ラザレフ指揮日本フィルハーモニー交響楽団第682回東京定期演奏会

lazarev_npo_20160708585感激。鮮明に聴き取れる様々な引用。
ショスタコーヴィチらしい魑魅魍魎壮絶な音響はごくわずか。各々の奏者に緊張を強いる独奏の頻出する室内楽的交響曲。どこかで聴き覚えのある旋律と旋律が織りなす魔法に金縛りに遭ったよう。作曲家曰く、イデオロギーを欠いた純粋音楽であると。

健康を害していた作曲家が、まるであの世を垣間見たのだろうか、ほとんど臨死体験から戻ったかのようなあまりに透明で清澄な音楽。特に、終楽章アダージョ―アレグレットはこの世のものとは思えないくらいに幽玄で美しい。極めて小音量でありながら(時に爆発するが音楽は終始抑制される)強烈なエネルギーが発された今宵の音楽は、アレクサンドル・ラザレフの丁寧な指示を伴った頗る動きの激しい指揮と日本フィルハーモニー管弦楽団の各々の奏者の緊張感溢れる演奏の賜物。何より終結の、これ以上はない打楽器の精緻な錯綜に、よくもこんな音楽が創造できたものだと呆然。ショスタコーヴィチが残すところ4年の生命を交響曲というジャンルに費やすことができなかった理由がよくわかる。もはやこれ以上の純粋交響曲はないということだ。

数日後、二人(=ショスタコーヴィチとグリークマン)は、この作品で作曲家が他の音楽作品からの引用にずいぶん頼っているのは妥当かどうか話し合った。自分でもなぜだか分らなかったが、ショスタコーヴィチは引用をどうしても止められないと感じた。モスクワに戻る前日の1971年7月29日に、彼は交響曲第15番イ長調・作品141の最終第4楽章を完成させた。彼はシャギニャーンに宛てて、作曲に一心不乱に没頭したため眼精疲労に見舞われているし、完成後は虚脱感を感じ作曲する気にならないと書いた。それから2年後のインタビューでは、交響曲第15番を、着想を得たときからどのようになるかはっきり分かっていて、すべて書き留めるまで片時も離れることができなかった作品のひとつであると称した。
ローレル・E・ファーイ著 藤岡啓介/佐々木千恵訳「ショスタコーヴィチある生涯」(アルファベータ)P348

音が消えゆく中、否、音が消えた後も、指揮者の絶妙なカウントに会場は静寂を保った。
「時間よ、止まれ!」と、僕は心の中で叫んでいた。

日本フィルハーモニー交響楽団第682回東京定期演奏会
―創立60周年記念―ラザレフが刻むロシアの魂SeasonⅢショスタコーヴィチ6
2016年7月8日(金)19時開演
サントリーホール
・グラズノフ:バレエ音楽「四季」作品67
休憩
・ショスタコーヴィチ:交響曲第15番イ長調作品141
扇谷泰朋(コンサートマスター)
辻本玲(ソロ・チェロ)
アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィルハーモニー交響楽団

前半のグラズノフもラザレフの十八番らしく、素晴らしかった。
ハープの可憐なソロのシーンでは、聴衆に注目せよとラザレフは振り向いて指示を出す。
あるいは終結間際に聴衆の方を向き両手を大きく広げた彼は、もっと音楽と戯れろと言わんばかりに僕たちに拍手喝采を促した。
そして、幾度ものカーテンコールに応え、スコアを掲げて3度グラズノフの音楽の素晴らしさを讃えた。

グラズノフの音楽は不思議に明るい。それでも、やっぱりどこか悲しい。
ロシアの自然とはこんなにも明るいのだろうか?それは現実の反動かも知れぬ。
そして、ここには間違いなくチャイコフスキーがあった。ロマノフ王朝の黄昏と憂愁。

今やラザレフ&日本フィルの実演は逃すことのできないひとつであろう(とはいえ、首席指揮者としては最後の公演なのだが)。
筆舌に尽くし難い余韻に今も浸る・・・。

 

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2 COMMENTS

雅之

少し前までは、日フィルよりも新日フィルのほうがずっと上手いというのが常識化していた時代もありましたが、今は東京のオケどれも実力伯仲してきて素晴らしいですね。

しかし、これだけ「歴史的なコンサート」が途切れない東京はすごい街だと改めて思います。

スクロヴァチェフスキ&読響のブル8なども生で聴いてみたかったですが、逆に東京に住んでいない者にとっては映像技術進歩の恩恵に浴しています。

あと、生演奏は当日の聴衆(周囲の席は特に)のマナーが良いか悪いかで運不運が大きいですよね。それを含めての楽しさなのですが、東京の聴衆が地方都市の聴衆よりマナーが良いと感じたことはあまりありません。むしろ、「歴史的なコンサート」に慣れきって堕落しているのでは(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様

>生演奏は当日の聴衆(周囲の席は特に)のマナーが良いか悪いかで運不運が大きいですよね。

おっしゃるとおりです。
最近は開演前にフライング拍手含めやたら細かく注意事項がアナウンスされるせいか嫌な思いをすることが随分減っていますが、それでも」まだまだですね。マナーははっきり言って悪いケースが多いと思います。
堕落ですね。(笑)

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