ガヴリーロフ リヒテル ヘンデル クラヴィーア組曲集からHMV426, 427, 436, 441, 428, 429 &430(1979.6&7録音)

リヒテルの弾く俗称「調子の良い鍛冶屋」が可憐で本当に心地良く、美しい。

バッハの大作「平均律クラヴィーア曲集」に対応する(?)ヘンデルの「クラヴィーア組曲集」。

一見単純な響きをつかって、これほど雄大な音楽をかいた人はほかにない。しかも、彼はそのなかで、実にたくさんの情景と人物をかきわけている。「バッハが宗教的で器楽曲にすぐれていたのに対し、ヘンデルは劇的で声楽曲にすぐれていた」というのが、今日の定説であろうが、しかし、私たちは、何もこの二人を、そういうふうに対照的に考える必要はあるまい。ただ、バッハの音楽を、それ以前、ないしは同時代の音楽にくらべてみると、まず、主題から発する展開・持続の密度とその持久力という点で、彼がとびぬけてすぐれており、求心力表現力の強い音楽となっていることに、驚嘆するほかないのだが、ヘンデルでは、それがもっと遠心的で、多彩で強靭な対照と、幅のひろい旋律の流れで、曲を構成していっている点が、目立つ。
「吉田秀和全集7 名曲300選」(白水社)P118

定説というのは怪しいものだ。しかもこのエッセイは60年以上前のものだからなおさら。
バッハもヘンデルも両者とも器楽曲にも声楽曲にも優れており、いずれも宗教的でもあり劇的でもある。内に向かうバッハに対して、外に広がるヘンデルというのは、確かに彼らの生き様そのものとフラクタルであり、納得のゆく論だ。

リヒテルのバッハ平均律クラヴィーア曲集第1巻(1973.8Live)を聴いて思ふ リヒテルのバッハ平均律クラヴィーア曲集第1巻(1973.8Live)を聴いて思ふ リヒテルのバッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」(1970録音)を聴いて思ふ リヒテルのバッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」(1970録音)を聴いて思ふ

リヒテルの名盤「平均律クラヴィーア曲集」は僕の座右の盤。
一方、リヒテルがガヴリーロフと交互に弾き合ったヘンデルの「組曲集」は、僕が大人になってから発見した名演奏。

ヘンデル:クラヴィーア組曲から
・組曲第1番イ長調HWV426(1720)
・組曲第10番ニ短調HWV436(1721-26)
アンドレイ・ガヴリーロフ(ピアノ)
・組曲第2番ヘ長調HWV427(1720)
・組曲第14番ト長調HWV441(1703-06)
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
・組曲第3番ニ短調HWV428(1720)
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
・組曲第7番ホ短調HWV429(1720)
アンドレイ・ガヴリーロフ(ピアノ)
・組曲第5番ホ長調HWV430(1720)
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)(1979.6.30&7.1, 7-8録音)

沈潜するヘンデル、あるいは弾けるヘンデル。
楽想は大いに揺れ、変化する。
リヒテルの演奏はもちろん素晴らしい。しかし、当時23歳のガヴリーロフの弾く、例えば第10番ニ短調HWV436第3曲アリアの、一つ一つの音を丁寧に弾き、訥々とした孤独感を引き出そうとする枯れた味わいと、続く第4曲ジーグの喜びに、思わず快哉を叫ぶ。

そして、それに対応せんとするリヒテルの弾く第3番ニ短調は本組曲集の白眉ではなかろうかと思うほど音楽的で美しい。

ソ連には、バッハをひく上で、よほどすぐれた伝統があるに違いない。私たちの前にはスヴャトスラフ・リヒテルのバッハの『平均律クラヴィーア曲集』という偉大な前例があるのだし、ニコラーエワのひくのはそれにまさるとも劣らぬすぐれたバッハだと、多くの人がいう。たしかに彼女のは、非の打ちどころのないような、しっかりしたバッハに違いないが、私個人の好みからいうと、ほんの少しばかり教育的というか、模範生的な優秀さの味が残る。しかも、それは彼女の演奏が干からびて、あまりにも規則通りだというのではなくて、むしろ、根本には、濃厚なロマンティシズムの流れが感じられるのと、切り離せないものなのだ。
ガヴリーロフのバッハにも、ロマンティシズムはある。いや、かなり濃厚にあるといってもいい位だ。だが、彼のは模範演奏的でも、甘くもない。

「吉田秀和全集20 音楽の時間II」(白水社)P42-43

このバッハ評は、そのままリヒテルとガヴリーロフが分け合うヘンデル評にもそのまま当てはまる。1988年当時、吉田さんは、このピアニストを評して最後に次のように付け加えていた。

それにしても、ガヴリーロフというピアニストは興味ある存在である。グレン・グールドをナマできく希望が全く消滅してしまった現在、まるで違う人のくせに、どこかで、グールドとの関連で、私を慰める働きをする何ものかが、彼の演奏にはある。
~同上書P44

それはたぶん期待し過ぎだったのだろうと思うが。

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