しているのではないか?!クレメンティが優っていたのはモチーフのクリエイティビティということか(残念ながらクラシック音楽通でなくとも名前を知っている先の2人の巨匠ほどは有名でないのは展開がチープだからなのか・・・?それにしてもバッハが生み出したような曲想も混じっているので、要は当時は何でもありだったということかな・・・)。盗作であろうと単なる拝借であろうと、当時の一般大衆にはほとんど関係なかったんでしょう。作曲家当事者もそれほど「自分が作った曲だ!」というこだわりもそうはなかったようだし・・・。良き時代です。

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3 COMMENTS

ヒロコ ナカタ

今になって、子供の頃練習させられたソナチネ・ソナタ集を引っ張り出して弾いてみたところ、クレメンティの曲の良さにびっくりしました。ベートーヴェンの初期の作品かと思うような曲たち、(同じくクーラウも「フルートのベートヴェン」と言われていた人だけに、ベートーヴェンの作品に近い感慨を持てます。)クレメンティは30歳の時に12歳のベートーヴェンと、クーラウは35歳の時に51歳のベートーヴェンと会っているようですね。どんな出会いだったのかなあ、と知りたくなりました。ありがとうございました。

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岡本 浩和

>ヒロコ ナカタ 様

ベートーヴェンとの出逢いを想像すると、妄想がどこまでも膨らみますね。
クレメンティは今でこそ聴かれるようになっているとはいえ、まだまだ浸透は浅いですよね。
リサイタルのプログラムにもうちょっと採り上げられても良いのではないかとつくづく思います。

>子供の頃練習させられたソナチネ・ソナタ集

子供の頃からクレメンティに馴染んでおられることがまた今になっての発見につながっているのだと思います。

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ヒロコ ナカタ

岡本 浩和 様
 温かいお言葉、ありがとうございます。
クレメンティの今一世間で軽く扱われている理由に、「展開がチープ」というのが笑えました。本当にもう少し展開できそうなのに潔く(?)終わってしまうのが残念です。それを思うとベートーヴェンの展開力、変奏力のすごさが実感できました。32番のアリエッタも際限なく変奏を繰り広げたい、続けて行ける気配が漂っていました。それにしてもヘンデル・バッハ・グルック・モーツアルト・ハイドン・クレメンティ・・・ベートーヴェンは一日にしてならず、なんですねー

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