ツィマーマン&ブーレーズのラヴェル左手のための協奏曲(1996.7録音)を聴いて思ふ

ravel_zimerman_boulez_lso失うことは創造に通ずる。
同様に絶望は希望の種だ。

洗練の極み。一切の不純物が取り除かれた完全な音楽。
2つの協奏曲は同時に創作され、わずかに早く左手のものが完成したという。
第一次大戦中右手を喪失したピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインの委嘱によりモーリス・ラヴェルが生み出した傑作ピアノ協奏曲。
この単一楽章の作品に凝縮された悲哀と愉悦含むすべての感情は、生きとし生きるものへの祈りであるように思った。
ジャズを含む民族的素質、大衆音楽の要素などなど、それらが渾然一体となり宇宙的ともいえる壮大さで奏でられる一大ページェント。

ヴィトゲンシュタインの回想には次のようにある。

ラヴェルは傑出したピアニストではなかった。それに私はこの作品に圧倒されなかった。私の場合、難しい作品に慣れるのに、いつでも少々時間がかかるのだ。ラヴェルはがっかりしたと思うし、残念に思うが、私は自分の気持ちをいつわることができたためしがなかった。ずっと後になって、この協奏曲を何ヶ月もかけて勉強したあとで初めて、私はこの作品に魅せられ、その偉大さを認識した。
アービー・オレンシュタイン著/井上さつき訳「ラヴェル生涯と作品」(音楽之友社)P132

一点の曇りもない、であるがゆえに「わかる」のに時間がかかる名作なのである。
ラヴェルは語る。

左手だけのための協奏曲はまったく違います。それは多くのジャズの効果を含んでいますし、書法はそれほど軽くはありません。この種の作品では、両手のために書かれたパートよりもテクスチュアが薄くないという印象を与えることが大事です。私は同じ理由で、より重々しい種類の伝統的な協奏曲にずっと近い様式を用いました。
~同上書P133

クリスティアン・ツィマーマンがピエール・ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団をバックに録音した「左手のための協奏曲ニ長調」。

ラヴェル:
・ピアノ協奏曲ト長調(1994.11録音)
・高雅で感傷的なワルツ(1994.11録音)
ピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団
・左手のための協奏曲ニ長調(1996.7録音)
ピエール・ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団
クリスティアン・ツィマーマン(ピアノ)

神秘的な静寂の中から徐々に浮かび上がる旋律。
独奏ピアノが現れ、長いカデンツァとなる。芯のあるしっかりとした打鍵の美しさと均整のとれた音楽運び。管弦楽に受け継がれ、音楽は白熱する。
そして、中間部アレグロの絶妙な色合い!!躍動的だが厳しく冷静な演奏はたぶんにブーレーズの解釈下にあるのだろう。
特に、第3部レントにおける主題の再現から終結の盛り上がりにかけては独奏者と指揮者の息がぴったりと合ったもので、本当に素晴らしい。

希望のラヴェル。
ジャケットのブーレーズとツィマーマンの笑顔が素敵。

 

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3 COMMENTS

雅之

>第一次大戦中右手を喪失したピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタイン

現在の中東~世界全体への混乱を作った発端ということを考えると、第二次大戦よりも、むしろ第一次大戦が何故起きてしまったかを多角的に分析することがより重要だと思っています。「左手のためのピアノ協奏曲」を聴いて、第一次大戦の持つ重みを噛み締めます。

セカオワの「Dragon Night」は稚拙だけど、第一次大戦のクリスマス休戦から想を得ている曲だと知ると、カラオケでの歌い甲斐がじつにあるのです(笑)。
https://www.youtube.com/watch?v=gsVGf1T2Hfs

http://j-lyric.net/artist/a055790/l033358.html
・・・・・・人はそれぞれ「正義」があって、争い合うのは仕方ないのかも知れない
だけど僕の嫌いな「彼」も彼なりの理由があるとおもうんだ・・・・・・

・・・・・・今宵、僕たちは友達のように踊るんだ・・・・・・

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雅之

パウル・ヴィトゲンシュタインが第一次大戦に招集されたのは、セカオワのメンバーと同年齢のころだと思います。当初「クリスマスまでに戦争は終わって帰れるさ」と、どの若者も楽観的に信じていたといいますからね・・・。

ラヴェル以外にも、ブリテン、ヒンデミット、コルンゴルト、プロコフィエフなど、敵味方双方の国の作曲家がこの片腕のピアニストのために曲を書いたのですから、ピアノの腕前も確かで魅力的な人物だったのでしょうね。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
世界の歴史は点でなく線であり、「支配と抑圧」そのものだと考えると、その構図を変革しない限り人間は同じことを繰り返すのだと思います。
セカオワの楽曲の背景は知りませんでした。
そうだとするなら実に意味深いですね。

>敵味方双方の国の作曲家がこの片腕のピアニストのために曲を書いたのですから

数多の天才たちが委嘱を受けて名作を生み出していることが奇蹟だと思います。
視点を拡大してみると一曲からいろいろなことが見えてきます。
歴史とは、音楽とは本当に面白いです。
ありがとうございます。

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