イアン・ペイジ指揮クラシカル・オペラ管のモーツァルト「ミトリダーテ」(2013.7録音)を聴いて思ふ

mozart_mitridate_re_di_ponto_page587幸せのアマデウス。純粋無垢なアマデウス。
どんなに神童と呼ばれようとも、人間である彼にも相応の努力はあった。イタリア旅行で、オペラ・セリアの手法を習得すべく少年モーツァルトは四苦八苦した。

なつかしいママ、ぼくは沢山は書けません。レチタティーヴォを沢山書いたため、指がとても痛いのです。ぼくのため、ママ、お祈りをしてください―オペラがうまく行きますように、そしてぼくたちみんなが一緒に仕合せに暮らすことができますように。ママの手に千度もキッスをします。そして姉さんとは一杯お話をしたいのですが、何のことですって?それは神さまとぼくだけが知っています。神さまの思し召しならば、僕からそのうち姉さんに直接打ち明けることもできましょう。さしあたり姉さんに1000度キッスをします。
(1770年10月20日付、ミラノより母宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(上)」(岩波文庫)P23-24

3時間超に及ぶ「ポントの王ミトリダーテ」は、どちらかというと登場人物の錯綜する複雑な物語を云々するものではなく、いわば独立したアリアの連なりの妙味を聴く歌劇である。何より大人である歌手たちの要望にひとつひとつ応えながら14歳の少年が創作に没頭し、完成、その歌劇が大当たりをとった事実に感動を覚える。

最愛の姉上!
オペラのことで忙しかったので、ずいぶん長いあいだ手紙を書きませんでしたね。今ひまができましたから、少しはその借りを返そうかと思います。ありがたいことに、オペラは中って、毎晩のように劇場は一杯です。多くの人が、ミラーノに住んでいる間に、新しいオペラでこんなに一杯になるのを見たことがないと言って、ふしぎがっています。ぼくはお父さまと一緒に、ありがたいことに、元気です。そして復活祭にはママと姉さんに、いろんなことを直接お話しできるだろうと思います。
(1771年1月12日付、ミラノより姉宛て)
~同上書P24-25

14歳とはいえ、音楽はどの瞬間もモーツァルト。
果たして彼は大人顔負けの体験をこの当時までに済ませていたのかと思われるほどすべてが大人びる。そもそも愛憎や嫉妬、あるいは策略に満ちる物語に少年がインスピレーションを得ているところが不思議。

ここからは僕の空想。
モーツァルトは間違いなく人間だったのだけれど、おそらく過去とも未来ともつながることのできる(過去世の記憶をもつ)人だった(仮にそれまで何百回の転生の意識があったなら、ギリシャ時代の戦いと愛の物語に相応しい音楽をつけることは朝飯前だろう)。
その上、その音楽は円熟期のように愉悦に溢れ、一方悲哀を喚起し、真に陰陽の刻印されるもの。
また、彼の時間は凡人の2倍から3倍のスピードで過ぎ去って行った。14歳のモーツァルトは30歳代の精神性を醸し、となると亡くなった35歳は80歳の老境の悟りにあったということ。
モーツァルトの人生は、それ自体が時間と空間を超えていたのだ。

・モーツァルト:歌劇「ポントの王ミトリダーテ」K.87 (K.74a)
バリー・バンクス(ミトリダーテ、テノール)
ミア・パーション(アスパージア、ソプラノ)
ソフィー・ベヴァン(シーファレ、ソプラノ)
ローレンス・ザッツォ(ファルナーチェ、カウンターテナー)
クララ・エク(イズメーネ、ソプラノ)
ロバート・マレー(マルツィオ、テノール)
アンナ・デヴィン(アルバーテ、ソプラノ)
イアン・ペイジ指揮クラシカル・オペラ・オーケストラ(2013.7.12-26録音)

聴き覚えのある旋律が随所に登場する。
ミトリダーテの歌う第3幕の第20番アリア「私は最後の運命に立ち向かう」など、冒頭は劇的な、かのト短調交響曲そのものだ。
あるいは、第24番のファルナーチェによるアリア「ヴェールは取り払われた」の、カウンターテナーの美しさ。そして、レチタティーヴォを経て第25番の五重唱「カンピドーリオには屈服すまい」(アスパージア、シーファレ、ファルナーチェ、イズメーネ&アルバーテ)の短いながら(1分に満たない)圧倒的な歌に乾杯。彼らはローマの圧政に永久に闘い続けると宣言するのである。

ちなみに、このセットの4枚目は初稿版のアリア集だが、いかにも指に筆まめができるほど働いたモーツァルトの紆余曲折が見え、興味深い。

 

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2 COMMENTS

雅之

岡本様の空想は夢があっていいですねぇ!

>また、彼の時間は凡人の2倍から3倍のスピードで過ぎ去って行った。14歳のモーツァルトは30歳代の精神性を醸し、となると亡くなった35歳は80歳の老境の悟りにあったということ

同感です。モーツァルトの干支は「ねずみ(丙子《ひのえ ね》)」。
本文を読み、本川 達雄 氏の名著「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学」 (中公新書)

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%BE%E3%82%A6%E3%81%AE%E6%99%82%E9%96%93-%E3%83%8D%E3%82%BA%E3%83%9F%E3%81%AE%E6%99%82%E9%96%93%E2%80%95%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%81%AE%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%AD%A6-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%9C%AC%E5%B7%9D-%E9%81%94%E9%9B%84/dp/4121010876/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1468068409&sr=1-1&keywords=%E5%83%8F%E3%81%AE%E6%99%82%E9%96%93%E3%83%8D%E3%82%BA%E3%83%9F%E3%81%AE%E6%99%82%E9%96%93

を連想しました。彼の鼓動は他人より速かったのかも。

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岡本 浩和

>雅之様

これまた興味深い書籍のご紹介ありがとうございます。
昔話題になったような記憶がありますが、未読です。
読んでみようと思います。

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